ノォオオオオオオオオオッ!
せっかく冷えてきた体から、だらだらと嫌な汗が滝のように流れてくる。
「お、お母さん。こ、これはだね」
僕は、何もできないまま母さんを見つめた。終わった。
「もう、何にもなってないじゃない。本当に大丈夫なのね?」
「へっ?」
僕は後ろを振り返ったが、そこにいたフランクさんは、跡形もなく消え去っていた。
「あれれ?」
僕はキョロキョロと部屋を見回したけど、フランクさんのフの字も無い。
「全くびっくりさせないでよね」
「あの子はほんとに」とか何とか言いながら、母さんがまた階段を下りていく。酷い言われようで項垂れたくなったけど、とりあえず仕方ない。僕は、消えたフランクさんに困惑しながらドアを閉めた。
「ちょい危なかったな」
「ほえ⁉」
僕は本当にドキッとした。振り向くと、さっきと同じとことにフランクさんがいたからだ。
「 え、今どうやって隠れてました?」
一体どんな魔法を使ったって言うんだろう? 改めてフランクさんは人間じゃないんだなと思った。
「そんなことよりもだな」
「そんなことじゃない!」
「頼むっ! お嬢様を助けてくれ」
ええっ、そんな大の大人に土下座されても。
「顔を上げてくださいっ。急に言われてもよくわかんないです。何があったんですか?」
「お嬢様がっ、お嬢様が攫われたんだ」
「攫われた? まさかネルヴァルが……」
頭の中に、化け物のニタニタした顔と冷たい目を浮かべてしまい、体がぞわぞわした。
「ああー、違う。あいつはもうお前さんが倒したから、あの後ヨモヤマ星の軍に引き渡した」
さくっと否定されて、僕は拍子抜けする。
「倒した? 僕が?」
「ありゃ見ものだったな」
それからフランクさんは、僕の華麗なる退治劇を語りだした。フランクさんによるとだな、僕の石頭でネルヴァルは一発ケーオーだったんだって。
ネルヴァルはそれからしばらく目が覚めなかったらしい。なむさん。
そして、僕はフランクさんのお酒入りのチョコレートを食べて酔っていたことも知った。
チェリーボンボンって言うらしいけど、かわいい名前のわりに恐ろしいやつだ、チェリーボンボンは。
「もう勝手に食べるんじゃないぞ」
「はい……」
吐きそうな気分なんて二度とごめんだ。
僕は、いくらおいしそうにしていても、二度と食べてやるものかと心に誓った。
「お嬢様が攫われたのは、俺とサドでネルヴァルを捕らえている、少し目を離した瞬間だった。僅差で間に合わなかった」
フランクさんは悔しそうに拳を握った。一人、夢碧さんを見ていたタタンの泣き顔が目に浮かぶ。
「そこでだ、坊主に……」
「嫌です」
手伝ってくれっていうんでしょ? フランクさんはびっくりしてこっちを見たけど、そんなの知らない。
今までのしょんぼりしていた気持ちがウソみたいに、今度は怒りが湧いてきた。これ以上僕の惨めな気持ちを抉ろうって言うのか。
「ど、どうしてっ。お嬢様が攫われたんだぞ?!」
「僕はもう、フランクたちさんとは関係ないんです。そっちはそっちでやってください」
「お前さんってそんな性格だったか?」
「僕は今、猛烈に怒ってるんです。酷いですよ、色々黙って言ってくれなかったなんて」
「それは悪かった。だがあれはな、地球保護法第三十二条で定められていて」
「そんなのは良いんですっ」
色々と難しいルールがあるっていうのは、何となく僕にだってわかってる。
大人のジジョ―ってやつさ。けっ。
仮に宇宙人だって突然言われたって、混乱するだけどさ。それでもやっぱり悲しいんだな。
のけ者にされてた気がしてね。これは僕のプライドなんだ。
「それに僕に頼まなくったっていいじゃないですか? 少しは今の僕の気持ちを考えて欲しいもんですよ。僕は夢碧さんに振られてお役御免、ショーシン中なんです」
「それは、まあ。そうかもしれないが……だが坊主しかいないんだ」
「なんでですか?!」
「なぜなら知り合いが坊主しかいないっ」
ガクッ。そんな清々しく言わなくても。
「大好きだった夢碧さんに利用されたって知って、僕、傷ついたんです。別に怒ってはいませんよ。いや、ちょっとは怒ってますけど。それよか悲しい気持ちの方が強いです。でもあんなのってないですよ」
