買い物も無事に終わったので、休憩がてらモールの一角にある喫茶店に入る。

「今日はありがと、ルナ、奏夜くん」

 化粧をしてお洒落なワンピースを着て、それだけでウキウキする。着飾るなんて無意味だと思っていたけど、とんでもない勘違いだった。

「ヒロはめんどくさいよね。手がかかるったらないわ」

 ルナがベリーとライムの浮かぶ炭酸をストローでかき混ぜ憎まれ口を叩く。もしかして照れているのだろうか。

「ルナもめんどくさいよ。素直じゃないし」
「うるさいな、ソウ。ソウもめんどくさいじゃん」
「じゃあ、私たちめんどくさい同盟だね」
「やだ、そんな同盟」

 ルナが膨れ面でそっぽを向く。

「うちの母親ね、周りの人が私を褒めるとすかさず貶すの。それで『お世辞を本気にするなんて』って笑うのね。小学校の絵画コンクールで銀賞だった時も『下手で子供らしいのがウケたのよ』って。テストで百点は当たり前だったし、歌だって……」

「ヒロは母親に褒めて欲しかったんだね」

 思わず零すと、透明な夜みたいな奏夜の瞳がじっと見つめ返してきた。

「うん、そうみたい」

 まただ、すとんと感情が胸の奥に落ちていく。急に泣きそうになって私は慌ててアイスティーを口に含んだ。爽やかな茶葉の匂いとともに、込み上げた感情を呑み込む。

「ごめんね。年下のルナたちにこんな愚痴みたいな」

「お互い親には苦労するよね」

 行儀悪くサイダーをブクブクしながらルナが呟く。
 ルナの母親はどんな感じなのだろう。聞いてみたかったが、聞いてもいいものかと迷ってしまう。距離感を上手く掴み切れていない自分がもどかしい。

「やっぱりコンタクトにしなよ。絶対、化けるから」

 迷っているうちにルナが話を変えた。
「マンガじゃあるまいし、大して変わらないよ」
 ほっとしたような残念な気分で返す。

「眼鏡もいいけど、確かに邪魔かもね」
「え?」

「綺麗な目なのに、レンズの向こうなのはもったいないから」

 奏夜がいきなり私の眼鏡を外して顔を覗き込む。吐息が掛かるほどの距離、免疫のない私の心臓がスタッカートを奏でだす。

「男は眼鏡よりコンタクトのほうが好きなんだから。キスする時にも邪魔でしょ」

 ルナがフンと鼻を鳴らして肩を竦める。

「なんでいきなりそういう話になるかな」

 恋愛話は苦手だ。奏夜いるから余計に気まずい。普通、女子トークは男の子のいない所でするものだ。だがルナはまったく気にしていないらしかった。

「歌うのに経験は欠かせないでしょ。ラブソングってやっぱり人気だし。歌手になるなら避けて通れないから。ねぇヒロ、彼氏はいるの?」

「そういうルナは?」

「いるに決まってるじゃん。そうだ、このあと水着買うの付き合ってよ」

 答えたくなくて質問で返したら、聞きたくもない答えが返ってきた。

「彼氏に今度、海に行こうって誘われてるの。ヒロもついでにビキニの一つでも買えば」

「いらないよ」

 良く言えばあけすけ。悪く言えばスレている。奏夜とルナの関係性はよく分からないが、こんな話よくできるなと呆れてしまう。
 あどけなさを残した美貌から熟れた女の匂いが漂ってくるような気がして、とたんに胸が悪くなる。歌手目指すなら、しばらく彼氏はダメなんじゃないの。アイドルではないとはいえ歌だけをウリにしないなら猶更でしょ。なんて嫌味まで飛び出しそうになって、私は慌ててストローをくわえた。

 なんだか気まずい。横目で奏夜を窺うと、気にもしていないのかいつもの涼しい顔をしていた。

 若い子の人間関係ってよく分からない。これがジェネレーションギャップというやつだろうか。心の中でそう逃げて深く考えないようにする。

 でも本当は、ルナや奏夜が何を考えているのか、自分のことをどんな風に思っているのか、もっと知りたかった。オーディションが終わるまでのとりあえずの同盟じゃない。もっとちゃんと――。

「あぁ、高校生に戻りたい」

「何言ってるの。五年は遅いって」
 テーブルに向かって脱力した私をルナが笑う。
リアルな数字に地味に傷ついた。月の女神さまは見た目よりもずっと残酷だ。近くに見えるのに遠くて、いくら手を伸ばしても決して届かない。

「そろそろ行こ」
 まだ冷たいアイスティを飲み干すと、私は伝票を手に立ちあがった。
「ゴチです」
 冗談めかして呟いたルナの声は、いっそ残酷なほど無邪気に響いた。