自宅の最寄り駅に着き、改札を出る。八王子の空気は、都心よりも幾分ひんやりとしていて、澄んでいる気がした。けれど、その冷たさが、今はかえって私の孤独を際立たせるようだった。見慣れた帰り道を歩きながら、今日の打ち合わせの内容を反芻する。
『何か』が足りない――小野寺さんのその言葉が、棘のように胸に刺さったまま抜けない。分かっている。私自身が、一番それを痛感しているのだから。
玄関のドアを開けると、リビングから漂ってくる夕食の匂いと、テレビの音が私を迎えた。
「あら、雪乃、お帰りなさい」
キッチンから顔を出したのは、エプロン姿の母だった。その表情には、いつもの穏やかさに混じって、ほんの少しだけ心配の色が浮かんでいるように見えた。
「ただいま」
「打ち合わせ、長かったのね。お疲れ様。ちょうど編集の小野寺さんからお電話があったわよ。明日の取材の件、確認したいことがあるんですって。後でかけ直してくれるように伝えておいたけど」
「……うん、分かってる。ありがとう」
私は、感情を殺した声で短く答える。母は、私の作家活動を表面上は応援してくれている。けれど、その言葉の端々や、私を見る眼差しには、常に言いようのない不安が付きまとっているのを、私は敏感に感じ取っていた。それは、私の活動そのものへの不安なのか、あるいは、普通の高校生とは違う道を歩み始めた娘への、漠然とした心配なのか。
リビングのソファに腰を下ろし、テーブルの上に置かれた郵便物に目をやっていると、母がお茶を淹れて隣に座った。湯呑みから立ち上る湯気が、揺らめいて消える。
「雪乃」
静かな声で、母が呼びかける。私は、視線を郵便物から母へと移した。
『何か』が足りない――小野寺さんのその言葉が、棘のように胸に刺さったまま抜けない。分かっている。私自身が、一番それを痛感しているのだから。
玄関のドアを開けると、リビングから漂ってくる夕食の匂いと、テレビの音が私を迎えた。
「あら、雪乃、お帰りなさい」
キッチンから顔を出したのは、エプロン姿の母だった。その表情には、いつもの穏やかさに混じって、ほんの少しだけ心配の色が浮かんでいるように見えた。
「ただいま」
「打ち合わせ、長かったのね。お疲れ様。ちょうど編集の小野寺さんからお電話があったわよ。明日の取材の件、確認したいことがあるんですって。後でかけ直してくれるように伝えておいたけど」
「……うん、分かってる。ありがとう」
私は、感情を殺した声で短く答える。母は、私の作家活動を表面上は応援してくれている。けれど、その言葉の端々や、私を見る眼差しには、常に言いようのない不安が付きまとっているのを、私は敏感に感じ取っていた。それは、私の活動そのものへの不安なのか、あるいは、普通の高校生とは違う道を歩み始めた娘への、漠然とした心配なのか。
リビングのソファに腰を下ろし、テーブルの上に置かれた郵便物に目をやっていると、母がお茶を淹れて隣に座った。湯呑みから立ち上る湯気が、揺らめいて消える。
「雪乃」
静かな声で、母が呼びかける。私は、視線を郵便物から母へと移した。
