「想像通りイケてない私服だね」

 土曜日、待ち合わせ時間に来たルナの第一声に、私は脱力した。本当に失礼だ。

「というか、どうして奏夜くんまでいるの?」

「ダメだった?」
 奏夜が申し訳なさそうに首を竦める。

「ダメじゃないけど……」

 女子の買い物に男子高校生を付き合わせるのはどうだろう。本人がいいならいいけど。

「荷物持ちは必要でしょ。ほらさっさと行くわよ」

 アイロンでくるんと巻いた髪を揺らして、ルナが私の手を引く。ふんわりとしたシルエットのオフショルダーのトップスから覗く白い肩、タイトな黒のホットパンツから伸びる白い足が眩しい。奏夜は黒のパーカーに黒のジーンズと飾らない格好だが、スラリとして顔が整っているので、様になっている。
 地味な色合のカーディガンにガウチョパンツの私は、完全に引き立て役だ。

「ちょっと地味だったかな」

「ちょっとじゃない、ちょー地味、ダサイ」

 オブラート。思わず心の中で叫ぶ。

 三人並んで電車に揺られていると、なんだか視線が痛い。さしずめ私はイケてるカップルに紛れ込んだ異物だろうか。周囲から自分がどう見られているか想像すると怖い。
 でも三人で音楽について話しているうちに、そんなことはどうでもよくなっていく。なんだか学生時代をやり直しているみたいだ。本当に高校生だったらルナや奏夜みたいに目立つ子とは一緒にいれなかっただろうから、一層お得感がある。

 まもなく、海老名市の大型ショッピングモールに到着した。
 改装したばかりの店内は休日だけあって家族連れやカップルで賑わっている。若い女の子はみんな、自分よりもずっとお洒落で可愛く見えた。
 その中でもルナは飛び抜けて可愛い。やっぱりおこがましいなと隠れたくなってくる。そんな自分が本当は嫌だ。もっと自信を持ちたい。

「あっ、あの店良くない?」

 こちらの気も知らず、ルナがいかにも若者向けの店に足を向ける。

「いらっしゃいませぇ」

 甲高い声でにこやかに近付いてくるギャル風の店員にぺこぺこと頭を下げつつ、私は逃げるように華やかな服の影に隠れた。とにかく人がいない所へ逃げようとして、大きな鏡が目に入る。鏡の中の私は本当に地味で冴えない。ルナがいなければ店員から声もかけられなかっただろう。

「なに辛気臭い顔してるの?」
「私、浮いてる」
「別に気にしなくてもいいじゃん」
「……そうね」

 思わず項垂れる。みえみえの嘘で「そんなことないよ」と言って欲しかったわけではなが、まったくフォローされないのもショックだ。

「あっ、これなんかどう? なかなか似合うと思うけど」

 ぶつぶつ言う私に、ルナがパステルカラーのチュールスカートを合わせる。

「いや、これはちょっと。十代向けだよね」
「じゃあ、セクシー系」

 今度は胸元が大きく開いた黒いミニのワンピースを持ってくる。

「いやいやちょっと、これはいくらなんでも」
「エロ親父目線。絶対ダメ」

 奏夜が渋い顔で呟く。ほっとして私は頷いた。

「えぇ~。ヒロはおっぱい大きいしイケると思うけど。てゆーかまだ着てもないじゃん」

「選んでくれるのは嬉しいけど先に一つ。私、ルナみたいに美人じゃないから。こんな若いギャル向けの店、いきなりハードル高すぎるよ」

「そう? 童顔だし別に違和感ないけど。まぁ可愛い系だから、もっと甘い感じのほうがいいかな」

 不満げなルナの手を引き、私は逃げるように店を後にした。

 モールにはいくつものショップが並んでいる。これだけ店があれば一つくらいはお洒落かつ私でも着られる服があるだろう。そう思ったが甘かった。
 花嫁みたいな白いワンピース、ふんわりした淡い色合いのスカート、ヒラヒラのカットソー。どれも着るのに勇気がいる。実際、何着か着てみたが着られている感が半端ない。そこにルナや店員からスカスカの「可愛い」「似合ってる」を浴びせられ、ほとんど拷問だった。そろそろ本気で心が折れそうだ。

「いっそブラウスに黒いスカートじゃだめ? 清潔感あるし」

「却下。可愛い服のほうがテンション上がるでしょ。
今回のオーディションは歌が上手いだけじゃなく、スター性のある娘の発掘なんだから」

 オーディションの要項なんてそこまで読んでいなかった。ルナは私が思ったよりもずっと、いろいろ考えてオーディションに挑んでいるらしい。それだけ本気なのだ。

「ルナってもっとノリと素質だけで乗り切っていこうってタイプだと思った」

「なによ。セコイ計算してるっていいたいわけ?」

「逆。こつこつ地道に努力してすごいなって」

「急にへんなこと言わないでよ」

 ルナが白い頬がさっと朱に染める。見惚れるくらい可愛い。ぷいとそっぽを向いてしまうそのリアクションも、すごく様になっている。

「私がルナみたいな顔だったらなぁ」
「もー、ヒロはなんでそんなに自信ないかな」

 ルナがお手上げとばかりに両手を上げる。

「謙虚もそこまでいくと鬱陶しいんだけど」

「謙虚とかじゃなくて、私、小学校の時はよく男の子に間違われたんだよね」

「へぇ、意外。今はこんな乙女っぽい感じなのに」

「髪が長いからそう見えるだけだよ。でも本当はぜんぜん女の子らしくないの。母親に『ちびくろサンボみたい』ってよく笑われたんだから」

 母と服を買いに行ってスカートを選ぶと「杏那(あんな)ちゃんと違って、あんたって本当に女の子の服が似合わないわね。いっそ男の子だったらよかったのに」なんて言われて却下された。杏那ちゃんはクラスで一番の美少女だった。

