「え…あ、はい。そうですけど…」

 まさか、この本に気づかれるとは。しかも、こんなに嬉しそうな反応をされるなんて。予想外の展開に、私は少し戸惑う。

「やっぱり! 表紙のデザインで、もしかしてって思ったんです! 私、サガン、すごく好きなんですよ!」

 彼女は、ぱっと顔を輝かせた。まるで、同好の士を見つけた子供のようだ。

「特に『悲しみよこんにちは』は、もう何度も読み返しちゃって…。あの、セシルが感じてる、どうしようもない倦怠感とか、ちょっと背伸びしたような皮肉っぽいところとか…。分かるー!ってなっちゃうんですよね」

 立て板に水、という表現がぴったりなほど、彼女は熱っぽく語り始める。その熱量に、私は少し気圧されながらも、同時に、彼女がこの作家を本当に愛読していることが伝わってきた。

「すごいですね…詳しいんですね」
「えへへ、ただ好きなだけですよ。でも、雪…あ、ごめんなさい、お客さんもお好きなんですか?」

 彼女は自分の言葉遣いに気づいて、慌てて言い直す。その慌てぶりが、また少しおかしかった。

「はい。私も、この人の文章、好きです」

 警戒心が、少しずつ解けていくのを感じる。好きな作家の話となると、つい、素の自分が出てしまいそうになる。