ふと、以前小野寺さんに連れて行ってもらった、都心にある静かなカフェのことを思い出した。大きな窓から緑が見え、コーヒーが美味しかったはずだ。少しだけ、一人で気持ちを落ち着ける時間が欲しかった。
目的の駅で電車を降り、地図アプリを頼りにカフェを探す。大通りから一本入った、少し分かりにくい場所にあったその店は、朝の光が柔らかく差し込み、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。木の温もりを感じる内装、静かに流れるボサノバ、そして、ふわりと漂うコーヒーの香り。ここなら、少しは息がつけるかもしれない。
入り口近くのカウンター席に腰を下ろし、メニューを開く。幾種類かあるブレンドの中から、一番深煎りらしいものを選び、顔を上げた。カウンターの中で、にこやかにこちらを見ている女性店員と目が合う。
年の頃は、私より少し上だろうか。大学生か、あるいはもう少し大人びて見える。緩やかにウェーブのかかった髪を後ろで一つに束ね、清潔感のある白いシャツに黒いエプロンを身に着けている。大きな瞳が印象的で、その笑顔は作られた感じがなく、ひどく自然で、親しみやすい雰囲気を纏っていた。こういう屈託のない明るさは、今の私には少し眩しい。
「ブレンドコーヒーの、一番深い…キリマンジャロ、お願いします」
「はい、キリマンジャロですね。少々お待ちください」
彼女は、確認するように小首を傾げる。その仕草が、妙に自然で愛らしい。
「はい、大丈夫です」
私が頷くと、彼女は「ありがとうございます」と再び笑顔を見せ、カウンターの奥にあるグラインダーへと向かった。ガリガリ、と小気味良い音が店内に響き始める。その規則的な音を聞いていると、不思議と心が落ち着いてくるようだった。
私は、バッグから読みかけの文庫本を取り出した。フランソワーズ・サガン。現実から少しだけ距離を置きたい時に、よく手に取る作家だ。その乾いた、それでいて突き刺すような感傷性が、今の私の心境に奇妙なほど寄り添ってくれる気がした。ページを開き、栞を挟んだ箇所から読み始める。けれど、活字はなかなか頭に入ってこない。意識は、カウンターの奥でコーヒーを淹れる彼女の所作へと引き寄せられてしまう。
豆を丁寧に計量し、フィルターにセットする。沸騰した湯を、細口のポットからゆっくりと、円を描くように注いでいく。真剣な横顔。湯気と共に立ち上る、芳醇なコーヒーの香り。その一連の流れは、まるで神聖な儀式のようにも見え、私はいつしか、その光景に見入っていた。
やがて、白い陶器のカップが、ソーサーに乗せられて私の前に静かに差し出された。表面には、クレマだろうか、細かな泡が浮かんでいる。
目的の駅で電車を降り、地図アプリを頼りにカフェを探す。大通りから一本入った、少し分かりにくい場所にあったその店は、朝の光が柔らかく差し込み、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。木の温もりを感じる内装、静かに流れるボサノバ、そして、ふわりと漂うコーヒーの香り。ここなら、少しは息がつけるかもしれない。
入り口近くのカウンター席に腰を下ろし、メニューを開く。幾種類かあるブレンドの中から、一番深煎りらしいものを選び、顔を上げた。カウンターの中で、にこやかにこちらを見ている女性店員と目が合う。
年の頃は、私より少し上だろうか。大学生か、あるいはもう少し大人びて見える。緩やかにウェーブのかかった髪を後ろで一つに束ね、清潔感のある白いシャツに黒いエプロンを身に着けている。大きな瞳が印象的で、その笑顔は作られた感じがなく、ひどく自然で、親しみやすい雰囲気を纏っていた。こういう屈託のない明るさは、今の私には少し眩しい。
「ブレンドコーヒーの、一番深い…キリマンジャロ、お願いします」
「はい、キリマンジャロですね。少々お待ちください」
彼女は、確認するように小首を傾げる。その仕草が、妙に自然で愛らしい。
「はい、大丈夫です」
私が頷くと、彼女は「ありがとうございます」と再び笑顔を見せ、カウンターの奥にあるグラインダーへと向かった。ガリガリ、と小気味良い音が店内に響き始める。その規則的な音を聞いていると、不思議と心が落ち着いてくるようだった。
私は、バッグから読みかけの文庫本を取り出した。フランソワーズ・サガン。現実から少しだけ距離を置きたい時に、よく手に取る作家だ。その乾いた、それでいて突き刺すような感傷性が、今の私の心境に奇妙なほど寄り添ってくれる気がした。ページを開き、栞を挟んだ箇所から読み始める。けれど、活字はなかなか頭に入ってこない。意識は、カウンターの奥でコーヒーを淹れる彼女の所作へと引き寄せられてしまう。
豆を丁寧に計量し、フィルターにセットする。沸騰した湯を、細口のポットからゆっくりと、円を描くように注いでいく。真剣な横顔。湯気と共に立ち上る、芳醇なコーヒーの香り。その一連の流れは、まるで神聖な儀式のようにも見え、私はいつしか、その光景に見入っていた。
やがて、白い陶器のカップが、ソーサーに乗せられて私の前に静かに差し出された。表面には、クレマだろうか、細かな泡が浮かんでいる。
