はじまりは蝶

「うっ」

 どっかに落ちたみたいだ。
 すっかり僕の動きは止まった。

「おい坊主、大丈夫か?」

 目を開けると、直ぐ近くでフランクさんが隣で体を起こしていた。

「はい、何とか」

 少し酔ったけど。
 「ここはワープの中ですか?」と言うと、「そうだ」とフランクさんは頷いた。

「あれ、みんなは?」

 何だか柔らかいなーとお尻を地面に押し付けると、くぐもった声が下から聞こえた。

「お前、早く降りろ……」
「えっ、ああっ」

 僕は素早く立ち上がった。落ちた時痛くなかったのは、サドを下敷きにしていたからだったんだ。
 サドの体がくっきり地面にめり込んで、地面に型ができてるよ。
 ど、どうしよう。

「大丈夫だ坊主、そいつ頑丈だから」
「なーにが頑丈だっ」
「いい加減起きたらどうだサド。坊主、地面を触ってろ」

 フランクさんの言う通り、地面を手で押してみると、押した部分が低反発のように時間差で戻ってくる。

「あれ、柔らかい」
「感心してんじゃねぇ、謝れっ!」
「あ、ごめんなさい」
「ふんっ」
「ここは、ワープの中ですか?」

 僕はフランクさんに言った。

「そうだ」

 あながち僕のしていた宇宙っていうイメージは間違ってなかったみたいだ。
 写真や映像で見る宇宙とはまた違うんだけど、どこまでも空間が広がっているように見える。
 星のような点が時折瞬いたり、波模様のような光線がねじれながら動いている。
 じっと見てても飽きなさそうだなと思ったら、すでに立ち上がっているタタンが興味深そうに眺めていた。

「俺と坊主は奥に向かう。サド、お前とタタンはここで待機だ」

 そう言うと、フランクさんは立ち上がったので、僕もそうした。

「ああわかったよ」

 ぶつくさ言いながら、サドも起き上がってタタンの方に向かった。

「いくぞ坊主」
「はい」
僕とフランクさんは、同じ景色をずっと進んでいった。同じ、といっても光ったり模様が動いたりするから少しずつは変化しているのだけどね。

「あれは?」

 と僕はフランクさんに言った。白い階段が目の前に見えたからだ。

「分からない……が」
「怪しい?」
「ああ。罠かもしれないが、何か得られるものがあるかもしれん。行ってみよう」

 白い階段を上っていくと、何の装飾もされてない、白くて細長いケースが登りきったところに置いてあるのが見えてきた。
 上まで駆け上がって、僕たちは表面のガラスの中を覗き込んだ。僕ははっと息をのんだ。
 中に夢碧さんが横たわっていたのだ。

「そんなはずはっ、お嬢様っ」

 咄嗟にフランクさんが、端にある赤いスイッチを押して箱を開けようとした。

「あぁっ」

 バチっと電気が走ると、フランクさんの体に透明のリングのようなものが飛んできて巻き付いた。
 その勢いで、状態を崩したフランクさんが階段から転げ落ちていく。

「フランクさんっ」

 僕は駆け寄ろうとすると、夢碧さんの入った箱が滑るように奥に動き出した。

「夢碧さんっ」
「うう、くそっ」
「フランクさん大丈夫ですかっ」
「俺は平気だ、先に行っててくれ。直ぐに追いつく」

 良かった、怪我はないみたいだ。

「わかりました」

 僕は、箱を追いかけていった。夢碧さんを載せたまま、箱は音も立てずに移動していく。
 僕は白い地面をひたすらに走った。
 いつの間にか、風景は白一色の景色に変わっていた。
 しばらく進むと、見たことも無いほど大きな白い木があった。
 樹齢何百? 何千? というくらい、幹が太い。
 箱は木の前までくると、何の前触れもなく床に着地した。夢碧さんとの距離は三メートルくらいと言ったところか。怖いくらいに静かだった。嵐の前の静けさってやつだと僕は思った。

「そこにいるのは誰だっ、夢碧さんを返せ」

 と僕は叫んだ。だだっ広いこの空間に、自分しかいないとは思えなかったんだ。
 誰かの前まで呼び寄せられたような、そんな予感。 ただの勘だけど、木の裏側から誰かが見張ってるような気がした。

ブゥウウウウーーーーッ

 と、辺りに不気味な声が響いた気がして僕は身を固くした。

「だ、誰だ!」

 やっぱり声がするけど、姿が見えない。

「言われた通りに来たぞ、出てこい!」

 いつくるか、いつくるかと僕は構える。

「はぁーやっと見つけた、こんなところにいたのね、尾長さん」

 左肩を叩かれて振り返った。