「ぼくの城がぁあああああああ」
頭上から、僕のさっきの声と負けないくらいの絶叫が聞こえてきて、僕は体を起こした。
すぐ隣に、黄色い帽子を首に引っ掛けた男の子とがいて目が合った。
男の子のすぐ後ろに黒いランドセルが置かれているところから見て、小学生のようだ。
多分一年生だと思う。懐かしいなぁ。
一年生くらいだとさ、どっちが背負われてるのか時々わかんなくなるんだよね。
僕も小学生の時、靴を履いて立ち上がろうとしたら、あまりの重さに尻餅をつくことが何度もあったもの。
起き上がりこぶしだよねあれは。
僕の目の前には、倒壊した砂の城があって、見事に僕の体の跡が残されている。
まるで巨人に潰されたみたいだ。
「お兄ちゃんがぼくのお城、壊しちゃいましたぁー」
「ご、ごめんね」
まん丸の目が僕を見つめていて、謝らずにはいられなかった。
「ぼくね、砂の城名人を目指して、毎日こうして修行しているんです」
幼いうちから修行をしているとは、なんとも素晴らしい人材だと僕は思った。
かくいう僕も、階段二段飛ばしの修行をしているから、そのうち二段飛ばし名人と名乗ってもいいかもしれないのだった。
「それで今日はですよ、今までで一番のお城だったんです」
男の子の顔が、悲痛に歪められる。
「ペーナ宮殿に負けないくらい凄いやつだったのに……」
「うう、ほんとごめん」
物凄ーく申し訳ないと思った。
そのペーナ宮殿っていうのはよくわからんけど、とりあえず凄いっていうことはわかった。
僕は、教室を歩いてたらなんかの紙が風に飛ばされでもして飛んできて、ちょうど足を置いて踏んじゃったくらい悪いことをしたなと思った。
男の子がもう泣きそうに見えて、僕は咄嗟に言った。
「僕が直すから」
「えっ、本当に?」
男の子のぱっちりした目が、さらに大きくなって僕の顔を覗き込んだ。
「本当に」
僕は、砂まみれの顔で神妙に頷いた。
僕はペリーだかペルーだかに負けないくらいのやつを作ろうと思ったんだ。
これは一大手術だ。
僕は、医者になったつもりで城を治そうと思った。
僕はかなり器用だからな、いけると思ったね。
そうと決まれば、足元に砂を集め始めた。
「坊主ぅうううううっ」
と、ここで追いついたフランクさんに一喝。
「ほらフランクさんも手伝って!」
「え? はい……」
「これからオペを開始する」
僕はそう言うと、両手を胸の前まで持ってきて、指を揃えた手の甲を外側に向けた。
別に本物を知ってるわけじゃないけど、気分は手術するお医者さんなのさ。
手術中に「メス」とかかっこよく言ってるような気持ちなんだ。
「ここはもう少し砂を」
「はいよ、もう少し……っと」
奇妙な共同作業が始まった。
僕の指示により、フランクさんは三つの盛り上がりの真ん中に砂を盛った。
僕の計画としてはだね、三角の屋根が付いた塔付きの城を作る予定なんだ。
規模からして、かなり広範囲になると思う。
高さもね、もっと高くするんだ。
僕の身長は(四捨五入して)一五三センチだけど、その半分くらいはいきたいな。
隣では、男の子が僕たちの方を興味深く見ている。
表情からしてひどく感激してると思うよ、ほんとに。
僕はプロだから、多くは語らなかった。
職人って言うのはさ、口数が少ないんだよ。
だから、弟子は背中で学ぶんだよな。僕は、この男の子を「弟子第一号君」と呼ぶことにした。
そうと決まれば、あとは黙々と作業するのみだった。
「う~ん」
と、僕は唸った。
当初の目的としてはだね、連日話題になるやつができるはずだったんだ。
しかしね、どう見てもただの砂山にしか見えないんだな。
しかも、全然砂が高くならないである程度の高さになると崩れてしまう。
弟子一号君が心配そうな顔で見てくるもんで、僕は「大丈夫、真ん中のとこがもう少し高ければ」と安心させるように大きく頷いた。
そうして、フランクさんが作った真ん中の塔を触った。
あ、崩れた。
「俺の城がぁあああああああああっ」
フランクさんが頭を抱える。
その時、雷が落ちたように僕は素敵なことを思いついた。
「弟子一号君、何かバケツみたいなのはあるかな」
「え、ぼくですか?」
「うむ」
「ビニール袋ならありますけど……」
ちょうどいいや!
