僕の、あの身勝手で、臆病な告白が、彼女の長年の苦しみを、ほんの少しでも和らげることができたというのだろうか。

「そっか……」

 僕は、それだけを言うのが精一杯だった。安堵と、そして依然として残る罪悪感が、胸の中で複雑に絡み合う。彼女の涙はまだ止まっていなかったけれど、その表情には、先ほどまでの張り詰めたような険しさは消え、代わりに、深い疲労と、そしてほんのわずかな、凪いだような静けさが漂っていた。

「俺は……」

 僕は、言葉を探しながら、ゆっくりと続けた。

「君を、ずっと誤解してたのかもしれない。君が強いから、才能があるから、俺なんかの言葉は必要ないんだって……。勝手に思い込んで、逃げてた。でも、違ったんだな……」

 木々が、再び風にざわめく。枯葉が、僕たちの足元でカサカサと音を立てた。

「俺の言葉が、君をそんなに苦しめてたなんて……。本当に、知らなかった。……何度言っても足りないけど、本当に、ごめん」

 僕は、もう一度、深く頭を下げた。今度は、彼女の顔をしっかりと見て。
 雪乃は、僕の視線を受け止め、静かに頷いた。その瞳には、まだ涙の膜が張っていたけれど、その奥には、確かな意志の光が戻りつつあるように見えた。

「私も、ごめんなさい」

 彼女が、意外な言葉を口にした。

「先輩にあんな言い方して……。八つ当たりだって、分かってたのに。先輩が、書くのをやめた本当の理由も知らずに……勝手に、裏切られたみたいに感じて……」

 彼女の声は、まだ少し震えていたけれど、そこには、自分自身と向き合おうとする、真摯な響きがあった。
 僕たちは、ようやく、本当の意味で向き合えたのかもしれない。互いの弱さ、ずるさ、後悔をさらけ出し、そして、それを受け止め合う。何年もかかってしまったけれど、僕たちの間にあった、厚くて冷たい壁が、今、少しずつ溶け始めているのを感じた。

「ありがとう」

 どちらからともなく、その言葉が出た。それは、謝罪の言葉よりも、もっと深く、もっと温かい響きを持っていた。長い間言えなかったこと、聞けなかったこと。それらが、ようやく言葉になり、互いの心に届いたことへの、静かな感謝。

 僕たちは、しばらくの間、ただ黙って隣に座っていた。気まずさではなく、むしろ心地よいとも言えるような、穏やかな沈黙。光はもう消え、街灯の頼りない明かりに照らされている。冷たい空気が、頬を撫でる。

「先輩は」

 やがて、雪乃が静かに口を開いた。

「これから、どうするんですか? 書かない、って……」

 その問いには、以前のような棘はなかった。ただ、純粋な疑問として、僕の未来を尋ねているようだった。