月曜日。髪型を久しぶりに変えてみた。ネットで調べて悪戦苦闘の末に完成したハーフテイルのアレンジ。たったこれだけでなんだか気持が高揚した。
「なに急に色気づいてるの。気色悪い」
笑う母を無視して、いつもよりメイクもきちんとして軽い足取りで職場に向かう。
誰か何か言ってくるだろうか。
ドキドキしながら席に着いたが、誰もメイクや髪型に触れてこなかった。
いつもと同じ、数分後には忘れてしまうような当たり障りのない会話。明日も明後日も、もしかすると一年後でも通じそうな話。唯一、営業の宮田だけが「あれ、髪型変えた?」と、興味の無さそうな顔で声を掛けてきた。その後に続いた言葉が「ところで、これ明日急にもってくことになったから納品準備大急ぎで頼むわ」だ。
なんか馬鹿みたい。
何もないまま昼になった。昼食を食べながら、なんとなく窓に視線を向ける。外は青く晴れて気持ちよさそうだ。引き換え、オフィスの中は淀んだ水で満たされた水槽みたい。どうしようもなく息苦しい。
「やっぱり広子、彼氏できたんでしょ」
今週のキミコイがと騒いでいた百合奈が、急ににやりとした。
これは攻撃だろうか。それとも世間話だろうか。武装めいたマスカラの奥の瞳は、どこか意地悪く光って見える。
「そんなことないけど、どうして」
「土曜日に駅で広子がやたら派手な赤いワンピース着てるの見ちゃったんだよね。デートの帰りかなって思ったんだけど」
「えっ、なになに。恋バナ? めずらしいじゃん、相田さんがさ」
ちょうど営業先から帰ってきた宮田が、サンドイッチ片手に乱入してくる。
「ちがうよ、百合奈。ちょっと知り合いと買い物に行ってて」
妙な後ろめたさを感じて、私は焦げた卵焼を闇雲に箸でつつきまわした。
「知り合いって女? 男? マツリじゃないよね。あの子、県外だし」
「両方だけど」
「どういう知り合い? 大学の友達とか」
「そういうわけじゃないけど」
まるで尋問だ。だんだん容疑者みたいな気持になってくる。でもなんの容疑だろう。職務怠慢罪? 身の程知らず罪? 百合奈にはなんの迷惑もかけていないはずなのに。
「急に髪型変えたり、メイクを変えたりしたのはその知り合いの影響?」
「まぁ、そんなとこかな」
笑顔に軽い口調で答えながら密かに奥歯を噛みしめる。変化に気づいて欲しいとは思ったが、こんな風に問い詰められたかったわけじゃない。
「相田さん、変な人に騙されたりしてない?」
「まさか」
葉月の唐突な一突きに面食らう。
「ほんとぉ? 広子はちょっと抜けてるから、私も心配」
百合奈がにやにやしながら便乗する。
「プライベートを充実させるのもいいけど、今みたいに仕事に支障があるようでは困るわ」
「だって。頑張りなよ、広子」
私は思わず憮然とした。二人とも私を一体なんだと思っているのだろう。二人よりもよっぽどたくさんの仕事をこなしているのに。胃がギリギリしてきた。さっき食べた卵焼きを吐き戻しそうだ。黙っていると宮田が口を開いた。
「いや、相田さんは頑張ってるだろ」
「あっ、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。いつもどうも」
宮田がそんなふうに思ってくれているとは意外だった。思わず礼を言った私に宮田もペコペコする。
「やだ、広子も宮田さんも変なのぉ」
そんな私たちに百合奈と葉月が鼻白んだ顔をしていた。それからもうさっきまでの会話なんて忘れたように、ドラマの話で盛り上がり始める。
でも、私にはシークレットベースがあるし。
あそこで歌っている時間こそ本当の人生なのだ。そう思ったら会社でのどんな嫌な出来事も笑い話にできてしまう。
「なに急に色気づいてるの。気色悪い」
笑う母を無視して、いつもよりメイクもきちんとして軽い足取りで職場に向かう。
誰か何か言ってくるだろうか。
ドキドキしながら席に着いたが、誰もメイクや髪型に触れてこなかった。
いつもと同じ、数分後には忘れてしまうような当たり障りのない会話。明日も明後日も、もしかすると一年後でも通じそうな話。唯一、営業の宮田だけが「あれ、髪型変えた?」と、興味の無さそうな顔で声を掛けてきた。その後に続いた言葉が「ところで、これ明日急にもってくことになったから納品準備大急ぎで頼むわ」だ。
なんか馬鹿みたい。
何もないまま昼になった。昼食を食べながら、なんとなく窓に視線を向ける。外は青く晴れて気持ちよさそうだ。引き換え、オフィスの中は淀んだ水で満たされた水槽みたい。どうしようもなく息苦しい。
「やっぱり広子、彼氏できたんでしょ」
今週のキミコイがと騒いでいた百合奈が、急ににやりとした。
これは攻撃だろうか。それとも世間話だろうか。武装めいたマスカラの奥の瞳は、どこか意地悪く光って見える。
「そんなことないけど、どうして」
「土曜日に駅で広子がやたら派手な赤いワンピース着てるの見ちゃったんだよね。デートの帰りかなって思ったんだけど」
「えっ、なになに。恋バナ? めずらしいじゃん、相田さんがさ」
ちょうど営業先から帰ってきた宮田が、サンドイッチ片手に乱入してくる。
「ちがうよ、百合奈。ちょっと知り合いと買い物に行ってて」
妙な後ろめたさを感じて、私は焦げた卵焼を闇雲に箸でつつきまわした。
「知り合いって女? 男? マツリじゃないよね。あの子、県外だし」
「両方だけど」
「どういう知り合い? 大学の友達とか」
「そういうわけじゃないけど」
まるで尋問だ。だんだん容疑者みたいな気持になってくる。でもなんの容疑だろう。職務怠慢罪? 身の程知らず罪? 百合奈にはなんの迷惑もかけていないはずなのに。
「急に髪型変えたり、メイクを変えたりしたのはその知り合いの影響?」
「まぁ、そんなとこかな」
笑顔に軽い口調で答えながら密かに奥歯を噛みしめる。変化に気づいて欲しいとは思ったが、こんな風に問い詰められたかったわけじゃない。
「相田さん、変な人に騙されたりしてない?」
「まさか」
葉月の唐突な一突きに面食らう。
「ほんとぉ? 広子はちょっと抜けてるから、私も心配」
百合奈がにやにやしながら便乗する。
「プライベートを充実させるのもいいけど、今みたいに仕事に支障があるようでは困るわ」
「だって。頑張りなよ、広子」
私は思わず憮然とした。二人とも私を一体なんだと思っているのだろう。二人よりもよっぽどたくさんの仕事をこなしているのに。胃がギリギリしてきた。さっき食べた卵焼きを吐き戻しそうだ。黙っていると宮田が口を開いた。
「いや、相田さんは頑張ってるだろ」
「あっ、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。いつもどうも」
宮田がそんなふうに思ってくれているとは意外だった。思わず礼を言った私に宮田もペコペコする。
「やだ、広子も宮田さんも変なのぉ」
そんな私たちに百合奈と葉月が鼻白んだ顔をしていた。それからもうさっきまでの会話なんて忘れたように、ドラマの話で盛り上がり始める。
でも、私にはシークレットベースがあるし。
あそこで歌っている時間こそ本当の人生なのだ。そう思ったら会社でのどんな嫌な出来事も笑い話にできてしまう。



