冷たいガラス窓に映る私の顔は、ひどく見慣れないもののように思えた。
 意志が強く、常に何かを見据えているはずの瞳は、今は焦点が定まらず、どこか遠くを彷徨っている。血の気の失せた唇は、きっと噛み締めた跡が赤く残っているだろう。 最低だ、と心の中で再び悪態をつく。

『あの時…先輩が何も言ってくれなかったから…! 私、ずっと…自分の言葉が…どこか嘘みたいで…怖かった…!』

 あれは、本心だったのだろうか。半分は、そうだったかもしれない。でも、残り半分は? あの時の私は、ただ感情に任せて、一番言ってはいけない言葉で、彼を傷つけたかっただけなのではないか。八つ当たりだ。自分が抱える息苦しさや焦りを、一番ぶつけやすい相手に、甘えてぶつけてしまっただけ。そう自覚すると、胃の腑が冷たくなるような感覚に襲われた。
 彼は「ごめん」と言った。掠れた、ほとんど音にならないような声で。あの時の彼の顔。驚きと、困惑と、そして深い、どうしようもないほどの後悔の色を浮かべた瞳。私は、彼にあんな顔をさせたかったのだろうか。違う。断じて違う。なのに、私は……。
 窓の外には、夕暮れが近づく都心のビル群が、無機質なシルエットを描いていた。今日、打ち合わせで訪れたホテルのラウンジ。磨き上げられたテーブル、柔らかな間接照明、静かに流れるクラシック音楽。すべてが洗練され、完璧にコントロールされた空間。それは、今の私の内面の混沌とは、あまりにも対照的だった。

「……雪乃さん? 本当に大丈夫ですか? 少し顔色が……」

 目の前に座る担当編集者の小野寺さんが、心配そうに声をかけてくる。彼女はいつもそうだ。私のわずかな変化も見逃さない。鋭い観察眼と、冷静な判断力。そして、時に母親のような包容力で、この厄介な若い作家を導いてくれる人。デビュー前からずっと、私の才能を信じ、支え続けてきてくれた。

「……大丈夫です、小野寺さん。本当に。ちょっと、昨日の夜、あまり眠れなくて」

 嘘だ。昨夜は、泥のように眠った。というより、現実から逃避するように意識を失っていた、と言った方が正しいかもしれない。

「そうですか……。あまり無理はなさらないでくださいね。雪乃さんが倒れてしまったら、元も子もありませんから」

 彼女の声はあくまでも穏やかだが、その奥にはプロフェッショナルとしての厳しい視線が光っているのを私は知っている。休むことなど許されない。期待されているのだから。応えなければならないのだから。

 打ち合わせの内容は、次回作のプロットについてだった。私が提出したものに対する、小野寺さんからのフィードバック。それは、いつも通り的確で、論理的で、そして容赦がなかった。