「それでもお前しか頼めないんだ。この土地の地理に詳しい地球人がいたほうが、こちらも助かる」
「それってフランクさんたちの勝手な都合じゃないですか。だから嫌です」
「何だと?」
「僕はフラれてて……」
自分で言ってて惨めな気持ちになってきた。
「夢碧さんに嫌われちゃってるんですよ? そんな人に助けられたって、ちっとも嬉しかないやいっ」
僕は、また母さんが来ない程度に両手を振り上げて地団駄を踏んだ。
その後に、語尾の言い方が良くなかったと思って、恥ずかしさにどうしようもなくなって宙でグーを何回も叩き下ろした。
「それでもだ」
僕の必死の訴えに、フランクさんはこれっぽっちも表情を変えてくんないんだよ。
「見てくださいこの顔を! これでも怒ってるんですよ」
フランクさんにぐいっと顔を近づけた。母さんと喧嘩したときもね、本気で腹が立ってるっていうのに「変な顔」って笑われれて、全然怒ってるのが伝わんないんだ。
こっちは必死こいて怒鳴ってるのにさ、ほんと頭にくるんだ。最終的には、なんで怒ってたのかもわかんなくなっちゃうんだよね。
だからね、今までで一番怒ってる顔を特別に披露してやったのさ。僕はカンカンだってことをね。フランクフランクさんは、僕の顔を見て何とも複雑そうな顔をしている。これはね、僕が怒ってることが伝わってないやつだよ。
「申し訳なく思ってるが、お嬢様はうちのポンコツ王子と結婚させなければならないんだ。な? わかってくれ。宇宙を救うと思って」
宇宙を救うためだってさ、ケッ。なんでそんな、ポンコツ王子とくっつけるために、僕が出てかにゃならんのさ。敵に塩を送るような真似したかないね。
「嫌です」
そんなこと聞いて、余計に協力なんてしてやるもんか。地球の平和だか宇宙平和だか知らないけど、ヒーロー気取りはまっぴらごめんだ。
「この通りだ」
「頭下げられたって嫌ですもん」
「そこをどーにか」
「イヤだ」
「ああもうっ、手伝ってくれって言ってるだろぉおおお」
「だから嫌って言ってるでしょぉおおおおおっ」
と叫んで、僕は部屋を飛び出し階段を駆け下りた。「ご近所に迷惑でしょ香っ」という、母さんのお叱りの声を聞きながら玄関のドアを開け放ち、僕はあても無く走り出した。
振り返ると、フランクさんが窓から飛び降りて華麗な着地を決めたところだった。なんじゃありゃー!
僕はあっけに取られてスタートダッシュが遅れてしまった。
「まてぇええええええっ」
もの凄い形相で、フランクさんが追いかけてくる。
「いやだぁあああああっ」
待てと言われて待つ奴なんていない。
僕は恐怖を感じながら、何も考えずに住宅街を走り抜けた。
こんなに僕って足が速かったんだな。
遅刻するときとは比べ物にならないくらいのスピードだった。
この調子じゃ、今年の運動会は人気者になれるかもしれない。
と、一瞬そんな考えが頭を過ぎってしまって、ニヤニヤする。
けど、大人と子供じゃ速さは比べ物にならないから、あっという間にフランクさんが距離を詰めている気配を感じた。
けたたましい足音が、後ろからプレッシャーをかけてくる。
ちらっと見ると、フランクさんがすぐ後ろまで来ていた。
フランクさんの鼻息と言ったら、頭の先にニンジンをつけられた馬どころの話ではないんだな。
このままだと捕まってしまう。
そう思った僕は、急停車をして、振り向きざまフランクさんの後方を指刺して言い放った。
「あっ! あんなところにナイスバディのお姉さんがっ」
「何ぃいいいいいいいっ」
やった、引っかかったぞ。
フランクさんは、「どこだっ、どこにいるんだ」と言いながら、あちこち見回している。
もちろんそんなお姉さんは存在しない。
『とどのつまり』でフランクさんは、ボッキュンボンなお姉さんたちの写真を、鼻の下伸ばして眺めてたこと、僕は知ってんだ。
これは一か八かだったけど、まさかここまで食いついてくれるとは。
この隙を逃がさんと、僕は一目散に駆け出した。
まだフランクさんは、いもしない女性の影を探している。
住宅街を抜けると、ごつごつしたテトラポッドの重なりが見えてきた。もうすぐ海だ。
僕は急いで、浜辺に降りる階段を探す。
「いないじゃないか、こんのクソガキィイイイイイイッ!」
バッ、バレた!
