「もう、6月なんだ」
 窓越しに梅雨らしい曇り空を見上げながら呟く。
「知らない間に2ヶ月が経ってるなんてね、驚いちゃった」
 そう、僕は事故にあって記憶障害を負ったらしく、2ヶ月もの間の記憶が抜け落ちているのだ。
「日記に2ヶ月間のことが書いている筈だから、読んでみるといいよ」
 友穂が優しく語りかけてくる。気づいたら同棲が始まっていたので、嬉しい反面、戸惑いもある。
 過去の僕が書いたらしい日記に目を通してみる。喜怒哀楽、日によって様々な感情が書かれている。自分が書いたものなのに、どこか他人事のように感じられて不思議な気分だ。
「え?」
 日記を流し読みしていたら、気になる記述を見つけた。

5月28日
 友穂と一緒に晩御飯にカレーを作った。料理の経験はあまり無かったため貴重な機会になり楽しかった。

 ここまでは普通の日記だ。だが、このページはここで終わりではない。
 よく目を凝らさなければ見つけられない小さな文字が。
 
 気づいてしまったことがあります。推測の範囲だし真偽は分からない。けれどこれを知ったら普通ではいられなくなると思う。未来の自分にそれを知る覚悟があるのなら、スマホのメモアプリを開いてください。

 背中が冷や汗をかいているのが分かる。知るべきではないと、本能が警告しているかのような感覚。
 だが、5月28日の自分は内容を知っていた筈だ。その時の自分が、メモアプリに残せるほどの余裕があったのならば、今見ても大した問題にはならないだろう。明日には記憶から消えているのだし。
 そんな軽率な気持ちでスマホのメモアプリを開く。普段メモアプリは使わないので、メモが残されているのならすぐに分かるだろう。
 案の定すぐに見つけられた。「推測ですが」と書かれたファイルを恐る恐るタップする。
 その内容を見た瞬間、過去の自分が発していた警告の意味がわかった。
 「後悔」の2文字が頭を支配する。見るんじゃなかった。知るんじゃなかった。
 もしかしたら僕は、近いうちに普通ではいられなくなるかもしれない。