空白はエンドロールのままで

「ちぇっ、付き合い悪いなぁ。まあ、気が向いたら連絡しろよ」

 中村はあっさりと引き下がり、ひらひらと手を振って教室を出ていった。
 一人取り残された講義室の静寂が、耳に痛い。
 僕はゆっくりと立ち上がり、窓の外に目を向けた。夕暮れ前の、弱々しい太陽の光が、キャンパスの隅にある錆びついた給水塔をシルエットとして浮かび上がらせている。

 高校時代、雪乃と帰り道に、あの給水塔を見上げながら、「いつか、あの上から街を眺めてみたいですね」なんて他愛のない話をしたことを思い出す。
 あの頃は、どんな場所にも物語が宿っているように感じられた。今は、ただの古びた鉄の塊にしか見えない。
 重い足取りで大学を出る。どこへ行くという当てもない。家に帰っても、一人で鬱々とした考えに沈むだけだろう。かといって、街の喧騒の中に紛れる気力もない。

 僕は、まるで磁石に引かれるように、無意識のうちに駅の北口方面へと足を向けていた。目指す場所があるわけではない。ただ、あの古書店の近くの空気を吸いたかったのかもしれない。僕にとって唯一の、安息の場所だったはずの――。
 だが、やはり『橘書店』の前に立つと、足がすくんでしまう。あの日の出来事が、鮮明に蘇る。雪乃の冷たい視線、編集者の値踏みするような目、そして、僕自身の空虚な言葉。
 この扉を開ければ、またあの白い背表紙が目に入ってしまうかもしれない。そう思うと、体が鉛のように重くなった。僕は、店の前を通り過ぎ、そのまま商店街のアーケードを抜けた。

 あてもなく、八王子の街を歩く。夕暮れ時の喧騒が、僕の孤独を際立たせるよう。駅ビルから吐き出される人の波、商店街の呼び込みの声、踏切の警報機の音。それら全てが、僕には遠い世界の出来事のように感じられる。誰もが確かな目的地を持っているように見える中で、僕だけが、羅針盤を失った船のように、ただ漂っている。

 ふと、見慣れた公園の入り口が目に入った。子供の頃、よく遊んだ場所だ。今はもう使われなくなった古びた噴水があり、その周りにはベンチがいくつか置かれている。僕は、吸い寄せられるように公園の中に入り、一番奥の、人目につきにくいベンチに腰を下ろした。