* * *
時刻は、もう七時を回っていた。
「格好悪いところ見せちゃったわね」
「……いえ、そんなことありませんよ」
すっかり暗くなった空の下、ミルクティー色のツインテールが気落ちしたように垂れ下がっている。西村茜の気遣うような茶色の瞳に、心配してくれているんだなと、心が温かくなったような気がした。もう、温度なんてものは感じられないけれど。
「それにしても、あの子、大丈夫かしら」
ちらりと見遣ったのは、黒髪ロングの少女。小松怜香は、修吾の「心配だから送っていこう」という要らぬお節介をどうにかこうにか断ろうとしているところだった。
「あはは……あんまり大丈夫じゃないかも」
何気にしつこい修吾のお節介に手を焼いているようで、彼女の拳はいつの間にか握りしめられていた。
いや、グーパンとか食らわせたりしないでしょうね、と半ば本気で心配になってくる。
「そう言えば、あなたはどうして彼女と一緒にいるの?」
生きている人間と、行動を共にする少女。彼女だって成仏しなければいけないだろうに、見えるとはいえ、どうして生きている彼女と一緒にいるのか。
「えっと……言えなかったことが、あるから、ですかね」
ふわりと、少女は笑った。だけどその笑顔の裏に、先程の自分と同じ後悔が滲んでいるように思えた。
「そう……。あなたは、言えるといいわね」
「──はい」
一瞬だけ、彼女が泣き出しそうな顔になる。それを隠すように頷いた少女の頭を優しく撫で、私は微笑んだ。
「じゃあね、ありがとう。あの子にも伝えておいて。私、これで心置きなく成仏できるわ」
後悔はなくならないし、言えなかった過去も、生きられなかった事実も変えられないけれど。それでも私は、これでよかったと思う。
──君が、好きだと言ってくれたから。君が、自分のことよりも私のことを想っていてくれたから。
私はきっと、幸せだった。
しゃらり、と耳元で揺れた銀色のイヤリングをそっと撫ぜる。どうしても外せなかった彼からの贈り物。これと一緒にいられるなら、不幸中の幸いだわと笑った。
「──さよなら、修吾。私、修吾のことが、大好きだったわ」
刹那、眩しい光が、私を包んだ。その真っ白な光の中で、自分の存在が消えていくのがわかる。ゆっくりと、ゆっくりと、そして、私の全てが消える、最期の瞬間。
「……美紗?」
──漸く君と、視線が交わった気がした。
