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「ねぇ、さっきの何だったの? 柿本君、一体どうしちゃったの⁉」
 私の後ろを歩きながら茜が甲高い声を出した。
「ああ、あいつは多分全部思い出したんだ。それで、バレーができる小久保一樹に嫉妬して怪我をさせるためにボールを奴の着地点に動かしたんだ。所謂ポルターガイストだよ。あいつは悪霊化しかけてる。だから物を動かせたんだよ」
 言いながら私は辺りを見回し、柿本信次の姿を捜した。
 別に、柿本信次が悪霊化しようが、他人に危害を加えようがどうでもいい。どうでもいい、はずなのに、数分前の怪我をさせられる寸前だった小久保一樹の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
「何とかして柿本信次を見つけないと。私は上の階から捜すから、茜は下の階から捜して。それで、ここで落ち合おう」
 三階へと上がる階段前でそう言うと、茜は少し暗い顔をしながら「わかった」と頷いた。それを見て私は歩き出す。階段を一目散に上り、一番上の四階まで到達すると、球技大会で普段より人の少ない教室の中を順繰りに見て回っていく。
「……いない」
 上の学年の三年生や同学年の生徒にギョッとされながらも、柿本信次の姿を捜す。あの黒いオーラがどこかに漂っていないかと、目を皿のようにして捜した。
「……あれ、小松さん?」
 四階を捜し終わり、三階に降りる。空になっていた無人の自分のクラスを覗いていると、後ろから声をかけられた。
 振り向くと、知らない体操服姿の男が立っていた。
「えっと、誰?」
「ええー、そんなぁ~。覚えてない? オレ、同じクラスでカズの友達の赤下(あかした)大輔(だいすけ)! 同じクラスになってから結構経ってるのに、覚えられていなかったとは……。ちょっとショックだなあ」
 残念がるその顔を見て、ああ、小久保一樹とよくつるんでいるクラスメイトだ、と気が付いた。言われるまでわからなかったが。
「俺、一試合終わって一端飲み物取りに来たんだ。で、どーしたん? 女子もう終わったらしいから、休憩でもしに来たの?」
「いや、ちょっと人を捜しているだけ。じゃあ、急ぐから」
 どうやらうちのクラスの男子はあの試合に勝ったらしい。私は言葉を濁してそう立ち去ろうとした。すると、後ろから声が追いかけてきた。
「あっ、そう言えば、カズが小松さんのこと捜してたんだった……ってあれっ⁉ 小松さん、ちょっと待っ──」
 引き留められないうちにそそくさとその場を後にし、私は三階から二階へと降りる階段へと辿り着いた。
「レイ!」
 二階へと降りる踊り場で、廊下から茜の声が聞こえてきた。大方一階と二階を調べ終わったんだろう。
 駆け寄ってくる茜を見つけ、降りようとした、その時だった。
 近付こうとした茜の目が大きく見開かれ、その顔が恐怖の色に染まる。
「──レイっ、後ろっ‼」
 茜の叫んだその言葉にはっとして後ろを振り向いたその瞬間。
「消えろ」
 憎悪の籠った声と共に、ドンッと強く突き飛ばされた。身体が宙を浮き、仰向けのまま下へと落ちていくのがわかる。……最後に見えたのは、憎しみに染まった柿本信次の顔だった。
 ──ヤバい、落ちる。
 直感的にそう思い、目を閉じる。
「怜香っ!」
 誰かの声が聞こえた、と思った次の瞬間、身体に鈍い衝撃が走った。
()っ」
 痛みが背中を襲ったけれど、思っていたほど強くなかった。それに仰向けで落ちたはずなのに、頭を打った気もしない。
 なぜだ、と思いながら目を開けると、誰かの腕が私の身体を抱き締めていた。その腕を解くと、それはすぐに力なく床へと落っこちる。下敷きにしていた誰かから身体を起こすと、目に飛び込んできたものに私は息を呑んだ。
「なん、で──」
 無駄に整っている顔立ち、日焼けした肌、無造作に床に散らばった黒髪。
 何で、どうして。
 そいつの身体からする汗の匂いも、汗ばんだ体操服も、閉じられたままの切れ長の瞳も、薄い唇も。
まるで、死んでいるかのように、ピクリとも動かない。
「何であんたが私を庇うんだよ、小久保一樹……」
 ──小久保一樹が、私の下敷きになって倒れていた。
 落ちた時の音で何かがあったのかと気付いたのだろう。
「おいっ、君たち、大丈夫か⁉」
 近くにいたのであろう教師が駆け寄ってくる。教室内に残っていた生徒たちも何事かと周りに集まり出した。
「レイ、大丈夫……?」
 いつの間にか近寄ってきていた茜のそんな囁き声にすら、私は返答できなかった。
騒音が大きくなっていく。そんな中で私は小久保一樹を見つめたまま、救急車のサイレンが聞こえてくるまで、地面に縫い留められたかのように動けなかった。