「なにそれ、ムカつく」

 笑うかと思ったら、ルナはムッとした顔をした。

「ヒロはどうして、馬鹿にされてるのに怒らないわけ」
「えっと」
「私がそんなの嘘だって証明してあげる」

 あまりの怒りように戸惑う私の腕を掴み、ルナがきょろきょろする。

「あの店は?」

 奏夜がシックな服装が並ぶブティックを指さす。

「ナイスよ、ソウ」

 親指を立てると、ルナはそのまま突進するような勢いで私を引っ張っていった。

「ほら、このワンピースとか絶対似合うから。試着してきて。命令」

「えぇ~」

 強引だなぁと思いつつ、赤と白のワンピースを受け取り試着室に入る。
 スカート部分の透明感のある赤いグラデーションの生地が印象的だ。しなやかなひだが重なり、金魚の尾のように見える。長さも膝が隠れるくらいでちょうどよかった。

 まぁ、似合わないだろうけど。

 そう思いつつもワンピースに袖を通して、試着室から出る。

「一応、どう? かな……」

「やだ、可愛い。大きくて黒目がちな目してるし、金魚のお姫様って感じ」

「うん、金魚姫だ」

 ルナも奏夜も独特の言い回しだが、褒められているのだろうか。曖昧に笑う私にルナは続けた。

「ヒロさ、母親の言葉なんか真に受けちゃダメよ。私なんてママにブスって言われまくってるんだから」

「えっ、どこがブスなの。どこからどう見ても美少女じゃない。ルナのママの美的感覚狂いすぎ。てゆーか酷い! もしかして負け惜しみ?」

 本気で腹が立って捲し立てたら、奏夜が噴き出した。
 言い過ぎただろうかと我に返って窺うと、ルナは笑い転げていた。

「ほらね。親の言葉なんてあてにならないの。ねぇ、ヒロは少しでも努力した?」

「容姿は努力ではどうにもならないと思うけど……」

「そう言って何もしないのは怠けてるだけ。私が自信を持ってるのは可愛く生まれたからじゃない。努力してるからよ。雑誌買って、ファッションの勉強して、なけなしのおこずかいで化粧品買って頑張ってるの。ヒロはどう?」

「私だって少しは……」

「してないでしょ。母親に言われたこと鵜呑みにして、努力する前から自分には無理だってウジウジして。そんなんで可愛くなれるわけないじゃん」

 目から鱗だった。ルナのことを見た目で判断して、ただの自信過剰と思っていた自分が恥ずかしい。

「ごめん。ルナの言う通りだ。私、ファッション誌もろくに見たことない」
「服も見た目もどうでもいいと思うけど」
「ソウが入るとややこしいから黙ってて!」

 ルナにぴしゃりと言われ、奏夜が口を噤む。

「じゃあこの服はこのままお買い上げね。ついでに私が軽くメイクしてあげる」

 服の代金を払うや、強引にトイレの鏡の前に座らされる。

「目を閉じて、じっとしててよ。わぁ、お肌つるつる。羨ましい」

 ルナが溜息を吐きながら、柔らかな指先で私の瞼を撫でる。いつもこんなにたくさんのメイク道具を持ち歩いているのだろうか。小型のカミソリで眉毛を剃ってアイブロウで整え、目には涼しげな色のシャドウ、アイラインにビューラーにマスカラ、プロのメイクみたいに鮮やかな手つきだ。

「ハイ終わり。ほらね。カワイイは作れるんだから」

 肩を叩かれて目を開ける。鏡の中の自分は別人みたいだった。

「すごい。ルナって天才」

 コンプレックスの垂れ目をいかした色っぽいメイクに思わず見惚れる。自分の顔を見るのが楽しいと思ったのは初めてだ。

「もー、いつもどんな顔で仕事行ってるわけ?」

 ルナが呆れた顔で言った。

「悪かったわね。朝からがっつりメイクするヒマなんてないの」

「そんなこと言ったら干物女になるわよ。ヒロは元が可愛いんだから、もっとちゃんと自分を磨いてあげないと。髪型をちょっと変えるだけでも印象変わるんだよ。あと、コンタクトにしたらいいのに。大きな目がもったいないよ」

「コンタクトはちょっと。痛そうだし」
「慣れれば大丈夫だって。気が向いたら挑戦しなよ」
「努力あるのみ、だね」
「分ってるじゃない」

 二人で顔を見合わせて笑う。やっぱりルナは煌々と輝く満月だ。闇の中で縮こまっていじけていた私を照らしてくれる。