「では、至急海水をよろしく頼むよ」
「はいわかりました」
弟子一号君は海に駆けていった。
「フランクさん、ここを掘って固めましょう」
僕は、体育座で顔を伏せているフランクさんに声を掛けた。
「ねぇフランクさんってば!」
「はぁ……」
フランクさんは、負の大魔神に戻ってしまったかのように、体育座りをして人差し指で土をいじいじしている。
「壊しちゃったのは謝りますっ。でも僕、すごくいいアイデアを思いついたんです!」
真ん中の土を手でかき分けながら、僕はフランクさんを見た。
「はあ、そうかい」
やっとこさで、フランクさんは返事だけはしてくれた。
「あの、海水持ってきました」
「ちょっと待って……よし、入れていいよ」
僕は、弟子一号君に崩れた部分に海水を入れるようになった。
楕円状に水が溜まっていく。
フランクさんが、それを見て声にならない呻き声を上げた。
「これ、何ですか?」
「湖だよ」
「湖…ですか?」
「城との塔と塔の間にある湖。住民はさ、ここをボートで渡って移動するんだよ。魚とか住んでてさ、景色も綺麗なんだ」
「いいですね」
「でしょ? でも濁っちゃったよね。あともう少し大きくしたいな」
僕は、もう少し整えようと思って砂の幅を広げて固めた。
ますます濁ってしまって、僕はどうしようかと息を吐き出した。ちょっと残念だ。
「しばらくほっときゃ、汚れも落ち着くさ」
「フランクさん」
いつの間にかフランクさんが隣にしゃがんでいた。
「それより坊主、こんなのはどうだ?」
湖の縁のところに、先がギザギザした白い貝殻を置いた。
少し砂が被ってしまったけど、むしろそれがかっこいいんだ。
「いいですね、宝物が埋まってるみたいだ!」
「だろ?」
ふふんと得意げに笑って、フランクさんが言う。
「そこのちっこいのも、一緒に貝殻を探そう」
「ぼくも良いんですか?」
「お前さんも見てるだけじゃ退屈だろう?こういうのはみんなでやったほうが楽しいのさ」
「やったー」
僕たちは、方々に散って貝殻を探し始めた。
スタンダードな真っ白の貝殻や、貝の内側に色が付いているのとか、ぐるぐるした形の貝、それから少し曇りがかったパステルカラーのシーグラスも拾ってきた。
みんなで集めたのを自由に湖に入れたり、湖の周りもデコレーションしたそれから男の子のアイデアで、塔の側面や上にも貝殻を飾った。
僕も落ちてた緑と赤っぽい海藻を使って、森を表現することを提案して三度とに採用された。
最後に、拾ってきた流木で塔と塔の間を繋いだ。こうすることで、塔の間を歩いて行き来できるんだ。
「できた!」
とうとう僕たちの作った城が完成した。
「楽しかったー」
弟子一号君の言ったことに、僕も大いに同意した。これにて、措定関係も終了だ。
名前は知らないけど、僕たちの間には確かに友情があった。
ただ、男の子の目指したものとは程遠そうなのが少し気掛かりだった。
「その、君の作ってた城とは違うかもしれないけど……」
男の子は、うーんと言ってしげしげと城を眺めた。
「確かにぼくの作ったやつとは随分、テイストが異なるなとは思います。けど……」
男の子は、微笑んだ。
「形は変わりましたが、これはこれでいいところが沢山あります。ぼく、このお城が好きになりそうです」
僕はハッとした。夢碧さんのことと重なったからだ。
彼女は宇宙人なのかもしれないけど、人間じゃないかもしれないけど、夢碧さんは夢碧さんなんだって。
僕は、夢碧さんのほんとのことは良く知らない。
けど、今までの夢碧さんならよく知ってる。
いいところだって、誰よりもいっぱい言える。
夢碧さんは僕に助けを求めてないかもしれない。
けどもし、夢碧さんが今困ってるなら僕が助けたい、そう思った。
やっぱり僕は夢碧さんが好きなんだ。
「良かった……」
心から呟きが、唇から漏れた。
「あの、お礼と言ってはなんですが、こちらをお譲りします」
男の子はランドセルを漁ると、中からツボを取り出した。
「どうぞ」
受け取って、フランクさんと一緒に眺めた。
それがまさに、ザ・壺というべき壺なんだな。
回して見てみると、全体が茶色をしていて、上の方は白みがかった色をしているんだ。
ソースが垂れたみたいな模様してるやつ。
僕は蓋を開けてみた。
中を覗き込むと、暗くてよく見えないけど液体が入ってるみたいだった。
「こ、これはっ」とフランクさんが言った途端、温泉のような腐った卵チックな臭いが鼻を突いて、思わず壺を離しそうになった。
「く、くっさ。ねえ、これ何? あれれ……?」
そこには誰もいなかった。男の子も、ランドセルもビニール袋も無かった。
僕たちが作った城だけが、残っていた。
「フランクさん、これは?」
フランクさんは指を壺に突っ込むと、人差し指に緑っぽい液体をつけて、人差し指と中指でネチョネチョさせた。
何か紫っぽい塊とか変な繊維がついてる。うげぇー。
「宇宙人の体液だ」
「何て?」
「宇宙人の体から出る体液だ」
「ふぇええっ」
今度は手から壺が滑って、フランクさんがキャッチした。
「たいちょーーーーっ」
サドとタタンが、こちらにかけてくる。
「どうした」
「いいからこれを見ろ!」
サドが、小さく折りたたまれた白い紙をフランクさんに突き付けた。
フランクさんは地面に壺を置いてから目を通すと、あっと声を上げた。
「それなんですか?」
「読んでみてくれ」
フランクさんに紙を渡される。なになに?
