言えなかった“ごめんね”と、言いたくなかった“さよなら”を


*      *       *

 ──初恋の人と、デートがしたい。
 それも確かに、未練の一つだった。
 でもそれは、あたしが彼には小松怜香(借り物の姿)でしか関われず、倉橋由利香(本当の姿)で逢うことができないと知ったからだ。
 仕方ない、そう折り合いをつけて、ちゃんと成仏しようと思った。
 ……だけど、今、あたしは彼の瞳に映っている。最低最悪極悪非道の神様が、最後の最期にようやくあたしの願いを叶えてくれたんだ。
「なんで、君が──」
 あたしの目の前に駆け寄ってきた一樹さんは、泣きそうな顔であたしを見つめた。
 たった一度言葉を交わしただけの、そんな子のために、悲しそうにしなくたっていいのに。彼の人の良さに思わず笑ってしまう。
 ……だってあたしは、憶えていてくれただけで満足なのだから。
「あの後、電話する前に死んじゃったから、すっごく心残りだったの。無理言ってデートしてもらってごめんなさい。でも、凄く楽しかった。遊園地で遊ぶ約束、叶えられて良かった」
「そんなの、気にしなくていいよ。俺も、君と遊園地で遊べて楽しかった。約束を守れて、本当に良かった、けど──」
 彼の顔が歪む。泣くのを必死に堪えているような、そんな顔。
 ……あの日、この人と初めて逢った時のあたしも、こんな顔をしていたのかな、なんて。
 そんなことを考えて、あたしは笑みを溢す。
「倉橋由利香。〝これで、名前も知らない奴じゃなくなった〟わ」
 ──だから、あなたとあたしはもう友達、でしょ?
 あの日彼がくれた言葉を真似て、そうおどけてみせた。
「……ああ。君と俺は、友達だよ」
 友達だと、そうはっきり言われてしまったことには胸が痛んだけど、ようやく笑ってくれた彼に、少し安堵する。
「じゃあ、もうお別れですね」
 白く淡い光が、あたしを覆い尽くしていく。この世界との別れも、彼との別れも、きっとすぐそこだ。
「……あっ、そうだ」
 最期に一つだけ、彼に伝えたかったことがある。
「あたしね、あなたのお陰で、もう一度生きたいって思えたの」
 そう告げると、彼が目を見開いた。その表情を目に焼き付けて、あたしは微笑んだ。
「──あたしの生きる希望になってくれて、ありがとう」
 ずっと言いたかった想いを、彼に贈る。
 ──生きる希望をくれた彼に、お礼が言いたい。
 それが、あたしの本当の未練だった。
 ……死ぬなんて、本当は嫌だった。もっともっとやりたいことがあったし、普通の女の子として生きていたかった。
 でも最期に、この人に感謝を伝えられたなら、それだけでもう十分だと、そう思えた。
「……俺っ、君のこと、絶対に忘れない。ずっとずっと、友達だから──」
 消えていくあたしに、彼が叫ぶ。
 ……初恋は実らなかった。だけど、彼の〝友達〟として、あたしは最期の言葉を告げた。
「あなたと友達になれて、本当に良かった」
 ──バイバイ。
 小さく手を振って呟いたその挨拶は、彼に届いただろうか。
 そんなことを考えながら、あたしは〝倉橋由利香〟としての人生を終えた。