「うわぁ、今日から三週間、ここで過ごすんだぁ」
尖った屋根やアーチ形の窓が特徴的な、修道院めいた建物を見上げ、ルナがうっとりと呟く。トレードマークの澄ました顔が今日は子供みたいにキラキラしていて、そんな表情も魅力的だ。
ここ星鈴《せいりん》学園はアスター芸能事務所の芸能人養成施設で、町から少し離れた場所にあり寮を完備している。スクールの敷地は広く自然も豊かだ。
まだ夢のスタートラインだ。そう気を引き締める。
北海道、東北、関東、中部、近畿、中国四国、九州――七ブロックから集まった七チーム十四人が、ここでたった一つの席をかけて競う。各地区代表の子はどの子も予選のメンバーとはオーラが違う。なんだか自分だけが普通に思えた。
「緊張してるの? 大丈夫よ、私が一緒だから」
ルナが私の手をぎゅっと握る。
若いくてオーラのある美人に混じっていても、ルナの美貌はやっぱり飛びぬけている。頼もしい反面、自分はやっぱりルナのオマケの合格もしれないと卑屈な気持ちが過った。
特にそう思ったのは候補者の自己紹介の時だった。
砂糖菓子みたいに甘い声、せせらぎのように癒し系の声、大輪の華のように艶やかな声――色々な美声はさることながら、容姿も一級品の娘たちが揃う中でも、ルナは見劣りしなかった。
それどころか、ルナが自己紹介した瞬間、候補者たちは皆ピリッとした。どの子も強烈なライバルが現れたと本能的に感じていたのだ。
そんな中、私が自己紹介するなり一人が言った。
「二十五歳て、なんや、オバさんやん」
関西ブロックの香田朱音――小麦色の肌にピンクのメッシュが入ったシルバーの銀髪、やや三白眼気味の大きな瞳をした、豹のように野性味ある美しさを備えた女の子だった。
「オバさんか」
「オバさんだね」
漣のような声が広がっていく。かくして私のあだ名は「オバさん」に決定。なんとも幸先の悪いスタートとなった。
ルナは「油断してくれてラッキーじゃん」と言うが、最終オーディションではプロによる歌の審査以外に、四日目から毎晩放送される、スクールの様子をまとめたドキュメンタリーの視聴者による投票結果が反映される。オバさんなんてあだ名、どう考えてもマイナスだ。
初日からこんな弱気じゃダメだ。こうなったら夢に年齢制限は無いのだと証明してみせる。私は折れそうな心を奮い立たせて初日を乗り切った。
その夜、茉理に近況報告していると奏夜からラインがきた。オーディションの時に流れで連絡先を交換していたのだ。
『スクールはどう』
絵文字も無い短い一言になぜか心が躍る。異性とラインでやりとりなんて、よく考えれば初めてだ。
『緊張するけど頑張ってる。ルナも元気だよ』
初日からオバサン扱いされた。そう続けようとして慌てて文字を消す。自分で自分を貶めるようなことは言わない。一次審査に受かった時に密かにそう誓った。
『曲、良い感じに仕上がってきてるから。早くヒロに歌って欲しい』
「なぁにニヤけてるのよ、ヒロ」
自分のために作られた曲。どんな曲だろうとワクワクしていると、パジャマ姿のルナがスマホを覗き込んできた。別にやましいことなんてなかったが、慌てて画面を消す。
「なんでもないよ」
「隠すなんて怪しい。エッチなサイトでも見てたの」
「やめてルナ、オヤジみたい」
「言ったわね。見せてよ」
飛びついてきたルナを受け止め、笑いながらベッドに転がった。それから、歌の話やこれからの話をする。夢中になってお喋りしているうちに、夜が更けた。
「ほら、明日もあるんだし、早く寝よう」
布団を被りながら、なんだか合宿みたいと、昼間のごたごたも忘れて呑気なことを思った。
尖った屋根やアーチ形の窓が特徴的な、修道院めいた建物を見上げ、ルナがうっとりと呟く。トレードマークの澄ました顔が今日は子供みたいにキラキラしていて、そんな表情も魅力的だ。
ここ星鈴《せいりん》学園はアスター芸能事務所の芸能人養成施設で、町から少し離れた場所にあり寮を完備している。スクールの敷地は広く自然も豊かだ。
まだ夢のスタートラインだ。そう気を引き締める。
北海道、東北、関東、中部、近畿、中国四国、九州――七ブロックから集まった七チーム十四人が、ここでたった一つの席をかけて競う。各地区代表の子はどの子も予選のメンバーとはオーラが違う。なんだか自分だけが普通に思えた。
「緊張してるの? 大丈夫よ、私が一緒だから」
ルナが私の手をぎゅっと握る。
若いくてオーラのある美人に混じっていても、ルナの美貌はやっぱり飛びぬけている。頼もしい反面、自分はやっぱりルナのオマケの合格もしれないと卑屈な気持ちが過った。
特にそう思ったのは候補者の自己紹介の時だった。
砂糖菓子みたいに甘い声、せせらぎのように癒し系の声、大輪の華のように艶やかな声――色々な美声はさることながら、容姿も一級品の娘たちが揃う中でも、ルナは見劣りしなかった。
それどころか、ルナが自己紹介した瞬間、候補者たちは皆ピリッとした。どの子も強烈なライバルが現れたと本能的に感じていたのだ。
そんな中、私が自己紹介するなり一人が言った。
「二十五歳て、なんや、オバさんやん」
関西ブロックの香田朱音――小麦色の肌にピンクのメッシュが入ったシルバーの銀髪、やや三白眼気味の大きな瞳をした、豹のように野性味ある美しさを備えた女の子だった。
「オバさんか」
「オバさんだね」
漣のような声が広がっていく。かくして私のあだ名は「オバさん」に決定。なんとも幸先の悪いスタートとなった。
ルナは「油断してくれてラッキーじゃん」と言うが、最終オーディションではプロによる歌の審査以外に、四日目から毎晩放送される、スクールの様子をまとめたドキュメンタリーの視聴者による投票結果が反映される。オバさんなんてあだ名、どう考えてもマイナスだ。
初日からこんな弱気じゃダメだ。こうなったら夢に年齢制限は無いのだと証明してみせる。私は折れそうな心を奮い立たせて初日を乗り切った。
その夜、茉理に近況報告していると奏夜からラインがきた。オーディションの時に流れで連絡先を交換していたのだ。
『スクールはどう』
絵文字も無い短い一言になぜか心が躍る。異性とラインでやりとりなんて、よく考えれば初めてだ。
『緊張するけど頑張ってる。ルナも元気だよ』
初日からオバサン扱いされた。そう続けようとして慌てて文字を消す。自分で自分を貶めるようなことは言わない。一次審査に受かった時に密かにそう誓った。
『曲、良い感じに仕上がってきてるから。早くヒロに歌って欲しい』
「なぁにニヤけてるのよ、ヒロ」
自分のために作られた曲。どんな曲だろうとワクワクしていると、パジャマ姿のルナがスマホを覗き込んできた。別にやましいことなんてなかったが、慌てて画面を消す。
「なんでもないよ」
「隠すなんて怪しい。エッチなサイトでも見てたの」
「やめてルナ、オヤジみたい」
「言ったわね。見せてよ」
飛びついてきたルナを受け止め、笑いながらベッドに転がった。それから、歌の話やこれからの話をする。夢中になってお喋りしているうちに、夜が更けた。
「ほら、明日もあるんだし、早く寝よう」
布団を被りながら、なんだか合宿みたいと、昼間のごたごたも忘れて呑気なことを思った。