お前たちのお嬢さまは預かった。返してほしければ我々の拠点まで来い。
ポウ星のサミウ
「ポウ星人か……」
「ポウ星人って?」
噛みしめるように言うフランクさんに説明する。
「ポウ星人っていうのは我々と近い位置の星の種族なんだが、仲が悪くてな。いつ戦争になるか分からないくらいの情勢なんだ」
「そのポウ星人の人が夢碧さんを捕まえたってことは……」
「ああ、ただでは済まないな」
「夢碧さん、大丈夫かな」
「とりあえず人質に酷いことはせんだろう。ただ……」
「ただ?」
「ポウ星人は気性がとても荒いんだ。すぐカッとなる」
そんな人に夢碧さんが捕まってると思うとぞっとした。
「どうしよう」
「おいどうするんだよ、フランクッ」
サドは苛立たし気に言った。
「うーむ」
「あの……」
遠慮がちに呼びかけられ、僕らは壺の前でしゃがんでいるタタンの方を見た。
「これはどうですか」
タタンは下の壺を指さした。何? と言ってサドは壺を覗き込むなり、「くっさっ」
と仰け反って尻餅を着いた。
「そうか!」
フランクさんは、「でかした」と言って顔を綻ばせた。
「坊主、お嬢様を救えるぞ」
頭上から、僕のさっきの声と負けないくらいの絶叫が聞こえてきて、僕は体を起こした。
すぐ隣に、黄色い帽子を首に引っ掛けた男の子とがいて目が合った。
男の子のすぐ後ろに黒いランドセルが置かれているところから見て、小学生のようだ。
多分一年生だと思う。懐かしいなぁ。
一年生くらいだとさ、どっちが背負われてるのか時々わかんなくなるんだよね。
僕も小学生の時、靴を履いて立ち上がろうとしたら、あまりの重さに尻餅をつくことが何度もあったもの。
起き上がりこぶしだよねあれは。
僕の目の前には、倒壊した砂の城があって、見事に僕の体の跡が残されている。
まるで巨人に潰されたみたいだ。
「お兄ちゃんがぼくのお城、壊しちゃいましたぁー」
「ご、ごめんね」
まん丸の目が僕を見つめていて、謝らずにはいられなかった。
「ぼくね、砂の城名人を目指して、毎日こうして修行しているんです」
幼いうちから修行をしているとは、なんとも素晴らしい人材だと僕は思った。
かくいう僕も、階段二段飛ばしの修行をしているから、そのうち二段飛ばし名人と名乗ってもいいかもしれないのだった。
「それで今日はですよ、今までで一番のお城だったんです」
男の子の顔が、悲痛に歪められる。
「ペーナ宮殿に負けないくらい凄いやつだったのに……」
「うう、ほんとごめん」
物凄ーく申し訳ないと思った。
そのペーナ宮殿っていうのはよくわからんけど、とりあえず凄いっていうことはわかった。
僕は、教室を歩いてたらなんかの紙が風に飛ばされでもして飛んできて、ちょうど足を置いて踏んじゃったくらい悪いことをしたなと思った。
男の子がもう泣きそうに見えて、僕は咄嗟に言った。
「僕が直すから」
「えっ、本当に?」
男の子のぱっちりした目が、さらに大きくなって僕の顔を覗き込んだ。
「本当に」
僕は、砂まみれの顔で神妙に頷いた。
僕はペリーだかペルーだかに負けないくらいのやつを作ろうと思ったんだ。
これは一大手術だ。
僕は、医者になったつもりで城を治そうと思った。
僕はかなり器用だからな、いけると思ったね。
そうと決まれば、足元に砂を集め始めた。
「坊主ぅうううううっ」
と、ここで追いついたフランクさんに一喝。
「ほらフランクさんも手伝って!」
「え? はい……」
「これからオペを開始する」
僕はそう言うと、両手を胸の前まで持ってきて、指を揃えた手の甲を外側に向けた。
別に本物を知ってるわけじゃないけど、気分は手術するお医者さんなのさ。
手術中に「メス」とかかっこよく言ってるような気持ちなんだ。
「ここはもう少し砂を」
「はいよ、もう少し……っと」
奇妙な共同作業が始まった。
僕の指示により、フランクさんは三つの盛り上がりの真ん中に砂を盛った。
僕の計画としてはだね、三角の屋根が付いた塔付きの城を作る予定なんだ。
