その距離感が、僕にとってはありがたかった。 しばらくの間、僕たちは無言でそれぞれの作業をしていた。店内の喧騒だけが、僕たちの間の沈黙を埋めている。バックヤードからは、豆を挽くグラインダーの音が聞こえてくる。
「……あの、美咲先輩」
先に沈黙を破ったのは、僕の方だった。
自分でも、なぜそんな言葉が出たのか分からなかった。ただ、彼女になら、少しだけ、この靄のかかったような気持ちを話してもいいのかもしれない、と思ったのだ。雪乃とのこと、そして自分のどうしようもない感情について。全部は話せないけれど、ほんの一部だけでも。
「ん、なあに?」
彼女は、コーヒーフィルターをセットする手を止めずに、穏やかな声で応じた。
「……もし、すごく大事にしたいものがあって……でも、それが、自分のせいで壊れちゃったかもしれない時って……先輩なら、どうしますか?」
それは、やはり抽象的な問いかけだった。けれど、数日前の喫茶店での失敗を踏まえ、もう少しだけ、僕の核心に近い場所から発せられた言葉だった。大事なもの――それは雪乃との関係であり、かつての自分であり、そして、伝えられなかった言葉だ。
美咲先輩は、フィルターをドリッパーにセットし終えると、ゆっくりと僕に向き直った。その大きな瞳は、真剣で、そして驚くほど優しかった。僕の言葉の裏にある、もっと深い何かを感じ取っているかのように。
「……そっか。蓮くん、そういうことで……悩んでたんだね」
彼女の声は、いつもの快活さとは違う、落ち着いたトーンだった。
「……大事なものを、自分のせいで壊しちゃったかもしれない時、か……」
彼女は、ゆっくりと僕の言葉を反芻し、それから、ふっと息をついた。
「……うん、すごく、難しい問題だよね。私もね、昔……ううん、今でもあるかな。自分の未熟さとか、意地とかで、大事な友達との関係、めちゃくちゃにしちゃったこと」
彼女は、少しだけ遠い目をして、続けた。その表情には、僕が知らない彼女の過去が滲んでいるような気がした。諦めた夢、あるいは、叶わなかった恋。彼女にも、後悔があるのかもしれない。
「完璧に元通りにするのは、正直、難しいと思う。壊れちゃったものは、どんなに頑張っても、元と全く同じにはならないから」
その言葉は、現実的で、少しだけ冷たく響いた。けれど、彼女はすぐに、優しい眼差しを僕に戻した。
「……あの、美咲先輩」
先に沈黙を破ったのは、僕の方だった。
自分でも、なぜそんな言葉が出たのか分からなかった。ただ、彼女になら、少しだけ、この靄のかかったような気持ちを話してもいいのかもしれない、と思ったのだ。雪乃とのこと、そして自分のどうしようもない感情について。全部は話せないけれど、ほんの一部だけでも。
「ん、なあに?」
彼女は、コーヒーフィルターをセットする手を止めずに、穏やかな声で応じた。
「……もし、すごく大事にしたいものがあって……でも、それが、自分のせいで壊れちゃったかもしれない時って……先輩なら、どうしますか?」
それは、やはり抽象的な問いかけだった。けれど、数日前の喫茶店での失敗を踏まえ、もう少しだけ、僕の核心に近い場所から発せられた言葉だった。大事なもの――それは雪乃との関係であり、かつての自分であり、そして、伝えられなかった言葉だ。
美咲先輩は、フィルターをドリッパーにセットし終えると、ゆっくりと僕に向き直った。その大きな瞳は、真剣で、そして驚くほど優しかった。僕の言葉の裏にある、もっと深い何かを感じ取っているかのように。
「……そっか。蓮くん、そういうことで……悩んでたんだね」
彼女の声は、いつもの快活さとは違う、落ち着いたトーンだった。
「……大事なものを、自分のせいで壊しちゃったかもしれない時、か……」
彼女は、ゆっくりと僕の言葉を反芻し、それから、ふっと息をついた。
「……うん、すごく、難しい問題だよね。私もね、昔……ううん、今でもあるかな。自分の未熟さとか、意地とかで、大事な友達との関係、めちゃくちゃにしちゃったこと」
彼女は、少しだけ遠い目をして、続けた。その表情には、僕が知らない彼女の過去が滲んでいるような気がした。諦めた夢、あるいは、叶わなかった恋。彼女にも、後悔があるのかもしれない。
「完璧に元通りにするのは、正直、難しいと思う。壊れちゃったものは、どんなに頑張っても、元と全く同じにはならないから」
その言葉は、現実的で、少しだけ冷たく響いた。けれど、彼女はすぐに、優しい眼差しを僕に戻した。
