急にどうしたんだ?
先生は苦しそうに顔を覆って、呻くように声を上げた。
途端に蛇たち一匹一匹が大蛇のように大きくなって、一斉に色んな方向に暴れ出した。
「あ、あああああーーーーっ」
タタンさん、もとい王子が僕たちの前に落ちてきた。
「王子っ」
「お怪我はありませんか?」
「あれー、あんまりお気に召さなかったのかな?」
本人は至ってケロッとして、一人の世界に入りながらあれこれ呟いている。
「蛇が完全にコントロールを失ってるぞ」
サドが、辺りを見回しながら言った。
「まずい、一匹来る!」
王子が手に持っているものを見て、僕ははっとした。
「王子、もしかしてチョコレートボンボンをあげたんですか?」
「うん? そうだよ。この美味しさを布教しなければならないと思ってね」
「まだ残ってますか?」
「あるよここに」
と言って、王子はウェストバッグを開けた。しめた、まだ沢山あるぞ。
「僕、多分蛇の弱点がわかりました」
「え、何?」
「これ貰いますっ」
そう言って僕は素早くチョコの包みを取ると、向かってくる蛇に走っていった。
「坊主、危ないぞっ」
フランクさんの忠告を無視して、僕は蛇の顔に向かって走っていった。
そして、思い切りチョコを投げつけた。
蛇は、チェリーボンボンを物ともしないで丸呑みする。
蛇はチョコを食べると、そのまま大口を開けて向かってくる。動きがやけにゆっくり見えた。
「坊主っ」
蛇は、僕を飲み込もうとする直前でくねるように方向を変えると、パタンと倒れてそれきり動かなくなった。
やっぱり僕の考えは間違ってなかった。
「蛇たちの弱点は、チョコに入ってるお酒です。王子のあげたチョコで酔ってるんですよ」
「そうか、それであんなに暴走してるのか」
サドは納得したように頷いた。
「よし、俺たちは蛇退治。坊主は今のうちにお嬢様を頼む」
「任せてください」
僕は、蛇と戦うフランクさんたちから離れて、夢碧さんが入っている箱まで一直線に走った。
途中何度も蛇が襲ってきて体を掠ったり、ある時は上から落ちてきたりしたけれど、僕は箱から一度だって目を離さなかった。
箱につく頃には、すっかり意気が上がっていた。
前にフランクさんがやったみたいに、スイッチを押す。
今回は電流は走らなかった。
蓋がスライドすると同時に、僕は夢碧さんを抱え起こした。
体がとっても冷たい。まるで冷蔵庫に手を突っ込んだときみたいだ。
心配になって数秒固まったけど、スース―と胸が規則正しく上下しているのを見て少しほっとした。
「夢碧さんしっかり」
聞こえているかはわからないけど、励ますように言った。
夢碧さん、僕来たよ。
君はもしかしたら助けてほしくはないかもしれないけど、やっぱりほっとけないんだ。
背は僕と変わんないけど、可愛くてちょっとお茶目な女の子。
君は宇宙人かもしれないけど、僕にとってはか弱い女の子なんだ。
「今出してあげるからね」
僕は夢碧さんを抱えた。
ちょっとだけよろけてその場にしゃがんで、夢碧さんを抱きしめる。
少しでも僕の熱で温かくなってくれるように。
夢碧さんは、今までどんな思いで過ごしていたんだろう。
たった一人で、こんな世界と戦っていたんだろうか。
こんなに顔色が悪くなるまで、ずっと。
どんな思いだったかあくまで予想する事しかできないけど、きっと夢碧さんは今も戦い続けているんだ。だから、僕は思ったんだ。
僕も一緒に戦うんだって。そして僕が、君を守るよ。
「よし上出来だ坊主、そのままこっちに来い」
フランクさんが、蛇を倒しながら僕に言った。
「その前に一つ約束してほしいことがありますっ」
僕は渾身の力を込めて叫んだ。
「こんなときに何だっ」
「夢碧さんを結婚させないでください」
「はい? あのな坊主、何度も言ってるがお嬢様は王子と結婚させると決まっているんだ」
「ならフランクさんのところには連れていきませんっ」
「何言ってんだお前、今はわがまま言ってる場合じゃないんだぞお前!」
