夜九時、個室にはテレビが無いからダイニングには大勢の子たちが集まっていた。スマホでも見れるが、皆せっかくだから自分の勇士を大きな画面で見たいのだろう。チャンネルは当然、ドキュメンタリーの放送局にあわされている。
 番組が始まった。私たちの映像にあわせて番組の概要を紹介するナレーションが流れ出す。「憧れのスターダムを登るために集まった選ばれし原石が」のくだりで、何人かがくすぐったそうに笑った。

 自分の姿を画面ごしに見るのは不思議な気分だ。少女の中に明らかに大人が一人混ざっているのは少し違和感があるが、真剣に何かを為そうとしている姿にある種の美しさを感じた。

「ヒロ、綺麗に映ってるじゃん。大丈夫、オバさんになんて見えないよ」
「ルナもとっても綺麗だよ」

 頬がくっつきそうな距離にいるルナにほっこりしつつ、はにかみ笑いを浮かべる。
 どの女の子も朝露に濡れる草花のように瑞々しく輝いている。演出者の意図を反映し、綺麗でドラマティックなところを繋ぎ合わせた作品としての姿。液晶を介して視聴者の目線で見ると、こんな風に映るのか。
 
 ただ、自分だけ何かが足りていない気がした。自らの姿が映るたびにきゃあきゃあと騒ぐ女の子たちの甘ったるい声を聴きながら、冷静に己の姿を分析する。

 歌声は決して悪くない。ずっと気づかずにいたが、低すぎず高すぎない不思議な響きを持った声は美声の部類に入る。だが全体的にどこか無難で真面目。
 セクシーさ、ラブリーさ。心を響かす豊かな人間性、ラブソングを求める大衆。
 アリサ先生の言葉を頭の中で反芻する。正直、いい年をしてイケイケのギャルファッションで身を固めている先生に反感があった。だが、彼女の言っていることは一部、正しいのかもしれない。

「ちょっと、またオバさんが怖い顔してる。ガチすぎでしょ」
「後がないから必死なのよ」

 また茶髪ワンレンの子のチームだった。太めの眉と赤い唇がセクシーな大人っぽい子たち。年は二十歳だっただろうか。
 
「ヤな感じ。ガツンと言ってやる?」
 うっと思っていたら、ルナが怒り出した。怒ってもいいのかとホッとする。
「それよりダンス教えて。できないままじゃ悔しいし」
「もちろん。番組終わったらすぐに」
「ありがと、ルナ。私、頑張るね」

 相棒がルナでよかったと心の底から思いつつ、私は食い入るように画面を見つめ続けた。
 ルナとは対等でいたい。アリサ先生に指摘された欠点も下手くそなダンスも克服して、胸を張ってルナの隣に立ちたい。

 番組が終わると、裏庭でダンスのレッスンに励んだ。膝はガクガクで体力は限界だったが、時間は有限だ。人より劣っているなら、人の何倍も努力するしかない。ルナと向かい合って、必死で体を動かす。でもなかなか上手くいかない。何度教わっても動きが掴めないのだ。

「あー、いったん休憩」

 全身汗だくのルナが体を芝生に投げ出す。私も隣に腰を降ろした。

「ごめんね、ルナ、全然上達しなくて」
「いいの。でもこんなに頑張ってるのになんで駄目なんだろ。私、教えるの下手かな」

「その通りや。オバさんももっと気合見せな!」

「朱音さん?」
 見るとジャージ姿の朱音が仁王立ちしていた。
「何よ、バカにしに来たの!」
「外がなんややかましいから見に来ただけや」
 猫のように毛を逆立てるルナを朱音は鼻で笑った。

「それよりルナ、あんた教えんの下手すぎ。オバさんみたいなタイプは向かい合って動きを見せるより、前に立って同じ方向むいて教えたらんと覚わらんで。それに動きは一つ一つ細切れにしたらな。ほれ見とき」

 私は慌てて、朱音の後ろに立った。

「まずは左手は腰、右手を真横に突き出す」
 言いながら朱音が動く。私はその動きをそのまま真似した。
「左足は左斜め前四十五度や」
「はい」
「次に右手を上にして左足に重心を移動。親指を立ててバッキュン撃つ。そのまま右方向顔も右、ジャンプで足をクロス。右四十五度にターンして決める」

「えっ、できた!」
 ぎこちないながらも一連の動きが繋がった。思わず声を上げる。

「ほらな。でも喜ぶのは早い。ほら次!」

 朱音の指導は分かり易かった。スパルタ過ぎるのが少々難だが、指示通りに動いているうちにだんだんコツが掴めてきて、汗だくになること二時間。ようやく踊り切ることができた。

「やったじゃん、ヒロ!」
「うん。ありがとうルナ」

 飛びついてきた柔らかい体を受け止めきれず、地面に転がる。
 空には満天の星が広がっていた。興奮のせいもあるかもしれないが、今にも零れ落ちてきそうなほど綺麗に見える。

「うわっ、天然プラネタリウム」
「ほんと。綺麗。てゆーかなによ、天然プラネタリウムって」
 隣に転がったルナが小さく噴き出す。

「へぇ、どれどれ」

 朱音が私の隣にごろんと横になる。広がったシルバーのストレートヘアから、ふわりとサボンの香りが漂った。

「わー、ほんまキラッキラやわ」
「朱音まで変な言い方。やめてよ。情緒がどっか行っちゃう」
「じゃあ、アンタがこれぞって表現してみぃ」
「えっ、えーと、宝石箱……みたいな」
「ベタすぎるよ、ルナ」
「語彙力どこ行った!」

 朱音が豪快に笑う。私もルナもつられて笑った。
ハスキーな、しっとりした、澄んだ笑い声が夜空に吸い込まれていく。何がそんなにおかしいのか分からないけど、私たちはひとしきり笑った。

「なぁ、オバ……ううん、広子。悪かったな。オバさんなんて言うて。私のせいでアンタを弄ってもいい、みたいな空気作ってもうて、申し訳ない思てたんよ」

 朱音は気まずげに三白眼気味の瞳を逸らしていた。口調は軽かったが声は微かに震えていた。きっとつい言ってしまった言葉の重さにずっと悩んでいたのだろう。今日こうして話さなければ、私はそのことに気づかないまま、朱音を嫌な子だと思い続けていただろう。

「もういいよ。ダンス、教えてくれたし。仲直りってことで。ありがとう朱音さん」
「お人好しやな、アンタ」

 浅黒い頬を朱に染め、朱音がぷいと横を向く。
 多感な十代らしい反応がなんだか眩しい。私なんて、いつのまにか感情を抑え込むことばかり長けて、心の動きがすっかり鈍ってしまっている。だから上手くラブソングを歌えないのだろうか。

「でも手は抜かないからね。私とヒロでコテンパンにしてあげる」
「ええよ。絶対、勝ったるから」

 さっきまで一緒に笑っていたかと思えば、もう火花を散らし合う二人に苦笑しながらも、その身軽さがやっぱり羨ましかった。