「あんた最近、仕事さぼってるんだって? 百合奈ちゃんが困ってたわよ」
「人聞き悪いな。百合奈と会ったの?」

 帰るなり酷い言われようだ。思わず仏頂面で返す。

「仕事帰りにスーパーで夕食のお買い物してたの。仕事と家庭を両立させて、すっかり立派な奥さんになったわよね」
「ふうん。で?」
「アンタとは大違い。ほんと、どこで間違えたんだろ」
「なにそれ」

 思わず鼻で笑う。百合奈が買い物している間、誰が彼女の仕事を片付けていると思っているのだろう。母は昔から何も見えていない。

「またそうやって開き直って。もっとちゃんと仕事しなさい」
 
 学生時代は勉強、勉強、勉強。社会人になったら仕事、仕事、仕事。もっとちゃんと。母はいつもそればかりだ。架空の超人と比べて私を追い立てる。

「それより私、日曜日に歌のオーディションに出るんだけど」
「まだそんな夢みたいなこと言ってるの。二十五歳にもなってみっともない」
「あぁ、そう」

 高揚が一気に冷めていく。「見に来る?」とは聞けなかった。
 私は母に何を期待していたのだろう。本気で頑張れば気持ちが伝わるなんて思っていた自分が恥ずかしい。

「どうせ落ちるのに」

 呟いた母はハイエナのような顏をしていた。でも私は死肉なんかじゃない。
 漏れそうになる嗚咽を呑み込み階段を駆け上がる。部屋の戸を閉め、しゃくを上げながら口ずさんだ。いつのまにか溢れた雫が頬を濡らしたが、窓の向こうに浮かぶ月はまだ綺麗に笑っていた。