般若もびっくりの顔つきで追いかけてくるフランクさん。
僕は、脇目も振らず、石造りの階段を下りて砂浜を走っていった。
思った以上に砂に足が取られて走りにくい。
蟻地獄に、いちいちはまってるみたいだ。
でもそれは向こうも同じみたい。
後ろからひぃひぃ言ってる声が聞こえるもの。
靴の中にどんどん砂が入ってきて気持ちが悪いけど、あいにく呑気に砂を取ってる余裕はなかった。
こんなに走ったのって、新体力テストの長距離走以来だと思う。あれって嫌いなんだ。
走ってるうちに何週したかよくわかんなくなってきちゃって、どこまでも終わりがないように思えてくるんだもの。
大好きな音楽でもかけてくれればさ、もしかしたらもうちょっと楽になると思うんだけど。
「手伝えっ、坊主ぅうううううっ」
「やだったらいやだあぁああ」
わーんわーん、ああ悲しいよ。
お前もこんなことになるとは思わなかったろうにさ、香よ。
僕はさ、夢碧さんと二人で、海を背景にしてかけっこするはずだったのに。
あん時のニヤニヤしてた自分に教えてやりたいね、今に柄の悪い大男とかけることになるよってさ。
「止まれえええええええっ」
僕もフランクさんも息が限界まで上がっていた。
終わりのない競争だったけど、それももう終着点に近い。
二人の距離が開いてきているんだ。
フランクさんがだいぶ後ろに見える、やったね。地元民をなめちゃあいかんよ。
「もうくるなぁあああああああっ」
と、思いっきり後ろを向いて叫んだのもつかの間、僕はズズズと砂に足が埋まるような感覚がして、顔面から地面へ大の字で突っ込んだ。
せっかく冷えてきた体から、だらだらと嫌な汗が滝のように流れてくる。
「お、お母さん。こ、これはだね」
僕は、何もできないまま母さんを見つめた。終わった。
「もう、何にもなってないじゃない。本当に大丈夫なのね?」
「へっ?」
僕は後ろを振り返ったが、そこにいたフランクさんは、跡形もなく消え去っていた。
「あれれ?」
僕はキョロキョロと部屋を見回したけど、フランクさんのフの字も無い。
「全くびっくりさせないでよね」
「あの子はほんとに」とか何とか言いながら、母さんがまた階段を下りていく。酷い言われようで項垂れたくなったけど、とりあえず仕方ない。僕は、消えたフランクさんに困惑しながらドアを閉めた。
「ちょい危なかったな」
「ほえ⁉」
僕は本当にドキッとした。振り向くと、さっきと同じとことにフランクさんがいたからだ。
「 え、今どうやって隠れてました?」
一体どんな魔法を使ったって言うんだろう? 改めてフランクさんは人間じゃないんだなと思った。
「そんなことよりもだな」
「そんなことじゃない!」
「頼むっ! お嬢様を助けてくれ」
ええっ、そんな大の大人に土下座されても。
「顔を上げてくださいっ。急に言われてもよくわかんないです。何があったんですか?」
「お嬢様がっ、お嬢様が攫われたんだ」
「攫われた? まさかネルヴァルが……」
頭の中に、化け物のニタニタした顔と冷たい目を浮かべてしまい、体がぞわぞわした。
「ああー、違う。あいつはもうお前さんが倒したから、あの後ヨモヤマ星の軍に引き渡した」
さくっと否定されて、僕は拍子抜けする。
「倒した? 僕が?」
「ありゃ見ものだったな」
それからフランクさんは、僕の華麗なる退治劇を語りだした。フランクさんによるとだな、僕の石頭でネルヴァルは一発ケーオーだったんだって。
ネルヴァルはそれからしばらく目が覚めなかったらしい。なむさん。
そして、僕はフランクさんのお酒入りのチョコレートを食べて酔っていたことも知った。
チェリーボンボンって言うらしいけど、かわいい名前のわりに恐ろしいやつだ、チェリーボンボンは。
「もう勝手に食べるんじゃないぞ」
「はい……」
吐きそうな気分なんて二度とごめんだ。
僕は、いくらおいしそうにしていても、二度と食べてやるものかと心に誓った。
「お嬢様が攫われたのは、俺とサドでネルヴァルを捕らえている、少し目を離した瞬間だった。僅差で間に合わなかった」
