正直に、伝える――か。
 怖くないわけがない。雪乃がどう反応するのか。僕たちの関係はどうなってしまうのか。考えれば考えるほど、足がすくむ。
 だが、それ以上に、「このままではいけない」「後悔したくない」という気持ちが、今は強く僕を支配していた。
 僕は、再びメッセージアプリを開いた。トーク履歴の中から、数日前に彼女とやり取りした、あの名前を探し出す。

 柊 雪乃。

 その名前を、今度は、先ほどよりも少しだけ、迷いの少ない指でタップした。
 美咲先輩との電話を切ってから、部屋には再び静寂が戻っていたが、先ほどまでの重苦しいそれとは異なり、今はまるで嵐の前の静けさのような、張り詰めた緊張感が漂っている。
 心臓が、ドクン、ドクンと規則正しく、しかし力強く脈打っている。まるで、これから起こるであろう何かを予感しているかのように。僕は、椅子に座り直し、背筋を伸ばした。そして、ゆっくりと息を吸い込み、肺の中に冷たい夜の空気を満たす。覚悟は、決まった。

 メッセージの入力欄をタップする。指先は、まだほんの少しだけ、けれど先ほどよりは確かに、震えが収まっている。一文字、一文字、打ち込むたびに、言葉の重みを確かめるように。

『柊さん、佐伯です』

 僕の名前。そして、彼女の名前。その間に、今は見えないけれど、深く、そして複雑な溝が横たわっている。
 喫茶店での、彼女の不安げな瞳を思い出す。僕は、彼女の言葉を受け止めることができなかった。そのことへの、遅すぎるかもしれないけれど、せめてもの謝意を込めて。

『あの時、ちゃんと言えなかったことで、どうしても伝えたいことがある』

 そうだ。これが、僕の本心だ。「ちゃんと言えなかったこと」。それは、あの作品への本当の感想であり、それを伝えられなかった僕自身の弱さであり、そして、その結果として生まれてしまったかもしれない誤解や、彼女の苦しみについてだ。「どうしても伝えたい」。この言葉に、僕の今の、揺るぎない決意を乗せる。

『少し時間を作ってもらえない?』

 問いかけの形で締めくくる。もちろん、断られる可能性もある。無視される可能性だって。けれど、それはもう、僕がコントロールできることではない。僕にできるのは、ただ、正直な気持ちを差し出すことだけだ。

 打ち終えたメッセージを、僕は何度も、何度も読み返した。これで、僕の意図は正しく伝わるだろうか。もっと、へりくだった方がいいだろうか。いや、変にへりくだるのは、逆に不誠実かもしれない。これが、今の僕にできる、精一杯の言葉だ。
 送信ボタン。画面の右下、小さな紙飛行機のアイコン。そこに、僕はゆっくりと親指を近づける。指先が、冷たいガラスの表面に触れる、その瞬間。

 怖い――その感情が僕の心の中を埋めている。