オーディション開始一時間前だけあって、会場は人でごった返していた。頭の群れの向こうにある白いステージを見上げる。あそこで歌うのだと思うと、忘れていた動悸が戻ってきた。
「ありがと、マツリ。持つべきものは友達だね」
不安を紛らわせようと、おおげさに茉理を拝む。
「どういたしまして」
呟いた茉理の声は暗く、顔は髪に半ば隠されて見えない。
こんな人の多い所に連れてきて大丈夫だっただろうか。茉理の変貌ぶりに、今更ながらに動揺する。でも茉理が自分で決めたのだ。私がオロオロしてもどうにもならない。必要以上に気に掛けるのはやめる。私が茉理なら友人に腫れ物みたいに接されるのは嫌だから。
「それにしても、ルナいないなぁ」
「ルナって、広子の相棒?」
「うん。会場で十三時って言ってたから、もう来てるはずなんだけど」
ルナは背が高いし、どこにいても目立つ。だからきっとすぐに見つかるはずだ。
人混みに視線を巡らせると、案の定、そこだけ輝いて見えるような美貌が目に飛び込んできた。奏夜も一緒だ。猫背気味だが長身なので頭一つ分、人ごみから飛び出している。
「ルナ、奏夜くん、こっち」
「ヒロ、待った?」
「ううん、大丈夫。えっと隣の人は?」
私はルナの隣に並んだ青年を見上げた。
私と同じ年くらいだろうか。親にしては若すぎるし、兄弟にしても似ていない。背はそこそこ高くて中肉中背、なんだか締まりのない顔をした男だった。
「彼氏。今日は車で送ってくれるって言うから、奏夜も一緒に連れて来てもらったの」
「吉岡隆秋です。ルナがいつもお世話になってます」
ルナに顎でしめされて隆秋が軽く会釈する。
慌てて会釈を返しながら、ルナなら他にいくらでも素敵な男性がいただろうに、と内心失礼なことを思う。それこそ奏夜のほうがよほどお似合いだ。にやけた顔といい、ボーとした雰囲気といい、隆秋は好印象とは言い難い。というか、彼氏の車に男友達と一緒に乗せてもらうなんて、どういう神経しているのだろう。
思わずルナをまじまじ見るが、ルナも奏夜もあまり気にしていないようだった。
「ヒロこそ、それ誰?」
「親友の宮野茉理さん。応援に来てくれたの」
「どうも、宮野です」
「ふーん。私、ルナ。よろしく」
きっちり頭を下げた茉理とは対照的に、ルナが適当に手をひらひらと振る。
ぞんざいな態度に少し引っかかったが、これもやっぱりジェネレーションギャップだろうか。幸い茉理は気にしていないようだった。
「てゆーか、コンタクトにしたんだ!」
突然、ルナが素っ頓狂な声を出す。
「まぁね。頑張って練習したの」
「すごいじゃん。ヒロえらい! 眼鏡より断然いい。お人形さんみたい」
ルナがギュッと私を抱き締める。初めてで上手く入れられなくて、目が痛くなるくらい失敗したが、思った以上の反応に嬉しくなる。
「へへ。お世辞でも嬉しい。苦労したかいはあったかな」
ルナに比べれば全然だし、会場にいる子もみんなスタイル抜群の美人ばかりだけど。
間近にあるルナの顔にドキドキしつつ、照れ笑いを浮かべる。
「自信持ちなさいよ。ヒロに足りてないのは自信だけ。大丈夫。ちょー可愛いよ」
「なんか照れるな。でもありがと」
「じゃあ、そろそろ行こっか。ソウ、きっちり優勝してくるから待っててね。タカも」
ルナが自信たっぷりの笑みを浮かべる。こういうの心臓に毛が生えてるっていうのだろうか。というか、彼氏はついでみたいな扱いって。いろいろな方面で内心苦笑していると、奏夜が拳を二つ突き出した。
「最高の歌、聞かせて」
「任せて」
ルナと声が綺麗にハモった。
三人で拳を突き合わせる。絶対に最高の歌を歌おう。私は下腹に力を入れて拳を握りしめた。
「いってらっしゃい。応援してるから」
視線を下げたままだが大きく手を振ってくれた茉理に応え、ルナの隣に並ぶ。
「がんばろうね、ヒロ」
ルナの手が肩に触れる。温かく柔らかな感触。
