公園に入る前に頬を袖で拭う。二十五歳にもなって泣きべそはさすがに恥ずかしい。
 ルナはまだ来ていない。陽のあたるベンチでしばらく座っていたが、汗が止まらないので、少しでも涼を得ようとブランコに移動した。
 ゆっくりと漕ぐと、心地よい風が頬を撫でた。

「さては、駄目だったでしょ」
 
 無心にブランコを漕いでいると、声が聞こえた。漕ぐのをやめてブランコが止まるのを待つ。空気を切っていた風が徐々に凪いでいく。惰性で数回揺れた後、ブランコはピタリと止まった。

「そっちこそ」

 ルナは酷い恰好だった。自慢の髪の毛は乱れ、右頬が赤く腫れている。腕にはひっかき傷もあった。結果は聞くまでもない。

「人生、上手くいかないものね」
 隣のブランコに座って、ルナが小さく呟く。

「まだお酒も飲めないうちから悟ったようなこと言わないの。って言いたいところだけど、本当にそうだね。全然思い通りにならない」

「ほんと、なんでだろ」
 長い髪が風にさらわれて、ふわりふわりとたなびく。私はブランコをゆっくりと漕ぎながら、金色に輝く髪をぼんやりと眺めた。

「お前が歌手とか死んでも無理、調子こいてんじゃねぇブス。つーか働け。見に行く価値もねぇ。だってさ。そっちは?」
「そこまでひどくは無いけど、似たようなものかな。私の歌に価値はないんだって」

 二人揃って完敗だ。やけくそのように思い切りブランコを漕ぐ。このまま振り切れて、いっそ空に向かって飛んでいけたらいいのに。
 母の馬鹿にした顔を思い出したら、また涙が滲んできた。社会人になったら、もっと堂々と自分の人生を生きているだろうと思っていた。なのにまだ、母親に認めて欲しくて泣きべそをかいている。情けないなと口の中で呟く。

「あっ、月」
 横でルナが小さく叫んだ。
 見上げると、青空に上弦の月が浮かんでいた。
「ヒロの言った通りだ。昼間にも見えるんだね。なかなかロマンチックだわ」
ルナが小さく笑う。
「そうね」

 私は空を見上げたままブランコの速度を上げた。蒼穹に落ちるような感覚とともに、白い月が近づく。歪な表面をした天体。自分たちは閉ざされていない。広い宇宙にいる。宇宙の中の一つの共同体なのだ。
 ゆっくりと口の端が持ち上がった。

「まだ終わりじゃない。いくらでもチャンスはある。まずはオーディションに受かるところから。そうでしょ、ヒロ」
「もちろん」
 したり顔のルナに、私は力強く頷いた。