最後の言葉に、どきりとした。旧友。彼女は、佐伯先輩のことを言っているのだろうか。いや、そんなはずはない。彼女が私たちの過去を知る由もないのだから。

「……そう、ですね。考えてみます」

 私は力なく頷いた。結局、私はこの重圧から逃れる術を持たない。書くしかないのだ。書けなくても、書かなければならない。それが、プロの世界ということなのだろう。

 小野寺さんと別れ、一人でホテルのエントランスを出る。冷たい風が、火照った頬を撫でた。タクシーを拾おうかと思ったけれど、今は少し、歩きたかった。人工的な光に満ちた都心の歩道を、目的もなく歩き始める。行き交う人々の誰もが、私とは違う世界を生きているように見える。確かな足取りで、それぞれの場所へ向かっていく。私だけが、どこへも行けないまま、この場所に立ち尽くしている。

 ふと、スマートフォンのメッセージ履歴に目が留まった。
 先輩との会話――。
 あの日――彼に、相談を持ちかけたのは私自身だ。なぜ、彼だったのだろう。他に、話せる相手はいなかったのか。 分からない。けれど、あの時、私は無性に彼に会いたかったのだ。あの頃のように、私の話をただ聞いてほしかったのかもしれない。
 そして、心のどこかで、期待していたのかもしれない。彼なら、今の私の苦しみを理解してくれるのではないか――と。あの時、認めてもらえなかった私の作品を今度こそは――と。なんと愚かで、身勝手な期待の押し付けだったのだろう。
 昨日の――。彼の――。顔が脳裏から離れない――。