ガチャァアアアアアアン!!
「きゃあっ」
急に聞こえたガラスが割れる凄まじい音に、とっさに手で顔を覆った。
「だぁああああ! してるんですかタタンッ」
伺うように指の間から状況を確認すると、足元近くまで窓ガラスが床に散乱していた。
「えっ背中っ、オレの新調したばかりのスーツがっ、スーツがっ、うぉおおおおおおっ」
クリーム男が上着を脱ぐと、残念ながらスーツがびりびりになっていた。なむさん。
取り乱す男をよそに、のんびりした調子で同じようにスーツを着た、タタンと呼ばれた男が教室に入ってきた。さらさらしていて、アクアマリンのような髪色をしている。
「あーすいませんサド、やっちゃいました……」
なんて言いながら、タタンって人はぽりぽり頭を掻いた。
その頭の上には、ケーキの上の飾りチョコよろしく、ガラスの破片が突き刺さっている。サドと呼ばれた人物は、完全に俺たちを放ってタタンに詰め寄った。
「なーにがやっちゃいました、ですか。それと、サドと名前で呼ばないでくださいと何度も、言ってるじゃないですか」
「あーそっか」
「わざわざ閉まったところから入った理由は?」
「ん~そこに窓があったから」
「……見てくださいこの様を!いったいこれがいくらしたと思ってるんです?」
タタンって男は、上から下に一通り見ると、「2000円くらいですか?」と答えた。
スーツの値段とかはよくわからないけど、俺だってもう少し高く答えるような気がするな。
「どういう金銭感覚してんだよ。……思わず口調が乱れました、失礼」
と言ってサドが咳払いをした。
「というかですね中佐」
とタタンが続ける。中佐ってまるで軍隊みたいだけど、いったい彼らは何者なんだろう?
名前だって、外国の人みたいだ。けど、何者だとしても彼らが危険な人物っていうことだけはわかった。
俺は、その場を下手に動けないでいた。実際圧倒されてしまって、上手く場を切り抜ける方法が考えられなかったんだ。
「あー、あーあーあーなんです?」
相も変わらずゆったりとしたペースで話すタタンに、サドは何度も「あ」を連呼して、ガラが悪い声を紳士っぽい感じに調整していた。
電話に出るとき、普通に話すよりも僕の声がワントーン高くなっちゃうみたいな感じのやつ。それの逆バージョンだ。
「もとはといえば、中佐の合図がちょっと変なんです」
「なにっ? 君は私のせいだと言いたいんですか?」
そのときタタンが、「なんかムズムズすると思ったー」と言いながら、頭の頂点に刺さったガラスをスポッと抜いたんだ。
これには俺もギョッとしちゃったね。頭からぴゅーって血が出てんのに、気付きもしないんだもの。
サドもこれにはさすがに肝を抜かしたらしく、「全くこれだから」とか何とか言って、ポケットから包帯を取り出した。
器用とは程遠い応急手当てを施し終わるころには、タタンはすっかりエジプトのミイラと化した。
「だって本当におかしいです。3、2、ゴーが正式なんですよ?」
包帯の隙間から、タタンはもごもご声を出した。
「普通は、321なんです。心の中でゴーは言ってください」
「声に出しちゃだめですか?」
「ダメです!」
サドは、包帯ぐるぐる巻きの包帯の先っちょを、さらにきつく引っ張った。
「イタイですイタイッ、暴力反対!」
「ちょっと静かに」
「イテッ、ま、まただ。そういうのをね、こっちではパワハラっていうんだ! も~う隊長にいいつけてやるっ」
「勝手にしなさい!」
「ひどい、サドのいじわるっ」
「だ、か、ら、名前で呼ばないでください」
「じゃあ、中…」
「階級もやめてください。アイツの下の階級だということを、しみじみ痛感する。そもそも中佐などという役職、このオレには合わん。あのくそ野郎め、今にこのオレが引きずりおろしてくれるわ。ワァッハッハー」
「さっちゃん素が隠しきれてないよ恐いよ~。でもまあいいじゃないですか、役職名あるだけで」
「さっちゃん言うなっ。そして頭を撫でるなセットが乱れる」
「イテててっ。も~う本当に大佐に言いつけてやる、叱られてしまえっ」
「できるもんならやってみなさい!」
「あ~んもう転職だっ、すぐに退職してやるんだからぁ」
勝手に始まった言い争いは、終わりを見せない。ぽつんと切り離されていた世界で、俺はあっけにとられて彼らを見ていた。
「尾長くん」
ちょんちょんと夢碧さんに腕を引かれてようやく我に返れたんだ。
見ると、夢碧さんはいつにもまして真っ白な顔をしていた。
「逃げよう、夢碧さん」
「う、うん」
なんであれ、こいつらが普通でないのは確かだ。夢碧さんを探してたみたいだけど、そんなのはどうでもいい。とにかく今は逃げるんだ。
俺は、夢碧さんの手を掴むと、一気に教室から飛び出した。
