昼間の月を見つけて

 もやもやしたまま仕事をしているうちに、昼になった。
 扇田商事には謎のローカルルールがいくつも存在する。
 ランチタイムはスマートフォンや本を食堂に持ち込まず、部内で交流を図ること。また、社外に出ることは禁止する。これもその一つだ。但し、営業職や係長級以上の職員は除く。
 
 全くもっておかしなルールだ。入社するまでは知る由もないことだったが、知っていたら絶対にこんな会社に就職しなかっただろう。
 葉月たちと顔をつき合わせて黙々と箸を動かす。貴重な休憩を一人で音楽を聴いたり読書でもしてリフレッシュしたいと思うのは、我儘なのだろうか。
 食堂には賑やかなおしゃべりが響いている。ルールに不満を漏らしつつも、皆なんだかんだで楽しそうだ。

「ねぇユリちゃん、今日のキミコイ見るでしょ」
「絶対、リアルで見ます! リンリンと優くんがどうなるかちょー気になる」

 女子力全開の色鮮やかな弁当をつつきながら尋ねた葉月に、百合奈がテンション高く答える。

 キミコイが始まる九時には、今日も帰れないだろうな。
 そんなことを考えながら私は、焼いただけの鯖、ゆでただけの人参、醤油で炒めたピーマンをもそもそと食べた。
 正直、母の作る弁当は美味しくない。父のついでに作ってもらっているだけでも有難いのだが完食するのも苦行だ。でも毎日ランチを買う余裕はない。節約のためと我慢して口に押し込む。

「あんな素敵な恋、してみたいわよね」
「またまた~。旦那さんとラブラブなくせに。ねぇ広子」
「えっ?」
「葉月さんち、ステキな家庭で羨ましいよね」

 マスカラに囲まれた目で『何聞いてたのよ』とばかりに睨まれる。

「あぁ、うん。本当に、吉川主任が羨ましいです」

 うそうそ。ステキナコイってなんの呪文だ。
 なんて思いながらも、私は慌てて頷いた。
 女同士のコミュニケーションはとにかく相手を褒めることと会話を途切させないことが大切だ。一息でも遅れるとたちまちコミュ力ゼロのレッテルが貼られてしまう。

「相田さんまで、やめてよ。新婚のユリちゃんなんてそれこそラブラブでしょ~」
「葉月さんには負けますって」

 きゃっきゃと女子高生のように笑う二人に適当に相槌を打ちながら、気詰まりでお腹いっぱいになってくる。おまけに今日はキミコイの放送日。ますます憂鬱だ。

『君に恋してる』――略してキミコイは、人気アイドルグループの桜川凜(さくらがわりん)(演と技派イケメン俳優の吉里優(よしざとゆう)が主演の、女性の心を鷲掴みにする甘く切ない胸キュンラブストーリーが売りのドラマで、ちょっとした社会現象にもなっている。

 職場でもしばしば話題になるから見るようにしているが、恋愛に偏ったストーリーは正直、退屈だ。誰と誰がくっつくかなんて全く興味が無い。おどろおどろしい事件が起こる刑事ドラマのほうがよほど面白い。
 とはいえ、見ないと話に入れない。だから今日の分もしっかり録画してある。残業後に眠さを堪えつつ見るのかと、今から溜息が出そうだ。学生の時もグループの話題に入るためだけにドラマを観たりしていたが、社会人になってからもそんなことをするハメになるとは夢にも思わなかった。

「ねぇ、広子はリンリンと誰がお似合いだと思う?」
「ちょっと強面の、野球部副主将の人とくっつきそうだと思う」
「えぇ~、それはないって」

 百合奈と葉月がどっと笑う。ネットのレビューの受け売りだがウケたらしい。
 ホッとしつつ、早く昼休みが終わればいいのにと思う。食堂は酷く息苦しい。狭い水槽で口をパクパクさせる金魚みたいな気分だ。夢中でお喋りする百合奈たちの顔が、だんだん個性の無い真っ赤な金魚に見えてくる。
 華やかな尾をひらひらとなびかせる金魚たち。
 自分はそこに迷い込んでしまった岩底の蟹なのかもしれない。ただ黙々とその場にいたい。でもやっぱり輪から弾かれてポツンとするのは嫌だとも思う。