「…そう、かもしれませんね」

 かろうじて、私はそう相槌を打った。彼女の言葉は、的確に私の現状――佐伯先輩との、こじれてしまった関係性を言い当てているように思えたからだ。伝えたい言葉。伝えられなかった言葉。そして、伝わらなかった想い。

 彼女は、そんな私の内心の動揺には気づく様子もなく、少し照れたように頬を掻いた。

「…実は、」

 ほんの少しだけ声を潜め、彼女は続けた。その大きな瞳が、悪戯っぽく細められる。

「私にも今、ちょっと、気になる人がいるんですよ」

 その告白は、あまりにも唐突で、私は反応に困った。え、と声にならない声が漏れそうになるのを、なんとか飲み込む。目の前の、この明るくて親しみやすい店員さんに、好きな人がいる。それは、ごく自然なことのはずなのに、なぜか私の心は妙にざわついた。

「…まあ、色々あって、難しいんですけどね」

 彼女は、言葉少なにそう付け加え、困ったように笑った。その笑顔は、先ほどまでの屈託のないものとは少し違い、どこか切なさを帯びているように見えた。彼女もまた、恋愛という、ままならない感情に心を悩ませているのだろうか。その事実に、私は再び、奇妙な親近感を覚えた。

「そう…なんですね」
 他に、どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。大変ですね、とでも言うべきか。けれど、それはあまりにも表面的すぎる気がした。

「…なんて、すみません、本当に個人的な話しちゃって!」

 彼女は、はっと我に返ったように、慌てて明るい声を出した。そして、ちょうど鳴った呼び出しベルに応えるように、「はい、ただいま!」とカウンターの奥へと向かう。
 会話は、そこで唐突に終わった。