フランクさんは悔しそうに拳を握った。一人、夢碧さんを見ていたタタンの泣き顔が目に浮かぶ。
「そこでだ、坊主に……」
「嫌です」
手伝ってくれっていうんでしょ? フランクさんはびっくりしてこっちを見たけど、そんなの知らない。
今までのしょんぼりしていた気持ちがウソみたいに、今度は怒りが湧いてきた。これ以上僕の惨めな気持ちを抉ろうって言うのか。
「ど、どうしてっ。お嬢様が攫われたんだぞ?!」
「僕はもう、フランクたちさんとは関係ないんです。そっちはそっちでやってください」
「お前さんってそんな性格だったか?」
「僕は今、猛烈に怒ってるんです。酷いですよ、色々黙って言ってくれなかったなんて」
「それは悪かった。だがあれはな、地球保護法第三十二条で定められていて」
「そんなのは良いんですっ」
色々と難しいルールがあるっていうのは、何となく僕にだってわかってる。
大人のジジョ―ってやつさ。けっ。
仮に宇宙人だって突然言われたって、混乱するだけどさ。それでもやっぱり悲しいんだな。
のけ者にされてた気がしてね。これは僕のプライドなんだ。
「それに僕に頼まなくったっていいじゃないですか? 少しは今の僕の気持ちを考えて欲しいもんですよ。僕は夢碧さんに振られてお役御免、ショーシン中なんです」
「それは、まあ。そうかもしれないが……だが坊主しかいないんだ」
「なんでですか?!」
「なぜなら知り合いが坊主しかいないっ」
ガクッ。そんな清々しく言わなくても。
「大好きだった夢碧さんに利用されたって知って、僕、傷ついたんです。別に怒ってはいませんよ。いや、ちょっとは怒ってますけど。それよか悲しい気持ちの方が強いです。でもあんなのってないですよ」
「それでもお前しか頼めないんだ。この土地の地理に詳しい地球人がいたほうが、こちらも助かる」
「それってフランクさんたちの勝手な都合じゃないですか。だから嫌です」
「何だと?」
「僕はフラれてて……」
自分で言ってて惨めな気持ちになってきた。
「夢碧さんに嫌われちゃってるんですよ? そんな人に助けられたって、ちっとも嬉しかないやいっ」
僕は、また母さんが来ない程度に両手を振り上げて地団駄を踏んだ。
その後に、語尾の言い方が良くなかったと思って、恥ずかしさにどうしようもなくなって宙でグーを何回も叩き下ろした。
「それでもだ」
僕の必死の訴えに、フランクさんはこれっぽっちも表情を変えてくんないんだよ。
「見てくださいこの顔を! これでも怒ってるんですよ」
フランクさんにぐいっと顔を近づけた。母さんと喧嘩したときもね、本気で腹が立ってるっていうのに「変な顔」って笑われれて、全然怒ってるのが伝わんないんだ。
こっちは必死こいて怒鳴ってるのにさ、ほんと頭にくるんだ。最終的には、なんで怒ってたのかもわかんなくなっちゃうんだよね。
だからね、今までで一番怒ってる顔を特別に披露してやったのさ。僕はカンカンだってことをね。フランクフランクさんは、僕の顔を見て何とも複雑そうな顔をしている。これはね、僕が怒ってることが伝わってないやつだよ。
「申し訳なく思ってるが、お嬢様はうちのポンコツ王子と結婚させなければならないんだ。な? わかってくれ。宇宙を救うと思って」
宇宙を救うためだってさ、ケッ。なんでそんな、ポンコツ王子とくっつけるために、僕が出てかにゃならんのさ。敵に塩を送るような真似したかないね。
「嫌です」
そんなこと聞いて、余計に協力なんてしてやるもんか。地球の平和だか宇宙平和だか知らないけど、ヒーロー気取りはまっぴらごめんだ。
「この通りだ」
「頭下げられたって嫌ですもん」
「そこをどーにか」
「イヤだ」
「ああもうっ、手伝ってくれって言ってるだろぉおおお」
「だから嫌って言ってるでしょぉおおおおおっ」
と叫んで、僕は部屋を飛び出し階段を駆け下りた。「ご近所に迷惑でしょ香っ」という、母さんのお叱りの声を聞きながら玄関のドアを開け放ち、僕はあても無く走り出した。
振り返ると、フランクさんが窓から飛び降りて華麗な着地を決めたところだった。なんじゃありゃー!