規模からして、かなり広範囲になると思う。
高さもね、もっと高くするんだ。
僕の身長は(四捨五入して)一五三センチだけど、その半分くらいはいきたいな。
隣では、男の子が僕たちの方を興味深く見ている。
表情からしてひどく感激してると思うよ、ほんとに。
僕はプロだから、多くは語らなかった。
職人って言うのはさ、口数が少ないんだよ。
だから、弟子は背中で学ぶんだよな。僕は、この男の子を「弟子第一号君」と呼ぶことにした。
そうと決まれば、あとは黙々と作業するのみだった。
「う~ん」
と、僕は唸った。
当初の目的としてはだね、連日話題になるやつができるはずだったんだ。
しかしね、どう見てもただの砂山にしか見えないんだな。
しかも、全然砂が高くならないである程度の高さになると崩れてしまう。
弟子一号君が心配そうな顔で見てくるもんで、僕は「大丈夫、真ん中のとこがもう少し高ければ」と安心させるように大きく頷いた。
そうして、フランクさんが作った真ん中の塔を触った。
あ、崩れた。
「俺の城がぁあああああああああっ」
フランクさんが頭を抱える。
その時、雷が落ちたように僕は素敵なことを思いついた。
「弟子一号君、何かバケツみたいなのはあるかな」
「え、ぼくですか?」
「うむ」
「ビニール袋ならありますけど……」
ちょうどいいや!
「では、至急海水をよろしく頼むよ」
「はいわかりました」
弟子一号君は海に駆けていった。
「フランクさん、ここを掘って固めましょう」
僕は、体育座で顔を伏せているフランクさんに声を掛けた。
「ねぇフランクさんってば!」
「はぁ……」
フランクさんは、負の大魔神に戻ってしまったかのように、体育座りをして人差し指で土をいじいじしている。
「壊しちゃったのは謝りますっ。でも僕、すごくいいアイデアを思いついたんです!」
真ん中の土を手でかき分けながら、僕はフランクさんを見た。
「はあ、そうかい」
やっとこさで、フランクさんは返事だけはしてくれた。
「あの、海水持ってきました」
「ちょっと待って……よし、入れていいよ」
僕は、弟子一号君に崩れた部分に海水を入れるようになった。
楕円状に水が溜まっていく。
フランクさんが、それを見て声にならない呻き声を上げた。
「これ、何ですか?」
「湖だよ」
「湖…ですか?」
「城との塔と塔の間にある湖。住民はさ、ここをボートで渡って移動するんだよ。魚とか住んでてさ、景色も綺麗なんだ」
「いいですね」
「でしょ? でも濁っちゃったよね。あともう少し大きくしたいな」
僕は、もう少し整えようと思って砂の幅を広げて固めた。
ますます濁ってしまって、僕はどうしようかと息を吐き出した。ちょっと残念だ。
「しばらくほっときゃ、汚れも落ち着くさ」
「フランクさん」
いつの間にかフランクさんが隣にしゃがんでいた。
「それより坊主、こんなのはどうだ?」
湖の縁のところに、先がギザギザした白い貝殻を置いた。
少し砂が被ってしまったけど、むしろそれがかっこいいんだ。
「いいですね、宝物が埋まってるみたいだ!」
「だろ?」
ふふんと得意げに笑って、フランクさんが言う。
「そこのちっこいのも、一緒に貝殻を探そう」
「ぼくも良いんですか?」
「お前さんも見てるだけじゃ退屈だろう?こういうのはみんなでやったほうが楽しいのさ」
「やったー」
僕たちは、方々に散って貝殻を探し始めた。
スタンダードな真っ白の貝殻や、貝の内側に色が付いているのとか、ぐるぐるした形の貝、それから少し曇りがかったパステルカラーのシーグラスも拾ってきた。
みんなで集めたのを自由に湖に入れたり、湖の周りもデコレーションしたそれから男の子のアイデアで、塔の側面や上にも貝殻を飾った。
僕も落ちてた緑と赤っぽい海藻を使って、森を表現することを提案して三度とに採用された。
最後に、拾ってきた流木で塔と塔の間を繋いだ。こうすることで、塔の間を歩いて行き来できるんだ。
「できた!」
