* * *
従兄弟の彼──レイお兄ちゃんは、私にいろんなことを教えてくれた。
「大丈夫、怖くないよ。幽霊も、普通の人と同じなんだ」
私が人の形をした黒い靄のように見えているものは、亡くなった人間であること。レイお兄ちゃんには普通の人間と同じように見えていて、声も聞こえること。彼らには、成仏できるタイムリミットがあること。そんな彼らと、レイお兄ちゃんはよく友人になっていること。
「僕は学校にも行けないし、病院で出逢う同い年くらいの子たちも、ずっと一緒にいられるわけじゃないからね。だから、彼らと友達になることが多かったんだ。病院だと、特に彼らは多いし。タイムリミットまでしか一緒にはいられないけれど、彼らのお陰でたくさんの人と友達になれたんだ」
私には化け物に見えていたそれを、親しい友人として扱うレイお兄ちゃんには、今までの恐怖心をぶち壊された。今まで怖さしか感じなかったそれら──いや、彼らに、私は段々愛着のようなものを抱き始めたのだ。
それからというもの、私は頻繁に病院に通うようになった。レイお兄ちゃんの元を訪れ、黒い靄──幽霊についてたくさん教えてもらった。彼らがどんな様子で、どんなことを喋って、どんな風にいなくなるのか。
レイお兄ちゃんは幽霊の知識だけでなく、今まで出逢った幽霊との出来事も話してくれた。初めて逢った幽霊の話。レイお兄ちゃんと同じく幽霊の見える女の子の話。本当なら自分が行くはずだった高校の卒業生の幽霊から聞いた、屋上の鍵の開け方。
幽霊のことを知る度に、今まであった恐怖心はなくなっていった。
レイお兄ちゃんは、私の世界を変えてくれた人だった。私の恐怖を打ち砕いてくれた人。私の世界を広げてくれた人。だから、誰よりも特別で、誰よりも大好きな人だった。
きっと、私の初恋は、レイお兄ちゃんだった。それは、恋というよりは、憧れに近いものだったけれど、それくらい、私はレイお兄ちゃんのことが大好きだったのだ。
……だけど。
私が、中学生になった頃のことだった。
──レイお兄ちゃんが、死んだ。
ずっと患っていた病気が悪化し、十九歳でその生涯に幕を閉じたのだ。
ショックで、堪らなかった。
大好きだったレイお兄ちゃんに、もう逢えない。せっかく幽霊が見えるのに、私の力じゃ黒い靄にしか見えないから、レイお兄ちゃんがどれかわからないし、声も聞けない。
──私が、レイお兄ちゃんと同じように、幽霊が見えたなら。
そんなことばかりを考えて、レイお兄ちゃんに逢いたくて、逢いたくて。
どうしようもない気持ちを抱えたまま、高校生になった。
レイお兄ちゃんが死んでからずっと、胸にぽっかりと穴が空いたようで、何もままならなくなっていた。そんな時、私は噂を知ったのだ。
──同じクラスに、幽霊が見える子がいる。
それは、私にとって朗報だった。その子に近付き、嘘臭い笑顔を貼り付けた。「友達になりたい」とか、「私も幽霊が見える」とか、心にもないことを嘯いて。
私には黒い靄にしか見えない場所を言って信憑性を持たせた上で、私は彼女に手を差し出した。
「──私と、友達になってくれませんか」
別に、彼女と友達になりたいわけじゃなかった。
私にとって大事だったのは、レイお兄ちゃんと同じ、幽霊の見える人と友達になることだったから。
「私ね、怜香ちゃん。──君に出逢えたのは、運命だと思ったんだ」
確かに、彼女の名前を知った時、運命だと思った。それは嘘じゃない。だけどそれは、そんな綺麗な理由じゃない。レイお兄ちゃんと同じ、名前に「レイ」がつく女の子。それだけで、レイお兄ちゃんと重ねることができたから。
「幽霊が見える私たちなら、きっといい友達になれると思うんだ。わかりあえるし、助け合えるし、──何より、同じ世界を見れるでしょ?」
──同じ世界を見れるなんて、真っ赤な嘘だ。私は彼女やレイお兄ちゃんのように、本当の幽霊の姿は見えないし、声も聴こえない。こんなの、見えてるなんて言わない。偽物の、嘘っぱちの力。それでも、嘘を吐いてでも、彼女と友達になりたかった。
レイお兄ちゃんと同じ世界を見ている彼女に、少しでも近付きたかった。
そうしたら、少しでも、レイお兄ちゃんに近付ける気がしたから。
この胸の喪失感を、少しでも埋められる気がしたから。
──そう、私は、レイを、レイお兄ちゃんの代わりにしているだけだったのだ。
