――旧友に、会ってみるとか
 小野寺さんの、何気ない提案の言葉が、頭の中で何度もリフレインする。気分転換に、と彼女は言った。けれど、その言葉は、今の私にはまるで鋭い皮肉のように突き刺さった。

 旧友――。

 その言葉が指し示す人物は、私の中ではただ一人しかいない。そして、私は、つい数日前に、その「旧友」に会ったばかりなのだ。あの憧れの大学で――。
 結果は、どうだった? 気分転換どころか、事態はむしろ悪化した。私は、抑えきれない感情を彼にぶつけ、おそらくは修復不可能なほど、彼を深く傷つけた。そして、私自身もまた、彼の言葉にならない後悔の色に打ちのめされた。会ったことで、分かったことといえば、私たちがもう決してあの頃のようには戻れないということ、そして、互いに与え合った傷の深さだけだった。

 それなのに、「旧友に会ってみるとか」。まるで、それが万能薬であるかのように。小野寺さんは何も知らないのだから、仕方がない。けれど、その言葉の無邪気さが、かえって私の苛立ちと、そしてどうしようもない徒労感を増幅させた。会ったところで、何も変わらない。むしろ、余計に苦しくなるだけだ。

 結局、私は……一人で、この苦しみと向き合うしかないんだ――その諦めにも似た感情が、冷たい霧のように心を覆っていく。
 作家としてのスランプ、プレッシャー、そして、佐伯先輩との決定的にこじれてしまった関係。どれもこれも、誰かに相談したところで解決する問題ではない。私が、私自身で乗り越えるしかないのだ。

 重い足取りで結局、駅へと向かう。
 夕暮れ時のラッシュが始まろうとしている電車に揺られながら、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。
 都心のネオンサインが、次第に郊外の住宅地の灯りへと変わっていく。その単調な風景の変化が、まるで自分の人生のメタファーのようで、息が詰まりそうだった。期待と喧騒に満ちた場所から、静かで、けれどどこか閉塞的な日常へと、否応なく引き戻されていく。