帰り道、空にはまだまだ丸い月が煌々と浮かんでいた。

「きれいな、月」
 黄金の輝きをルナがうっとりと見上げる。

「私は、昼間の月も好きだな」
「昼間の月?」
「うん。青い空に浮かぶ白い月」

 惑星の表面を晒した武骨な姿にどこか心を惹かれる。ルナのように闇に眩しく輝く夜の月じゃなくてもいい。せめて昼間の月になりたい。

「宇宙を感じるよね」
「へぇ、昼間にも月って出てるんだ。こんど探してみよ」
 頷いた奏夜にルナが目を丸くして言う。

「ねぇ、ルナはずっと歌手を目指してるの?」
「うん。歌は私にとって全てだから」
「全て、か」

 そんな風に言い切れるから、ルナの歌には力があるのだろうか。今からでも歌に全てをかけたら、自分もルナみたいにもっと多くの人の心を動かせるのだろうか。

「ところで、さっき私のこと『ルナ』って」

「あっ、ごめん。馴れ馴れしいよね」

 今日はやけにルナを近くに感じた。だから思わず呼んでしまった。

「謝んないでよ。むしろルナさんとか呼ばれるの、よそよそしくてヤダ」
「そっか、ごめん」
「ヒロはほんと、謝ってばっかだね」

 ルナの小さく笑う声を電車の音が掻き消した。駅まであっという間だった。

「ねぇ、明日、一緒に出掛けない?」
「どこへ?」
「買い物。服買いに行こう」
「もしかしてオーディションの衣装?」
「衣装ってほどじゃないけど、ヒロの私服って地味でダサそうだからオーディション用に可愛いのを見繕ってあげる」
「ああそう」

 ちょっと傷付いた。悪気はないのだろうけどルナの物言いはデリカシーに欠ける。

「どうせヒマでしょ。いいよね」
「分かった。お願いします」

 休日出勤で溜まった仕事を片付けようと思っていが、服がダサくてオーディションに落ちたと言われるのは嫌だ。

「じゃあまた明日、九時半に新松田駅で集合ね」

 ルナが無邪気に笑って奏夜の手を引き、反対方面の電車に乗り込む。

 二人はもしかして付き合っているのだろうか。去っていく車両を見送りながら、もうこちらを見ようともしないルナに、やっぱり遠いなと思った。