日常を変えるための鍵はちゃんと手の中にある。あとは開くだけだ。
「ありがと、マツリ。持つべきものは友達だね」
不安を紛らわせようと、おおげさに茉理を拝む。
「どういたしまして」
呟いた茉理の声は暗く、顔は髪に半ば隠されて見えない。
こんな人の多い所に連れてきて大丈夫だっただろうか。茉理の変貌ぶりに、今更ながらに動揺する。でも茉理が自分で決めたのだ。私がオロオロしてもどうにもならない。必要以上に気に掛けるのはやめる。私が茉理なら友人に腫れ物みたいに接されるのは嫌だから。
「それにしても、ルナいないなぁ」
「ルナって、広子の相棒?」
「うん。会場で十三時って言ってたから、もう来てるはずなんだけど」
ルナは背が高いし、どこにいても目立つ。だからきっとすぐに見つかるはずだ。
人混みに視線を巡らせると、案の定、そこだけ輝いて見えるような美貌が目に飛び込んできた。奏夜も一緒だ。猫背気味だが長身なので頭一つ分、人ごみから飛び出している。
「ルナ、奏夜くん、こっち」
「ヒロ、待った?」
「ううん、大丈夫。えっと隣の人は?」
私はルナの隣に並んだ青年を見上げた。
私と同じ年くらいだろうか。親にしては若すぎるし、兄弟にしても似ていない。背はそこそこ高くて中肉中背、なんだか締まりのない顔をした男だった。
「彼氏。今日は車で送ってくれるって言うから、奏夜も一緒に連れて来てもらったの」
「吉岡隆秋です。ルナがいつもお世話になってます」
ルナに顎でしめされて隆秋が軽く会釈する。
慌てて会釈を返しながら、ルナなら他にいくらでも素敵な男性がいただろうに、と内心失礼なことを思う。それこそ奏夜のほうがよほどお似合いだ。にやけた顔といい、ボーとした雰囲気といい、隆秋は好印象とは言い難い。というか、彼氏の車に男友達と一緒に乗せてもらうなんて、どういう神経しているのだろう。
思わずルナをまじまじ見るが、ルナも奏夜もあまり気にしていないようだった。
「ヒロこそ、それ誰?」
「親友の宮野茉理さん。応援に来てくれたの」
「どうも、宮野です」
「ふーん。私、ルナ。よろしく」
きっちり頭を下げた茉理とは対照的に、ルナが適当に手をひらひらと振る。
ぞんざいな態度に少し引っかかったが、これもやっぱりジェネレーションギャップだろうか。幸い茉理は気にしていないようだった。
「てゆーか、コンタクトにしたんだ!」
突然、ルナが素っ頓狂な声を出す。
「まぁね。頑張って練習したの」
「すごいじゃん。ヒロえらい! 眼鏡より断然いい。お人形さんみたい」
ルナがギュッと私を抱き締める。初めてで上手く入れられなくて、目が痛くなるくらい失敗したが、思った以上の反応に嬉しくなる。
「へへ。お世辞でも嬉しい。苦労したかいはあったかな」
ルナに比べれば全然だし、会場にいる子もみんなスタイル抜群の美人ばかりだけど。
間近にあるルナの顔にドキドキしつつ、照れ笑いを浮かべる。
「自信持ちなさいよ。ヒロに足りてないのは自信だけ。大丈夫。ちょー可愛いよ」
「なんか照れるな。でもありがと」
「じゃあ、そろそろ行こっか。ソウ、きっちり優勝してくるから待っててね。タカも」
ルナが自信たっぷりの笑みを浮かべる。こういうの心臓に毛が生えてるっていうのだろうか。というか、彼氏はついでみたいな扱いって。いろいろな方面で内心苦笑していると、奏夜が拳を二つ突き出した。
「最高の歌、聞かせて」
「任せて」
ルナと声が綺麗にハモった。
三人で拳を突き合わせる。絶対に最高の歌を歌おう。私は下腹に力を入れて拳を握りしめた。
「いってらっしゃい。応援してるから」
視線を下げたままだが大きく手を振ってくれた茉理に応え、ルナの隣に並ぶ。
「がんばろうね、ヒロ」
ルナの手が肩に触れる。温かく柔らかな感触。
日常を変えるための鍵はちゃんと手の中にある。あとは開くだけだ。



