本節では、児童へのアンケート結果を改めて振り返り、さらに児童・教職員への聞き取り調査を含め、考察を行う。
1)あなたは南小学校を舞台とした『学校の怪談』を、聞いたことがありますか?
はい 360名
いいえ 0名
本質問の目的は、児童が南小学校を舞台とした怪談に触れた経験の有無、つまり伝承の普及率を確認することである。これに対し、全員(360名)が「はい」と回答した。2012年度から2017年度まで、毎年60名の児童全員が「聞いたことがある」と答えたことになる。
さらに聞き取り調査においても、教職員を含めた回答は「はい」の割合が100%であった。このことから、南小学校における怪談は、児童のみならず教職員にも広く浸透していることが見受けられる。
2)「はい」と答えた場合、その怪談について教えてください。(いくつでも)
・トイレの怪談・・・「一階の男子トイレに、太郎君が出る」、「女子トイレの奥から三番目をノックすると花子さんがいる」など(360名)
・「ハギツグくん」(360名)
・教室での怪談・・・「教室で机を四角く並べると、真ん中が異次元に通じるようになる」、「教室の黒板の日直欄に、クラスにいない人の名前を書くと、次の日一人増える」など(209名)
・音楽室の怪談・・・「音楽室のベートーヴェン肖像画が睨む」、「誰もひいていないピアノから音がする」など(171名)
・プールにまつわる怪談・・・「プールの左端のレーンで足が引っ張られる」、「真夜中にプールで泳いでいる子供がいる」など(158名)
・廊下での怪談・・・「三階の廊下がループしている」、「廊下を上半身だけの女の人が腕で走っている」など(119名)
・校庭での怪談・・・「運動会のとき、徒競走で転ぶと呪われる」、「校庭の桜の下に死体がある」など(82名)
・図書館の怪談・・・「図書館に読むと死ぬ本がある」、「本を返すのを忘れると呪われる」など(64名)
・体育館での怪談・・・「誰もいない体育館からボールの音がする」、「体育館には隠し地下がある」など(44名)
本質問の目的は、語られる怪談の内容を収集し、特徴や傾向を確認することである。全体としては、全国的に伝えられている「学校の七不思議」に近しい印象を受けた。最も多い回答は、トイレの怪談と「ハギツグくん」(全員(360名))である。
トイレの怪談については、「トイレの花子さん」が回答の九割を占めている。「トイレの花子さん」は全国的に認知されている、学校の怪談の代表格だと考えられる。アンケートが南小学校を舞台とした怪談に限定していたにもかかわらず、回答に現れるのは、もともと「トイレの花子さん」と学校が密接な関係にあるためだと推察できる。
一方「ハギツグくん」は南小学校の児童での普及率は100%であるが、他の学校で語られることはない、特有の怪談であることが特徴である。「ハギツグくん」の詳細については四章で述べるが、アンケート実施後に行った聞き取り調査によれば、アンケート対象とならなかったクラスの児童も、「ハギツグくん」については知っていると答えた。
また、筆記式のアンケートではわからなかったが、直接話を聞いたことで、南小学校では「ハギツグくん」は「トイレの花子さん」よりも先に話題に上ることが判明した。児童にとって怪談が身近な存在であることは明白だが、「ハギツグくん」については、他の怪談と一線を画しているようだ。
3)あなたはそれらの怪談を、だれから聞きましたか?(いくつでも)
同じ学校の友達 360名
先生 360名
南小学校の上級生・下級生 202名
ほかの学校の友達 24名
兄弟・姉妹 127名
親 48名
その他 12名
本質問の目的は、南小学校の怪談の伝達がどのようなルートをたどっているのかを把握し、拡散経路と影響を探ることだ。南小学校の児童同士と、先生による伝達が最も多く、以下に南小学校の上級生・下級生と続いている。これらの回答から、南小学校における怪談は、世代や立場を問わず、学校内部で継続的に語られるものであることが推察される。
この回答をもとに、2015年度から2017年度にかけて、六年生の担任計12名からも聞き取りを行った。全員が自ら率先して怪談を話したことはない、と答えたものの、「ハギツグくん」については、毎年4月に六学年児童に向け注意喚起をする、と回答をした。ただし、この回答が児童たちが(1)において「はい」と答えたことに、直接は繋がらない点に注意が必要である。
4)あなたが各学年で聞いたことのある、「南小学校の怪談」を教えてください。(いくつでも)
(例 二年生のとき、トイレの花子さん/四年生のとき、音楽室の怪談 など)
一年生 58名 トイレ・体育館の怪談 他
二年生 72名 校庭・プールの怪談 他
三年生 104名 教室・音楽室の怪談 他
四年生 98名 図書館・廊下の怪談 他
五年生 219名 ハギツグくん 他
六年生 360名 ハギツグくん
本質問の目的は、学年ごとにおける怪談との接点を明らかにすることである。小学一、二年生では怪談に触れる機会は比較的希薄だが、中学年になると増え、最高学年になると全員が接点を持つことが特徴的だ。全体的に五年生までには、何らかの怪談を耳にしていることが推察される。南小学校の児童にとって怪談という伝承が、学校生活における一つの習慣となっている可能性を示している。
各学年で聞いた怪談については、一年生の段階で「トイレの怪談(主に花子さん)」を知る機会があるようだ。学校の怪談の定番ともいえる、花子さんの存在の大きさが読み取れる結果である。他の回答には、「音楽室の怪談」や「プールの怪談」などがあり、全国各地に伝わる怪談が、南小学校においても伝承されていることが推察される。
ところが、五年生になると「ハギツグくん」の怪談を聞く児童が爆発的に増加する。六年生に向けて4月に担任教師から、「ハギツグくん」の注意喚起が行われると(3)において記したが、児童たちはそれ以前に「ハギツグくん」に触れ、その存在を知っていることが確認できた。六年生において、回答者全員が「ハギツグくん」の怪談を聞いたと回答をしたことは、南小学校に通う児童であれば当然の結果と言える。
聞き取り調査では、五年生以上になると自然と「ハギツグくん」の怪談の存在が耳に入り、六年生では必ず触れることになる旨を児童・教職員が答えた。四年生までは「ハギツグくん」の怪談を知らなかったと答える児童が多数派であり、「ハギツグくん」は主に上級生の間で共有される怪談のようだ。
5)あなた自身は、だれかに怪談を話しましたか?