と、サドが言う。
「わかってます、だからこそです」
緊迫した状況っていうことは、当然理解しているよ。それでも僕は、フランクさんにも、サドの怒号にも負けるわけにはいけなかった。
「夢碧さんは、嫌がってました」
「嫌でも嫌でなくとも関係ない。これは決定事項なんだよ坊主。お嬢様は王子と結婚する。これが全てだ。確かにうちの王子はポンコツかもしれんが、決して悪い部分しかないわけじゃない。お嬢様は頭がいい。言い聞かせればわかってくれると信じている。なに、時間はたっぷりある。そのうち愛することもできるさ。王子は金もあるし、一星を従えれば民にも尊敬されるようになる。夢碧さんは王子を支え、民に感謝され、結果として宇宙をも救ってくれる存在になるんだ」
「なんで、なんで夢碧さんのことを考えてくれないんですか?」
「だから考えてるじゃないかっ。俺たちはお嬢様の幸せを願って……」
「嘘だっ、夢碧さんのためなんかじゃない、フランクさんたちの幸せじゃないかっ。フランクさんは、フランクさんたちはっ、自分の立場を失うのが怖くてっ、それを守ろうとしてるだけだっ」
「なんだと貴様っ」
「だってそうじゃん。彼女は幸せじゃないと思っているからこんなにも拒否してるんじゃないかっ」
チリチリと、痛いくらいに空気が震える。空間が熱湯のように熱くなったのを肌で感じた。
「いずれにしてもお嬢様はもう地球にいることは許されない、それが我々のルールだっ」
「ルールだ規則だってさ、夢碧さんのことをまるで考えてないよっ。決まりがあったら守らなければいけないかもしれないと僕も思うさ。けどさ、もっと夢碧さん自身のことを見てよ。夢碧さん、最初は僕と一緒にいたいって言ってくれたんだ。それが嘘だったならさ、本当の目的が何なのかを聞いてあげてよっ。だって自分の命を懸けるくらいだよ?よっぽどの理由がなきゃこんなことできないよ。夢碧さんに、本当にここにいたい理由、ちゃんと聞いてあげてよ」
僕は怒りで感情がぐじゃぐちゃになって、とにかくぶつけることしかできなかった。
最後の方は、もうわけがわからなくて、思いついたままのやけくそだった。
「お前の言いたいことはわかったから」
「イヤだ。フランクさんたちが頷いてくれるまで夢碧さんは渡さないよ」
「坊主……」
呆れるように、フランクさんがため息をついた。
「それなら私たちの星に渡してくれない?」
「宇佐美、先生」
「な、お前っ」
宇佐美先生はふらりとしながら、こちらに歩いてくる。
「イヤです」
「どうして? 私たちの星に来るなら、彼女の好きな子を選ばせてあげるわ」
微かに微笑している宇佐美先生が、憎らしかった。
本当に何もわからないの?
「僕は、夢碧さんを、彼女を巻き込まないでって言ってるんです。僕、大人の事情なんて知ったこっちゃありませんっ。夢碧さんは普通の子なんです。そりゃ宇宙人だったり、他の女の子より別格にかわいかったりさ、違うところはあるけどもだよ。夢碧さんは感情を持った一人の女の子なんだっ。彼女は自由なんですっ。どんなことだってできる、これから何をするか、どう生きるのか、決めるのは、全部が全部彼女に権利があるはずですっ。ほんとのこと言えば僕だって、夢碧さんに地球にいて欲しいよ。でも死んじゃうんでしょ?だから宇宙に帰ってもらうんだ。僕は彼女が、夢碧さんのことが大好きだからっ。でもさっ、ほんとに僕大好きなんだ。ねぇ、僕まだ夢碧さんと一緒にいたいよ。みんなでなんとかしてよ、僕より、長く生きてるんだからさっ……」
僕は泣きじゃくっていた。
目をごしごし擦って、きっと真っ赤になってるに違いない。
声も震えまくってて、きちんと僕の言ってることが伝わっているのさえ怪しかったけど、そんなのはもうどうでも良くなっていた。
何にも伝わりっこないんだ。
だから、これは自分だけの感情を整理する作業なんだ。必死に訴えてるのに何にも届かなくて、悔しくて、悲しくて、ムカついて、ただそれだけだった。
「尾長君、ありがとう」
