『なんだよ、悲しい色って』
『だって、先輩の書く主人公って、いつも世界の隅っこで膝を抱えてるみたいなんだもん。何かを諦めて、でも、諦めきれないでいるような』
彼女は悪戯っぽく笑って、続けた。
『でも、そこがいいんですけどね。諦めの中に、ほんの少しだけ光が見える感じが』
何のてらいもない、真っ直ぐな言葉。批評は辛辣な時もあったが、その根底には常に、僕の言葉に対する敬意と、そして期待が感じられた。それが当時の僕にとって、どれほどの支えになっていたか。世界からの承認であり、未来への通行手形のようにすら感じられたのだ。
『柊さんこそ、この間の短編……あのラストシーン、鳥肌が立ったよ。どうしたら、あんな言葉が、あんな情景が生まれるんだ? まるで見てきたみたいじゃないか』
僕がそう言って彼女の原稿の一節を指すと、彼女は少しだけ頬を染め、それから得意げに鼻を鳴らした。
『ふふん、企業秘密です。……でも、先輩になら、こっそり教えてあげてもいいですよ? あのね、実は……』
彼女は声を潜め、まるで重大な秘密を打ち明けるかのように、その描写が生まれた背景にある、彼女自身のささやかな体験や、空想の翼を広げた過程を語ってくれた。その話を聞いていると、彼女の頭の中にある、豊かで、どこまでも自由な世界に触れているような気がして、僕はいつも感嘆のため息を漏らした。
僕たちは、競い合うように書き、そして読み合った。
互いの言葉に耳を傾け、時に厳しく、時に熱烈に賞賛し合いながら、まだ見ぬ物語の高みへと二人で辿り着けるのだと、本気で思っていた。
部室の隅で埃をかぶっていたコーヒーメーカーで淹れた、やたらと苦いコーヒーの味も、窓から見える夕焼けの、まるで血が滲んだような茜色も、原稿用紙の上を滑るペンの音も、全てがきらきらと輝いて見えた。それはきっと、青春というフィルターがかかっていたからだけではない。
隣に彼女がいたからだ。
僕の言葉を受け止め、そして僕に新しい世界を見せてくれる存在が――。
帰り道は、たいてい一緒だった。八王子駅へと続く、緩やかな坂道。
あるいは、少し遠回りして、浅川の土手を歩くこともあった。夕暮れの風が、火照った頬に心地よかった。土手には、名前も知らない草花が風に揺れ、川面は夕陽を反射して、金色の鱗のようにきらめいていた。時々、雪乃は立ち止まって、その光景をじっと見つめていた。
『だって、先輩の書く主人公って、いつも世界の隅っこで膝を抱えてるみたいなんだもん。何かを諦めて、でも、諦めきれないでいるような』
彼女は悪戯っぽく笑って、続けた。
『でも、そこがいいんですけどね。諦めの中に、ほんの少しだけ光が見える感じが』
何のてらいもない、真っ直ぐな言葉。批評は辛辣な時もあったが、その根底には常に、僕の言葉に対する敬意と、そして期待が感じられた。それが当時の僕にとって、どれほどの支えになっていたか。世界からの承認であり、未来への通行手形のようにすら感じられたのだ。
『柊さんこそ、この間の短編……あのラストシーン、鳥肌が立ったよ。どうしたら、あんな言葉が、あんな情景が生まれるんだ? まるで見てきたみたいじゃないか』
僕がそう言って彼女の原稿の一節を指すと、彼女は少しだけ頬を染め、それから得意げに鼻を鳴らした。
『ふふん、企業秘密です。……でも、先輩になら、こっそり教えてあげてもいいですよ? あのね、実は……』
彼女は声を潜め、まるで重大な秘密を打ち明けるかのように、その描写が生まれた背景にある、彼女自身のささやかな体験や、空想の翼を広げた過程を語ってくれた。その話を聞いていると、彼女の頭の中にある、豊かで、どこまでも自由な世界に触れているような気がして、僕はいつも感嘆のため息を漏らした。
僕たちは、競い合うように書き、そして読み合った。
互いの言葉に耳を傾け、時に厳しく、時に熱烈に賞賛し合いながら、まだ見ぬ物語の高みへと二人で辿り着けるのだと、本気で思っていた。
部室の隅で埃をかぶっていたコーヒーメーカーで淹れた、やたらと苦いコーヒーの味も、窓から見える夕焼けの、まるで血が滲んだような茜色も、原稿用紙の上を滑るペンの音も、全てがきらきらと輝いて見えた。それはきっと、青春というフィルターがかかっていたからだけではない。
隣に彼女がいたからだ。
僕の言葉を受け止め、そして僕に新しい世界を見せてくれる存在が――。
帰り道は、たいてい一緒だった。八王子駅へと続く、緩やかな坂道。
あるいは、少し遠回りして、浅川の土手を歩くこともあった。夕暮れの風が、火照った頬に心地よかった。土手には、名前も知らない草花が風に揺れ、川面は夕陽を反射して、金色の鱗のようにきらめいていた。時々、雪乃は立ち止まって、その光景をじっと見つめていた。