とうとう僕たちの作った城が完成した。
「楽しかったー」
弟子一号君の言ったことに、僕も大いに同意した。これにて、措定関係も終了だ。
名前は知らないけど、僕たちの間には確かに友情があった。
ただ、男の子の目指したものとは程遠そうなのが少し気掛かりだった。
「その、君の作ってた城とは違うかもしれないけど……」
男の子は、うーんと言ってしげしげと城を眺めた。
「確かにぼくの作ったやつとは随分、テイストが異なるなとは思います。けど……」
男の子は、微笑んだ。
「形は変わりましたが、これはこれでいいところが沢山あります。ぼく、このお城が好きになりそうです」
僕はハッとした。夢碧さんのことと重なったからだ。
彼女は宇宙人なのかもしれないけど、人間じゃないかもしれないけど、夢碧さんは夢碧さんなんだって。
僕は、夢碧さんのほんとのことは良く知らない。
けど、今までの夢碧さんならよく知ってる。
いいところだって、誰よりもいっぱい言える。
夢碧さんは僕に助けを求めてないかもしれない。
けどもし、夢碧さんが今困ってるなら僕が助けたい、そう思った。
やっぱり僕は夢碧さんが好きなんだ。
「良かった……」
心から呟きが、唇から漏れた。
「あの、お礼と言ってはなんですが、こちらをお譲りします」
男の子はランドセルを漁ると、中からツボを取り出した。
「どうぞ」
受け取って、フランクさんと一緒に眺めた。
それがまさに、ザ・壺というべき壺なんだな。
回して見てみると、全体が茶色をしていて、上の方は白みがかった色をしているんだ。
ソースが垂れたみたいな模様してるやつ。
僕は蓋を開けてみた。
中を覗き込むと、暗くてよく見えないけど液体が入ってるみたいだった。
「こ、これはっ」とフランクさんが言った途端、温泉のような腐った卵チックな臭いが鼻を突いて、思わず壺を離しそうになった。
「く、くっさ。ねえ、これ何? あれれ……?」
そこには誰もいなかった。男の子も、ランドセルもビニール袋も無かった。
僕たちが作った城だけが、残っていた。
「フランクさん、これは?」
フランクさんは指を壺に突っ込むと、人差し指に緑っぽい液体をつけて、人差し指と中指でネチョネチョさせた。
何か紫っぽい塊とか変な繊維がついてる。うげぇー。
「宇宙人の体液だ」
「何て?」
「宇宙人の体から出る体液だ」
「ふぇええっ」
今度は手から壺が滑って、フランクさんがキャッチした。
「たいちょーーーーっ」
サドとタタンが、こちらにかけてくる。
「どうした」
「いいからこれを見ろ!」
サドが、小さく折りたたまれた白い紙をフランクさんに突き付けた。
フランクさんは地面に壺を置いてから目を通すと、あっと声を上げた。
「それなんですか?」
「読んでみてくれ」
フランクさんに紙を渡される。なになに?
お前たちのお嬢さまは預かった。返してほしければ我々の拠点まで来い。
ポウ星のサミウ
「ポウ星人か……」
「ポウ星人って?」
噛みしめるように言うフランクさんに説明する。
「ポウ星人っていうのは我々と近い位置の星の種族なんだが、仲が悪くてな。いつ戦争になるか分からないくらいの情勢なんだ」
「そのポウ星人の人が夢碧さんを捕まえたってことは……」
「ああ、ただでは済まないな」
「夢碧さん、大丈夫かな」
「とりあえず人質に酷いことはせんだろう。ただ……」
「ただ?」
「ポウ星人は気性がとても荒いんだ。すぐカッとなる」
そんな人に夢碧さんが捕まってると思うとぞっとした。
「どうしよう」
「おいどうするんだよ、フランクッ」
サドは苛立たし気に言った。
「うーむ」
「あの……」
遠慮がちに呼びかけられ、僕らは壺の前でしゃがんでいるタタンの方を見た。
「これはどうですか」
タタンは下の壺を指さした。何? と言ってサドは壺を覗き込むなり、「くっさっ」
と仰け反って尻餅を着いた。
「そうか!」
フランクさんは、「でかした」と言って顔を綻ばせた。
「坊主、お嬢様を救えるぞ」
