もしもあの時、母が「すごいね」と褒めてくれていたら。「やってみれば」と背中を押してくれていたら。もしかすると歌手になれたかもしれない――。
夢物語だと分かっている。でも後悔という刃物が未だに心を抉り続ける。
勇気を出して挑戦していれば結果はどうであれ、こんなふうに引きずらなかっただろう。しなかったことに対する後悔は巨大な風船と同じだ。もしもを糧に、どこまでも膨らんでいく。
私は滲む視界で低い天井を睨んだ。この天井は私の人生と同じだ。たかが知れている。
勉強していい大学に入り、銀行員や公務員など堅実な仕事に就く。人生の割と早い段階からそんな一種の諦めを抱いて、中途半端な努力で学業成績の維持に努めてきた。結果がこの窮屈な毎日だ。これではなんのために生きているのか分からない。
「情けないなぁ」
溢れそうになる涙を、目を見開いて押し留める。
過去はもう変えられない。でも未来ならまだ変わるかもしれない。
自分を励まし、散々練習したメロディを口ずさむ。そうしているうちに腹立ちと悲しみがほどけ、透明感のある寂しさが胸を撫でた。愛おしくすらあるその寂しさを、舌先で転がして音楽を紡ぐ。
「ヒロなら大丈夫」
奏夜はそう言い切ってくれた。そんな風に言われたのは初めてかもしれない。
私はAやSという歌手についてをググってみた。二人とも五十歳以上でデビューした歌手だった。
なんだかやる気が沸いてきた。奏夜にすぐにでも「ありがとう」と伝えたかった。
「でも、連絡先も知らないんだ」
今すぐ伝えたいのに。
そうだ歌だ。もしかするとすぐに伝わるかもしれない。
私は感謝をこめて歌い、すぐに動画をアップロードした。真っ黒な画面に響く声、そっけないけど仕方がない。
一仕事終えてふと外を見ると、笑っているような細い月が浮かんでいた。
ルナと奏夜に出会えて本当に良かった。この奇跡を終わらせないためにも今は練習あるのみだ。
繰り返し歌っているうちに、動画にコメントがついた。カナデさんからだった。
「ステキな歌をありがとう」
カナデさんが奏夜かは分からない。でも気持が伝わった気がした。
夢物語だと分かっている。でも後悔という刃物が未だに心を抉り続ける。
勇気を出して挑戦していれば結果はどうであれ、こんなふうに引きずらなかっただろう。しなかったことに対する後悔は巨大な風船と同じだ。もしもを糧に、どこまでも膨らんでいく。
私は滲む視界で低い天井を睨んだ。この天井は私の人生と同じだ。たかが知れている。
勉強していい大学に入り、銀行員や公務員など堅実な仕事に就く。人生の割と早い段階からそんな一種の諦めを抱いて、中途半端な努力で学業成績の維持に努めてきた。結果がこの窮屈な毎日だ。これではなんのために生きているのか分からない。
「情けないなぁ」
溢れそうになる涙を、目を見開いて押し留める。
過去はもう変えられない。でも未来ならまだ変わるかもしれない。
自分を励まし、散々練習したメロディを口ずさむ。そうしているうちに腹立ちと悲しみがほどけ、透明感のある寂しさが胸を撫でた。愛おしくすらあるその寂しさを、舌先で転がして音楽を紡ぐ。
「ヒロなら大丈夫」
奏夜はそう言い切ってくれた。そんな風に言われたのは初めてかもしれない。
私はAやSという歌手についてをググってみた。二人とも五十歳以上でデビューした歌手だった。
なんだかやる気が沸いてきた。奏夜にすぐにでも「ありがとう」と伝えたかった。
「でも、連絡先も知らないんだ」
今すぐ伝えたいのに。
そうだ歌だ。もしかするとすぐに伝わるかもしれない。
私は感謝をこめて歌い、すぐに動画をアップロードした。真っ黒な画面に響く声、そっけないけど仕方がない。
一仕事終えてふと外を見ると、笑っているような細い月が浮かんでいた。
ルナと奏夜に出会えて本当に良かった。この奇跡を終わらせないためにも今は練習あるのみだ。
繰り返し歌っているうちに、動画にコメントがついた。カナデさんからだった。
「ステキな歌をありがとう」
カナデさんが奏夜かは分からない。でも気持が伝わった気がした。



