人が考える性。僕が不安を感じていたよりも、早くにことの顛末は進んだ。

『放課後であればいつでも』

 彼女らしい端的な言葉だけが僕のスマートフォンに浮かんでいた。
 午後後五時過ぎ。最後の講義を終えた学生たちが、足早にそれぞれの帰路へと散っていく中、僕は大学図書館前のベンチに座って、雪乃を待っていた。冷たい風が吹き抜け、枯葉が足元でカサカサと音を立てる。空は高く澄み渡っているが、太陽はすでに西に傾き、キャンパス全体が頼りない光に包まれている。
 少しだけ大学を見てみたいという彼女の言葉で、待ち合わせ場所はここに決まった。
 やがて、図書館のガラス扉が開き、見慣れた姿が現れた。制服を着飾った濃紺のコートに、白いマフラー。雪乃は周囲を見渡し、すぐに僕の姿を見つけると、少しだけ躊躇うような素振りを見せた後、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。その表情は硬く、何を考えているのか読み取るのは難しい。

「……先輩」

 僕の前に立ち、彼女は短くそう言った。声のトーンは低く、抑揚がない。

「ああ。……時間、取らせて悪かったな」
「いえ……。それで、話って何ですか?」

 彼女はベンチには座ろうとせず、立ったまま僕を見下ろしている。その態度に、明確な拒絶の色を感じた。喫茶店での僕の態度が、彼女を深く傷つけ、警戒させてしまったのだろう。 僕は立ち上がり、彼女と向き合った。冷たい風が、二人の間を吹き抜けていく。

「あのさ、この間のことなんだけど……」

 僕は意を決して切り出した。「喫茶店で、お前が言ってたこと……」

「……もういいです、その話は」

 雪乃は、僕の言葉を遮るように、きっぱりと言った。その瞳には、諦めと、そして僕に対する不信感が宿っているように見えた。