スクールの一日はなかなかハードだった。
朝は早起きしてランニング、朝食の後には座学にボイストレーニング。ダンスやマナー講座、ウオーキング練習まであって、会社勤めでなまった体が悲鳴をあげる。おまけに四六時中カメラがどこからともなく現れる。
「慣れないなぁ、カメラ」
「何言ってるの。私を見てってくらいの気持ちでいないと。皆もっとアピールしてるよ」
ぼやく私にルナがさらりと言う。
たしかにどの子もカメラを意識し、自然体を装いつつもより魅力的に映ろうと気を張っている。誰も努力を笑ったりしない。皆、勝ち残ろうと必死だ。その熱気が心地良い。
スクールに入ってよかったと心の底から思う。ここでは徒労感なんて感じている隙はないし、何より、周囲に音楽が溢れている。
昼休みに緑の庭園でのんびりしていると、力強い歌声が聞こえてきた。
涼しげに水を吹き出す噴水の傍らに腰を下ろし、メロディに耳を澄ます。それだけでも贅沢なのに、つられて一緒に歌っても変な目で見られたりしない。
水の香りがする空気も温かな日の光も、すべてが穏やかで心地いい。こんな日は歌声がどこまでも伸びていく気がする。
これであと五歳若かったらな引け目なくここに居られるし、最終オーディションに落ちた後のことも今ほど心配をしなくてもいいのに。
最近の私は開き直ったりぐるぐる悩んだりと忙しい。でも間違いなく、今が人生で一番充実している。
冷たい水を指先で弄びながら、全身で音楽を奏でた。
飛び散った水が太陽に照らされて、小さなビーズのように輝いている。歌はいい。上手く言葉にできない感情を容易に解き放ってくれる。
夢中で歌っていると視線を感じた。
木の影から撮影クルーがこちらにレンズを向けている。私は彼らから視線を逸らすと、また歌に意識を戻した。
あがり症だけど歌っている時は不思議と視線が気にならない。むしろもっと聞いて欲しいと思う。たとえば今の動画がドキュメンタリー番組で流れたら。私の歌が一人でも多くに届く。そう思うと眩暈にも似た興奮を覚える。
百合奈や会社の皆、母にも届くだろうか。
茉理や奏夜も見てくれているだろうか。
知っている顔を思い浮かべながら歌い続ける。そのうちルナがやってきて、澄んだ音色が重なった。旋律が変わる。私とルナの声が一つになってさらに遠くへと運ばれていく。
「あー気持ちよかった。一人で楽しいことして。ずるいぞ、ヒロ」
「変な言い方しないの。それにしても暑いね」
「夏だもん。当然でしょ。こうしたら涼しくなるわよ」
ぱしゃっと冷たい水が頬を叩いた。白い指先から水を滴らせルナが笑う。
「ちょっと、冷たいよ」
「いいじゃん。水も滴る良い女だよ」
ルナが形の良い唇から白い歯が零れる。ここで一緒に暮らすようになって分かったけど、ルナは大人びた見た目に反して、ときどき物凄く子供っぽい。でもそこが魅力的だ。
白い日差しの中で馬鹿みたいに笑い合いながら、この夏がずっと終わらなければいいのにと思う。もちろんそんなことは叶わない。時は人間の感傷などお構いなしに勝手に進み、物事にはいつか終わりがくる。だからこそ今の時間が尊く思えた。
「あ、そろそろレッスンの時間よ、ヒロ」
「やだ、もうそんな時間」
「お先にー」
笑いながら駆けだしたルナを慌てて追いかける。
朝は早起きしてランニング、朝食の後には座学にボイストレーニング。ダンスやマナー講座、ウオーキング練習まであって、会社勤めでなまった体が悲鳴をあげる。おまけに四六時中カメラがどこからともなく現れる。
「慣れないなぁ、カメラ」
「何言ってるの。私を見てってくらいの気持ちでいないと。皆もっとアピールしてるよ」
ぼやく私にルナがさらりと言う。
たしかにどの子もカメラを意識し、自然体を装いつつもより魅力的に映ろうと気を張っている。誰も努力を笑ったりしない。皆、勝ち残ろうと必死だ。その熱気が心地良い。
スクールに入ってよかったと心の底から思う。ここでは徒労感なんて感じている隙はないし、何より、周囲に音楽が溢れている。
昼休みに緑の庭園でのんびりしていると、力強い歌声が聞こえてきた。
涼しげに水を吹き出す噴水の傍らに腰を下ろし、メロディに耳を澄ます。それだけでも贅沢なのに、つられて一緒に歌っても変な目で見られたりしない。
水の香りがする空気も温かな日の光も、すべてが穏やかで心地いい。こんな日は歌声がどこまでも伸びていく気がする。
これであと五歳若かったらな引け目なくここに居られるし、最終オーディションに落ちた後のことも今ほど心配をしなくてもいいのに。
最近の私は開き直ったりぐるぐる悩んだりと忙しい。でも間違いなく、今が人生で一番充実している。
冷たい水を指先で弄びながら、全身で音楽を奏でた。
飛び散った水が太陽に照らされて、小さなビーズのように輝いている。歌はいい。上手く言葉にできない感情を容易に解き放ってくれる。
夢中で歌っていると視線を感じた。
木の影から撮影クルーがこちらにレンズを向けている。私は彼らから視線を逸らすと、また歌に意識を戻した。
あがり症だけど歌っている時は不思議と視線が気にならない。むしろもっと聞いて欲しいと思う。たとえば今の動画がドキュメンタリー番組で流れたら。私の歌が一人でも多くに届く。そう思うと眩暈にも似た興奮を覚える。
百合奈や会社の皆、母にも届くだろうか。
茉理や奏夜も見てくれているだろうか。
知っている顔を思い浮かべながら歌い続ける。そのうちルナがやってきて、澄んだ音色が重なった。旋律が変わる。私とルナの声が一つになってさらに遠くへと運ばれていく。
「あー気持ちよかった。一人で楽しいことして。ずるいぞ、ヒロ」
「変な言い方しないの。それにしても暑いね」
「夏だもん。当然でしょ。こうしたら涼しくなるわよ」
ぱしゃっと冷たい水が頬を叩いた。白い指先から水を滴らせルナが笑う。
「ちょっと、冷たいよ」
「いいじゃん。水も滴る良い女だよ」
ルナが形の良い唇から白い歯が零れる。ここで一緒に暮らすようになって分かったけど、ルナは大人びた見た目に反して、ときどき物凄く子供っぽい。でもそこが魅力的だ。
白い日差しの中で馬鹿みたいに笑い合いながら、この夏がずっと終わらなければいいのにと思う。もちろんそんなことは叶わない。時は人間の感傷などお構いなしに勝手に進み、物事にはいつか終わりがくる。だからこそ今の時間が尊く思えた。
「あ、そろそろレッスンの時間よ、ヒロ」
「やだ、もうそんな時間」
「お先にー」
笑いながら駆けだしたルナを慌てて追いかける。



