東の空が、藍色から、徐々に薄紫色へとその表情を変えていく。夜明けが近い。冷たいガラス窓越しに見える八王子の街は、まだ深い眠りの中にあるようだった。
私は、ゆっくりとベッドから起き上がった。体は鉛のように重く、昨夜の思考の迷宮を彷徨った疲労が色濃く残っている。それでも、不思議と昨夜までの息苦しいほどの絶望感は薄れていた。代わりに、胸の奥には、諦念とも少し違う、静かで、ひどく凪いだような感覚があった。
顔を洗い、クローゼットから服を選ぶ。今日の取材は、都内のホテルのラウンジで行われる予定だ。雑誌のインタビュー。おそらく、次回作への期待や、作家としての私のパーソナリティに焦点が当てられるのだろう。求められているのは、自信に満ち溢れ、才能に輝く「天才女子高生作家・柊雪乃」の姿だ。今の、こんな疲弊しきった私とは、かけ離れた存在。
結局、選んだのは、当たり障りのない濃紺のワンピースと、白いカーディガン。それに、少しだけ背伸びしたヒールの靴。鏡に映った自分は、どこかよそよそしく、作り物めいて見えた。目の下の隈は、コンシーラーで念入りに隠す。唇には、血色を良く見せるためのリップを薄く引いた。まるで、舞台に上がる前の役者のように、私は「柊雪乃」という役柄を自分に纏わせていく。その作業が、ひどく空虚に感じられた。
リビングに降りると、母が心配そうに声をかけてきたが、「大丈夫だから」とだけ返し、朝食もそこそこに家を出た。冷たい朝の空気が、火照った頬には心地よかった。
駅へ向かう道を歩きながら、昨夜の決意を反芻する。逃げずに、向き合おう、と。取材も、そして、いつか来るであろう、彼との再会も。けれど、その決意は、まだ朝霧のように頼りなく、足取りはどこか覚束ない。
電車に乗り込むと、通勤や通学の人々で車内は混み合っていた。吊革に掴まり、窓の外を流れる景色を眺める。住宅街が途切れ、ビルが増え、空が狭くなっていく。その風景の変化に合わせて、私の心もまた、ざわつき始める。
先輩……今頃、大学かな。
また、彼のことを考えている自分に気づき、小さくため息をつく。彼に送ったメッセージ。まだ、返信はない。読んでくれたのだろうか。それとも、私の言葉は、もう彼には届かないのだろうか。
恋愛なんて、もうこりごりだと思っていた。書くことに集中したい。それなのに、私の心は、いまだに彼の存在に、強く、そしてどうしようもなく揺さぶられている。あの頃の、文芸部室の甘酸っぱい記憶。図書館前での、苦い衝突。そのどちらもが、今の私を形作る、消せない一部となっているのだ。
取材の時間までは、まだ少し間がある。このまま会場に向かうには早すぎるし、かといって、この落ち着かない気持ちのまま、どこかを当てもなく歩く気にもなれない。
私は、ゆっくりとベッドから起き上がった。体は鉛のように重く、昨夜の思考の迷宮を彷徨った疲労が色濃く残っている。それでも、不思議と昨夜までの息苦しいほどの絶望感は薄れていた。代わりに、胸の奥には、諦念とも少し違う、静かで、ひどく凪いだような感覚があった。
顔を洗い、クローゼットから服を選ぶ。今日の取材は、都内のホテルのラウンジで行われる予定だ。雑誌のインタビュー。おそらく、次回作への期待や、作家としての私のパーソナリティに焦点が当てられるのだろう。求められているのは、自信に満ち溢れ、才能に輝く「天才女子高生作家・柊雪乃」の姿だ。今の、こんな疲弊しきった私とは、かけ離れた存在。
結局、選んだのは、当たり障りのない濃紺のワンピースと、白いカーディガン。それに、少しだけ背伸びしたヒールの靴。鏡に映った自分は、どこかよそよそしく、作り物めいて見えた。目の下の隈は、コンシーラーで念入りに隠す。唇には、血色を良く見せるためのリップを薄く引いた。まるで、舞台に上がる前の役者のように、私は「柊雪乃」という役柄を自分に纏わせていく。その作業が、ひどく空虚に感じられた。
リビングに降りると、母が心配そうに声をかけてきたが、「大丈夫だから」とだけ返し、朝食もそこそこに家を出た。冷たい朝の空気が、火照った頬には心地よかった。
駅へ向かう道を歩きながら、昨夜の決意を反芻する。逃げずに、向き合おう、と。取材も、そして、いつか来るであろう、彼との再会も。けれど、その決意は、まだ朝霧のように頼りなく、足取りはどこか覚束ない。
電車に乗り込むと、通勤や通学の人々で車内は混み合っていた。吊革に掴まり、窓の外を流れる景色を眺める。住宅街が途切れ、ビルが増え、空が狭くなっていく。その風景の変化に合わせて、私の心もまた、ざわつき始める。
先輩……今頃、大学かな。
また、彼のことを考えている自分に気づき、小さくため息をつく。彼に送ったメッセージ。まだ、返信はない。読んでくれたのだろうか。それとも、私の言葉は、もう彼には届かないのだろうか。
恋愛なんて、もうこりごりだと思っていた。書くことに集中したい。それなのに、私の心は、いまだに彼の存在に、強く、そしてどうしようもなく揺さぶられている。あの頃の、文芸部室の甘酸っぱい記憶。図書館前での、苦い衝突。そのどちらもが、今の私を形作る、消せない一部となっているのだ。
取材の時間までは、まだ少し間がある。このまま会場に向かうには早すぎるし、かといって、この落ち着かない気持ちのまま、どこかを当てもなく歩く気にもなれない。