先生は苦しそうに顔を覆って、呻くように声を上げた。
途端に蛇たち一匹一匹が大蛇のように大きくなって、一斉に色んな方向に暴れ出した。
「あ、あああああーーーーっ」
タタンさん、もとい王子が僕たちの前に落ちてきた。
「王子っ」
「お怪我はありませんか?」
「あれー、あんまりお気に召さなかったのかな?」
本人は至ってケロッとして、一人の世界に入りながらあれこれ呟いている。
「蛇が完全にコントロールを失ってるぞ」
サドが、辺りを見回しながら言った。
「まずい、一匹来る!」
王子が手に持っているものを見て、僕ははっとした。
「王子、もしかしてチョコレートボンボンをあげたんですか?」
「うん? そうだよ。この美味しさを布教しなければならないと思ってね」
「まだ残ってますか?」
「あるよここに」
と言って、王子はウェストバッグを開けた。しめた、まだ沢山あるぞ。
「僕、多分蛇の弱点がわかりました」
「え、何?」
「これ貰いますっ」
そう言って僕は素早くチョコの包みを取ると、向かってくる蛇に走っていった。
「坊主、危ないぞっ」
フランクさんの忠告を無視して、僕は蛇の顔に向かって走っていった。
そして、思い切りチョコを投げつけた。
蛇は、チェリーボンボンを物ともしないで丸呑みする。
蛇はチョコを食べると、そのまま大口を開けて向かってくる。動きがやけにゆっくり見えた。
「坊主っ」
蛇は、僕を飲み込もうとする直前でくねるように方向を変えると、パタンと倒れてそれきり動かなくなった。
やっぱり僕の考えは間違ってなかった。
「蛇たちの弱点は、チョコに入ってるお酒です。王子のあげたチョコで酔ってるんですよ」
「そうか、それであんなに暴走してるのか」
サドは納得したように頷いた。
「よし、俺たちは蛇退治。坊主は今のうちにお嬢様を頼む」
「任せてください」
僕は、蛇と戦うフランクさんたちから離れて、夢碧さんが入っている箱まで一直線に走った。
途中何度も蛇が襲ってきて体を掠ったり、ある時は上から落ちてきたりしたけれど、僕は箱から一度だって目を離さなかった。
箱につく頃には、すっかり意気が上がっていた。
前にフランクさんがやったみたいに、スイッチを押す。
今回は電流は走らなかった。
蓋がスライドすると同時に、僕は夢碧さんを抱え起こした。
体がとっても冷たい。まるで冷蔵庫に手を突っ込んだときみたいだ。
心配になって数秒固まったけど、スース―と胸が規則正しく上下しているのを見て少しほっとした。
「夢碧さんしっかり」
聞こえているかはわからないけど、励ますように言った。
夢碧さん、僕来たよ。
君はもしかしたら助けてほしくはないかもしれないけど、やっぱりほっとけないんだ。
背は僕と変わんないけど、可愛くてちょっとお茶目な女の子。
君は宇宙人かもしれないけど、僕にとってはか弱い女の子なんだ。
「今出してあげるからね」
僕は夢碧さんを抱えた。
ちょっとだけよろけてその場にしゃがんで、夢碧さんを抱きしめる。
少しでも僕の熱で温かくなってくれるように。
夢碧さんは、今までどんな思いで過ごしていたんだろう。
たった一人で、こんな世界と戦っていたんだろうか。
こんなに顔色が悪くなるまで、ずっと。
どんな思いだったかあくまで予想する事しかできないけど、きっと夢碧さんは今も戦い続けているんだ。だから、僕は思ったんだ。
僕も一緒に戦うんだって。そして僕が、君を守るよ。
「よし上出来だ坊主、そのままこっちに来い」
フランクさんが、蛇を倒しながら僕に言った。
「その前に一つ約束してほしいことがありますっ」
僕は渾身の力を込めて叫んだ。
「こんなときに何だっ」
「夢碧さんを結婚させないでください」
「はい? あのな坊主、何度も言ってるがお嬢様は王子と結婚させると決まっているんだ」
「ならフランクさんのところには連れていきませんっ」
「何言ってんだお前、今はわがまま言ってる場合じゃないんだぞお前!」
と、サドが言う。
