一通り歌のレッスンが終わると、アリサ先生の講義が始まった。
「皆さん、歌手として大事なことは何だと思います?」
黒々と天を突く睫毛に囲まれた目がじろりと教室中を睨む。みんな肉食獣を前にした兎みたいに息を潜めている。
「愛嬌です。セクシーさです」
答えを待たず、アリサ先生は言い切った。
「まずは女性らしさを武器につけましょう」
アリサ先生の視線が自分に向けられている気がして、私は足元を見つめた。今時ジェンダーなんて流行らない。女らしさがなんだって言うのだろう。
「いくら歌の技術ばかり上達しても、一流の女性歌手にはなれません。女性としての感性を磨くこと。未熟な人の歌には誰も心を動かされません。見た目がダサければ尚更です」
やっぱり私のことだ。女の子たちが私を振り返って忍び笑いをしている。あまりの屈辱に、ノートを取ろうとした手が小刻みに震えた。
「とはいえ、歌がお粗末でも話にならない。歌には何が必要か分かりますか」
「はいっ、声量と声の質と技術力です」
朱音が自信満々に手を上げて言う。
「それは大前提。言ったでしょ、技術だけじゃダメだって」
「あちゃ。すんません」
ペロッと舌を出した朱音に、何人かの子がくすっと笑った。好意的な笑いだった。先生の表情も心なしか柔らかい。
「大事なのは歌で人の気持ちを動かすことです。そのためには歌唱力だけではだめ。内面を磨きましょう」
熱を帯びた口調でアリサ先生は続けた。
「世間は歌に共感を求めています。ではどんな歌が共感されやすいのか。それはラブソングです。恋愛が嫌いな人はいません。生物の目的は繁殖ですから、人は自然に誰かを愛するようにできています。ヒット曲にはラブソングが多いでしょう? 世間はリアルな恋の歌を求めています。貴方たちはそれに応えなければいけません」
そこまで一気に語ると、満足そうに教室を見渡して宣言した。
「さ来週の金曜日にはプレオーディションとして、ラブソングを歌ってもらいます。そこで一定の評価を得られないグループは失格とみなして、スクールを退学していただきます」
「うそ」
「やだ、そんなの聞いてない」
あちこちで非難めいた声が上がる。
私も便乗して「えー」と小さく呟いた。技術的なことなら努力で乗り越えてみせる。でも、恋する女の子の心なんて努力じゃどうにもならない。仕事を辞めてまで臨んでいるのだ。こんなつまらないことでゲームオーバーなんて困る。
『だから言ったじゃない』
母や百合奈たちの勝ち誇った顔が頭を過った。あまりにリアルな想像に心臓がバグバグと変な音を立てた。
アリサ先生が去った後、教室はちょっとした騒ぎになった。そんななか誰かが「楽勝じゃん」と呟くのが聞こえた。
「皆さん、歌手として大事なことは何だと思います?」
黒々と天を突く睫毛に囲まれた目がじろりと教室中を睨む。みんな肉食獣を前にした兎みたいに息を潜めている。
「愛嬌です。セクシーさです」
答えを待たず、アリサ先生は言い切った。
「まずは女性らしさを武器につけましょう」
アリサ先生の視線が自分に向けられている気がして、私は足元を見つめた。今時ジェンダーなんて流行らない。女らしさがなんだって言うのだろう。
「いくら歌の技術ばかり上達しても、一流の女性歌手にはなれません。女性としての感性を磨くこと。未熟な人の歌には誰も心を動かされません。見た目がダサければ尚更です」
やっぱり私のことだ。女の子たちが私を振り返って忍び笑いをしている。あまりの屈辱に、ノートを取ろうとした手が小刻みに震えた。
「とはいえ、歌がお粗末でも話にならない。歌には何が必要か分かりますか」
「はいっ、声量と声の質と技術力です」
朱音が自信満々に手を上げて言う。
「それは大前提。言ったでしょ、技術だけじゃダメだって」
「あちゃ。すんません」
ペロッと舌を出した朱音に、何人かの子がくすっと笑った。好意的な笑いだった。先生の表情も心なしか柔らかい。
「大事なのは歌で人の気持ちを動かすことです。そのためには歌唱力だけではだめ。内面を磨きましょう」
熱を帯びた口調でアリサ先生は続けた。
「世間は歌に共感を求めています。ではどんな歌が共感されやすいのか。それはラブソングです。恋愛が嫌いな人はいません。生物の目的は繁殖ですから、人は自然に誰かを愛するようにできています。ヒット曲にはラブソングが多いでしょう? 世間はリアルな恋の歌を求めています。貴方たちはそれに応えなければいけません」
そこまで一気に語ると、満足そうに教室を見渡して宣言した。
「さ来週の金曜日にはプレオーディションとして、ラブソングを歌ってもらいます。そこで一定の評価を得られないグループは失格とみなして、スクールを退学していただきます」
「うそ」
「やだ、そんなの聞いてない」
あちこちで非難めいた声が上がる。
私も便乗して「えー」と小さく呟いた。技術的なことなら努力で乗り越えてみせる。でも、恋する女の子の心なんて努力じゃどうにもならない。仕事を辞めてまで臨んでいるのだ。こんなつまらないことでゲームオーバーなんて困る。
『だから言ったじゃない』
母や百合奈たちの勝ち誇った顔が頭を過った。あまりにリアルな想像に心臓がバグバグと変な音を立てた。
アリサ先生が去った後、教室はちょっとした騒ぎになった。そんななか誰かが「楽勝じゃん」と呟くのが聞こえた。