僕はあっけに取られてスタートダッシュが遅れてしまった。
「まてぇええええええっ」
もの凄い形相で、フランクさんが追いかけてくる。
「いやだぁあああああっ」
待てと言われて待つ奴なんていない。
僕は恐怖を感じながら、何も考えずに住宅街を走り抜けた。
こんなに僕って足が速かったんだな。
遅刻するときとは比べ物にならないくらいのスピードだった。
この調子じゃ、今年の運動会は人気者になれるかもしれない。
と、一瞬そんな考えが頭を過ぎってしまって、ニヤニヤする。
けど、大人と子供じゃ速さは比べ物にならないから、あっという間にフランクさんが距離を詰めている気配を感じた。
けたたましい足音が、後ろからプレッシャーをかけてくる。
ちらっと見ると、フランクさんがすぐ後ろまで来ていた。
フランクさんの鼻息と言ったら、頭の先にニンジンをつけられた馬どころの話ではないんだな。
このままだと捕まってしまう。
そう思った僕は、急停車をして、振り向きざまフランクさんの後方を指刺して言い放った。
「あっ! あんなところにナイスバディのお姉さんがっ」
「何ぃいいいいいいいっ」
やった、引っかかったぞ。
フランクさんは、「どこだっ、どこにいるんだ」と言いながら、あちこち見回している。
もちろんそんなお姉さんは存在しない。
『とどのつまり』でフランクさんは、ボッキュンボンなお姉さんたちの写真を、鼻の下伸ばして眺めてたこと、僕は知ってんだ。
これは一か八かだったけど、まさかここまで食いついてくれるとは。
この隙を逃がさんと、僕は一目散に駆け出した。
まだフランクさんは、いもしない女性の影を探している。
住宅街を抜けると、ごつごつしたテトラポッドの重なりが見えてきた。もうすぐ海だ。
僕は急いで、浜辺に降りる階段を探す。
「いないじゃないか、こんのクソガキィイイイイイイッ!」
バッ、バレた!
般若もびっくりの顔つきで追いかけてくるフランクさん。
僕は、脇目も振らず、石造りの階段を下りて砂浜を走っていった。
思った以上に砂に足が取られて走りにくい。
蟻地獄に、いちいちはまってるみたいだ。
でもそれは向こうも同じみたい。
後ろからひぃひぃ言ってる声が聞こえるもの。
靴の中にどんどん砂が入ってきて気持ちが悪いけど、あいにく呑気に砂を取ってる余裕はなかった。
こんなに走ったのって、新体力テストの長距離走以来だと思う。あれって嫌いなんだ。
走ってるうちに何週したかよくわかんなくなってきちゃって、どこまでも終わりがないように思えてくるんだもの。
大好きな音楽でもかけてくれればさ、もしかしたらもうちょっと楽になると思うんだけど。
「手伝えっ、坊主ぅうううううっ」
「やだったらいやだあぁああ」
わーんわーん、ああ悲しいよ。
お前もこんなことになるとは思わなかったろうにさ、香よ。
僕はさ、夢碧さんと二人で、海を背景にしてかけっこするはずだったのに。
あん時のニヤニヤしてた自分に教えてやりたいね、今に柄の悪い大男とかけることになるよってさ。
「止まれえええええええっ」
僕もフランクさんも息が限界まで上がっていた。
終わりのない競争だったけど、それももう終着点に近い。
二人の距離が開いてきているんだ。
フランクさんがだいぶ後ろに見える、やったね。地元民をなめちゃあいかんよ。
「もうくるなぁあああああああっ」
と、思いっきり後ろを向いて叫んだのもつかの間、僕はズズズと砂に足が埋まるような感覚がして、顔面から地面へ大の字で突っ込んだ。
