西日が差し込む放課後の文芸部室には、独特の匂いが満ちていた。

 埃っぽい紙の匂い、古びたインクの匂い、そして、窓から流れ込む、むせるような夏の終わりの草いきれ。壁一面を埋め尽くす書架には、世代を超えて読み継がれたであろう小説や詩集が雑然と並び、その背表紙はどれも陽に焼けて色褪せていた。

 僕たち以外に部員はほとんどおらず、その薄暗くて雑然とした空間は、まるで僕と彼女のためだけに残された秘密基地のようだった。
 窓際の長机が、僕たちの定位置だった。向かい合って座るのではなく、いつも隣同士。少し癖のある艶やかな黒髪を揺らしながら、柊 雪乃は僕が書きなぐったばかりの原稿用紙の束を、真剣な、それでいてどこか楽しげな光を宿した瞳で追っていた。
 僕より一つ年下の後輩。けれど、こと言葉に関しては、既に対等、いや、時折僕を凌駕するほどの鋭さを見せる、手強いライバルでもあった。

『ここ、すごい。……やっぱり、佐伯先輩の言葉は、綺麗だ』

 不意に顔を上げた彼女が、赤ペンで小さく丸をつけたのは、僕自身、書きながら微かな手応えを感じていた一文だった。僕の意図を、彼女はいつも的確に見抜いた。

『なんていうか、他の誰にも真似できない、先輩だけの色がある気がする。少しだけ、悲しい色だけど』

 付け加えられた言葉に、僕は少しだけむっとする。