ラウンジの喧騒を後にし、私と小野寺さんはホテルの廊下を無言で歩いていた。柔らかな絨毯が足音を吸収し、磨き上げられた壁の装飾が控えめな光を反射している。

 先ほどのインタビューで「柊雪乃」を演じきった疲労感が、ずしりと肩にのしかかっていた。けれど、まだ息をつくことは許されない。これからが、本当の意味での戦いなのだから。

 案内されたのは、ラウンジとは打って変わって、無機質で機能的なデザインの小さな会議室だった。中央にはガラスのテーブルが置かれ、壁にはホワイトボードがかけられている。外の光はブラインドで遮られ、蛍光灯の白い光が室内を均一に照らしていた。ビジネスのための空間。そこに、感傷や弱音の入り込む隙間はない。

 「どうぞ」と小野寺さんに促され、私は革張りの椅子に腰を下ろした。彼女も向かいの席に座り、持っていたタブレット端末の電源を入れる。その指先の動きには、一切の迷いがない。

「先ほどは、お疲れ様でした、雪乃さん。素晴らしい受け答えでしたよ。ライターさんも感心していました」

 労いの言葉。けれど、その声のトーンは、既にビジネスモードへと切り替わっている。私もまた、「柊雪乃」の仮面を再びしっかりと被り直さなければならない。

「ありがとうございます。小野寺さんも、お忙しい中ありがとうございました」 「いえ。それで…早速ですが、先日お預かりしたプロットの件です」

 本題に入った。私は、ごくりと唾を飲み込み、背筋を伸ばす。