「きゃあっ」
急に聞こえたガラスが割れる凄まじい音に、とっさに手で顔を覆った。
「だぁああああ! してるんですかタタンッ」
伺うように指の間から状況を確認すると、足元近くまで窓ガラスが床に散乱していた。
「えっ背中っ、オレの新調したばかりのスーツがっ、スーツがっ、うぉおおおおおおっ」
クリーム男が上着を脱ぐと、残念ながらスーツがびりびりになっていた。なむさん。
取り乱す男をよそに、のんびりした調子で同じようにスーツを着た、タタンと呼ばれた男が教室に入ってきた。さらさらしていて、アクアマリンのような髪色をしている。
「あーすいませんサド、やっちゃいました……」
なんて言いながら、タタンって人はぽりぽり頭を掻いた。
その頭の上には、ケーキの上の飾りチョコよろしく、ガラスの破片が突き刺さっている。サドと呼ばれた人物は、完全に俺たちを放ってタタンに詰め寄った。
「なーにがやっちゃいました、ですか。それと、サドと名前で呼ばないでくださいと何度も、言ってるじゃないですか」
「あーそっか」
「わざわざ閉まったところから入った理由は?」
「ん~そこに窓があったから」
「……見てくださいこの様を!いったいこれがいくらしたと思ってるんです?」
タタンって男は、上から下に一通り見ると、「2000円くらいですか?」と答えた。
スーツの値段とかはよくわからないけど、俺だってもう少し高く答えるような気がするな。
「どういう金銭感覚してんだよ。……思わず口調が乱れました、失礼」
と言ってサドが咳払いをした。
「というかですね中佐」
とタタンが続ける。中佐ってまるで軍隊みたいだけど、いったい彼らは何者なんだろう?
名前だって、外国の人みたいだ。けど、何者だとしても彼らが危険な人物っていうことだけはわかった。
俺は、その場を下手に動けないでいた。実際圧倒されてしまって、上手く場を切り抜ける方法が考えられなかったんだ。
「あー、あーあーあーなんです?」
相も変わらずゆったりとしたペースで話すタタンに、サドは何度も「あ」を連呼して、ガラが悪い声を紳士っぽい感じに調整していた。
電話に出るとき、普通に話すよりも僕の声がワントーン高くなっちゃうみたいな感じのやつ。それの逆バージョンだ。
「もとはといえば、中佐の合図がちょっと変なんです」
「なにっ? 君は私のせいだと言いたいんですか?」
そのときタタンが、「なんかムズムズすると思ったー」と言いながら、頭の頂点に刺さったガラスをスポッと抜いたんだ。
これには俺もギョッとしちゃったね。頭からぴゅーって血が出てんのに、気付きもしないんだもの。
サドもこれにはさすがに肝を抜かしたらしく、「全くこれだから」とか何とか言って、ポケットから包帯を取り出した。
器用とは程遠い応急手当てを施し終わるころには、タタンはすっかりエジプトのミイラと化した。
「だって本当におかしいです。3、2、ゴーが正式なんですよ?」
包帯の隙間から、タタンはもごもご声を出した。
「普通は、321なんです。心の中でゴーは言ってください」
「声に出しちゃだめですか?」
「ダメです!」
サドは、包帯ぐるぐる巻きの包帯の先っちょを、さらにきつく引っ張った。
「イタイですイタイッ、暴力反対!」
「ちょっと静かに」
「イテッ、ま、まただ。そういうのをね、こっちではパワハラっていうんだ! も~う隊長にいいつけてやるっ」
「勝手にしなさい!」
「ひどい、サドのいじわるっ」
「だ、か、ら、名前で呼ばないでください」
「じゃあ、中…」
「階級もやめてください。アイツの下の階級だということを、しみじみ痛感する。そもそも中佐などという役職、このオレには合わん。あのくそ野郎め、今にこのオレが引きずりおろしてくれるわ。ワァッハッハー」
「さっちゃん素が隠しきれてないよ恐いよ~。でもまあいいじゃないですか、役職名あるだけで」
「さっちゃん言うなっ。そして頭を撫でるなセットが乱れる」
「イテててっ。も~う本当に大佐に言いつけてやる、叱られてしまえっ」
「できるもんならやってみなさい!」
「あ~んもう転職だっ、すぐに退職してやるんだからぁ」
勝手に始まった言い争いは、終わりを見せない。ぽつんと切り離されていた世界で、俺はあっけにとられて彼らを見ていた。
「尾長くん」
ちょんちょんと夢碧さんに腕を引かれてようやく我に返れたんだ。
見ると、夢碧さんはいつにもまして真っ白な顔をしていた。
「逃げよう、夢碧さん」
「う、うん」
なんであれ、こいつらが普通でないのは確かだ。夢碧さんを探してたみたいだけど、そんなのはどうでもいい。とにかく今は逃げるんだ。
俺は、夢碧さんの手を掴むと、一気に教室から飛び出した。
