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 七月二十一日、午前十時。
 私はそのまま学校をサボり、ある場所に訪れていた。
 そこまでは問題ない。学校は後で色々煩いだろうが、まあ、何とか誤魔化せるだろう。
 問題は。
「……なんで、あんたまでついてきてるのさ」
「いいだろ、俺ももう一限目サボっちまったし、今から戻っても怒られるだけだしな」
 後ろに着いてきた小久保一樹をチラリと睨み、ふいと前を向いた。
「で、どこ向かってるんだ?」
「──ずっと、行けなかった場所」
「……そっか」
 本当は、小久保一樹が着いてきてくれて、少しだけホッとしていた。私一人じゃ、また逃げ出していたかもしれないから。多分、奴もどこに行くかわかっていて、心配して着いてきているのだろう。そのお節介を、今は余計なお世話とは言えない自分がいた。
 辿り着いたのは、とある霊園。
『西村家ノ墓』
 そう刻まれた墓石の前に、私は立っていた。
 ……ここに来ることに、どれだけの意味があるのかなんてわからない。だって私は、ここに君が居ないことを知っている。君が、ここではない遠い場所に行ってしまったのを知っているから。
 それでも来たかったのは、けじめをつけたかったからだ。居ないことを言い訳に逃げ出さないように、──君の死から、もう目を逸らさないように。
 途中の花屋で買ってきた、鮮やかな黄色の五本の薔薇を供えた。
『こんな想いをするくらいなら──いっそ、茜と出逢いたくなんてなかった』
 あの時言ってしまって傷付けた言葉の代わりに、この花束を君に贈る。
 そして、その墓石に向かい合う。様々な想いが頭の中を駆け巡った。彼女との出逢い、共に過ごした日々、絶望した別れと、彼女の最期の願い。私の、私たちの、歪だった、それでもかけがえのなかったあの日々。
「……大丈夫か、怜香」
 遠慮がちに、でも心配気に掛けられた声に、私はハッとした。思わずぼんやりとしてしまっていたようだ。
「……うん、もう大丈夫」
 私は振り返り、心配そうな顔をしていた小久保一樹(お節介)にそう言った。
「行こっか、──カズ」
 瞬間、小久保一樹──カズは、目を見開いた。信じられないような顔で私を見て、そして、くしゃりと笑顔になる。それは、笑っているのに、どこか泣き出しそうな、そんな笑顔。
「──ああ、行こう」
 その顔を見られたくなかったのか、カズはすぐさま踵を返し歩き出した。その背中を追って歩き出そうとした時、忘れていたことを思い出す。
「……あ、そうだ」
 立ち止まって、振り返った。
「──じゃあね、茜」
 ──ずっと言いたくなかった〝さよなら〟を、今は言える気がした。