「わかってます、だからこそです」
緊迫した状況っていうことは、当然理解しているよ。それでも僕は、フランクさんにも、サドの怒号にも負けるわけにはいけなかった。
「夢碧さんは、嫌がってました」
「嫌でも嫌でなくとも関係ない。これは決定事項なんだよ坊主。お嬢様は王子と結婚する。これが全てだ。確かにうちの王子はポンコツかもしれんが、決して悪い部分しかないわけじゃない。お嬢様は頭がいい。言い聞かせればわかってくれると信じている。なに、時間はたっぷりある。そのうち愛することもできるさ。王子は金もあるし、一星を従えれば民にも尊敬されるようになる。夢碧さんは王子を支え、民に感謝され、結果として宇宙をも救ってくれる存在になるんだ」
「なんで、なんで夢碧さんのことを考えてくれないんですか?」
「だから考えてるじゃないかっ。俺たちはお嬢様の幸せを願って……」
「嘘だっ、夢碧さんのためなんかじゃない、フランクさんたちの幸せじゃないかっ。フランクさんは、フランクさんたちはっ、自分の立場を失うのが怖くてっ、それを守ろうとしてるだけだっ」
「なんだと貴様っ」
「だってそうじゃん。彼女は幸せじゃないと思っているからこんなにも拒否してるんじゃないかっ」
チリチリと、痛いくらいに空気が震える。空間が熱湯のように熱くなったのを肌で感じた。
「いずれにしてもお嬢様はもう地球にいることは許されない、それが我々のルールだっ」
「ルールだ規則だってさ、夢碧さんのことをまるで考えてないよっ。決まりがあったら守らなければいけないかもしれないと僕も思うさ。けどさ、もっと夢碧さん自身のことを見てよ。夢碧さん、最初は僕と一緒にいたいって言ってくれたんだ。それが嘘だったならさ、本当の目的が何なのかを聞いてあげてよっ。だって自分の命を懸けるくらいだよ?よっぽどの理由がなきゃこんなことできないよ。夢碧さんに、本当にここにいたい理由、ちゃんと聞いてあげてよ」
僕は怒りで感情がぐじゃぐちゃになって、とにかくぶつけることしかできなかった。
最後の方は、もうわけがわからなくて、思いついたままのやけくそだった。
「お前の言いたいことはわかったから」
「イヤだ。フランクさんたちが頷いてくれるまで夢碧さんは渡さないよ」
「坊主……」
呆れるように、フランクさんがため息をついた。
「それなら私たちの星に渡してくれない?」
「宇佐美、先生」
「な、お前っ」
宇佐美先生はふらりとしながら、こちらに歩いてくる。
「イヤです」
「どうして? 私たちの星に来るなら、彼女の好きな子を選ばせてあげるわ」
微かに微笑している宇佐美先生が、憎らしかった。
本当に何もわからないの?
「僕は、夢碧さんを、彼女を巻き込まないでって言ってるんです。僕、大人の事情なんて知ったこっちゃありませんっ。夢碧さんは普通の子なんです。そりゃ宇宙人だったり、他の女の子より別格にかわいかったりさ、違うところはあるけどもだよ。夢碧さんは感情を持った一人の女の子なんだっ。彼女は自由なんですっ。どんなことだってできる、これから何をするか、どう生きるのか、決めるのは、全部が全部彼女に権利があるはずですっ。ほんとのこと言えば僕だって、夢碧さんに地球にいて欲しいよ。でも死んじゃうんでしょ?だから宇宙に帰ってもらうんだ。僕は彼女が、夢碧さんのことが大好きだからっ。でもさっ、ほんとに僕大好きなんだ。ねぇ、僕まだ夢碧さんと一緒にいたいよ。みんなでなんとかしてよ、僕より、長く生きてるんだからさっ……」
僕は泣きじゃくっていた。
目をごしごし擦って、きっと真っ赤になってるに違いない。
声も震えまくってて、きちんと僕の言ってることが伝わっているのさえ怪しかったけど、そんなのはもうどうでも良くなっていた。
何にも伝わりっこないんだ。
だから、これは自分だけの感情を整理する作業なんだ。必死に訴えてるのに何にも届かなくて、悔しくて、悲しくて、ムカついて、ただそれだけだった。
「尾長君、ありがとう」