はい 224名
いいえ 116名
本質問の目的は、児童自身の怪談を語るという伝承行動が、積極的に行われているか、その広がりを見ることである。「はい」と答えたのは244名となった。およそ62%と、半数以上の児童が怪談を聞く側ではなく語る側に立っている。全体の大半の児童が、誰かに怪談を話した経験があることを示しており、怪談の共有が活発に行われていることが窺える。
口頭による聞き取りでは、「はい」と答えた児童のほうが多くの怪談を知っており、「いいえ」と答えた116名は、「トイレの花子さん」と「ハギツグくん」以外の怪談を知らない、あるいは興味がないと感じている児童が多かった。怪談に対し興味関心がある児童ほど、語り部となる傾向が高いと考えられる。
6)「はい」と答えた場合、あなたは怪談を話すとき、どんな気持ちですか?(いくつでも)
相手に面白いと思ってほしい 132件
相手をこわがらせたい 101件
相手に知ってほしい 154件
相手にじまんしたい 40件
相手と気持ちを共有したい 89件
その他 18件
本質問の目的は、怪談を語る際の動機や感情を明らかにし、語り部の心理的側面を検証することだ。最も多かった回答は、「相手に知ってほしい(154件/68.8%)」である。さらに「相手に面白いと思ってほしい(132件/58.9%)」が続き、「相手をこわがらせたい(101件/45.1%)」となっている。「自分たちの通う学校の怪談」という語りの内容から、面白さや恐怖を感じてほしいと語り部が考えることは予想できる。しかしその反面、「相手にじまんしたい(40件/17.9%)」が選択肢内では最も低いことから、自己表現というよりも、情報の共有の意味合いが強いことが読み取れる。
7)「いいえ」と答えた場合、あなたは怪談を聞いたとき、どのように感じますか?(いくつでも)
こわい 79件
おもしろい 67件
信じる 51件
疑う 14件
何とも思わない 22件
もっと聞きたい 27件
その他 116件
本質問の目的は、聞き手となった児童の感情の反応を把握し、怪談を受け取る側の心理的側面を探ることである。回答が多かった上位三つは、「こわい(79件/68.1%)」、「おもしろい(67件/57.8%)」、「信じる(51件/44.0%)」となっている。語り部となる児童は主に「知ってほしい、面白いと思ってほしい、こわがらせたい」と考えていることを踏まえると、聞き手である児童がその感情に応える形で感想を抱いていることになる。怪談を「信じる」と答えた児童は約44%と半数以下であった。
しかし、「その他」の回答欄に「ハギツグくんについては信じる」と記述した児童が116件となっており、回答者全員が「ハギツグくん」にのみ他の怪談と異なる印象を抱いていることが考えられる。
8)あなた自身が実際に見た、または聞いたことがある怪談はありますか?
はい 360名
いいえ 0名
本質問の目的は、噂話ではない実体験の有無を確認し、南小学校における怪談の深層を探ることである。「はい」と答えたのは全員(360名)、「いいえ」と答えた児童はいなかった。回答者全員が、怪談を体験したことがあるようだ。2012年度から2017年度の六年間の毎年、全員が体験している点に、南小学校における怪談の確固とした立ち位置が窺える。聞き取りを行った全児童もまた、実体験を持つと答え、さらに教職員への聞き取りでも同様の回答を得た。
9)「はい」と答えた場合、どのような怪談か教えてください。(いくつでも)
「ハギツグくん」 360名
本質問の目的は、直接体験した怪談の具体的な内容を収集し、児童と怪談との関係性を明らかにすることである。(8)の問いに「はい」と答えた児童が対象となるが、全員が対象となった。その回答はすべて「ハギツグくん」である。また、(8)同様聞き取りにおいても、児童・教職員の回答は「ハギツグくん」のみであった。南小学校では多くの怪談が伝承されているが、生活に密接に関係している怪談は、「ハギツグくん」に限定されていることを示唆している。
10)あなたの知っている怪談の中で、一番人に話したい・こわいものは何ですか? 理由も合わせて教えてください。(いくつでも)
「ハギツグくん」 360名
理由(抜粋)
「見たことがあるから」
「本当のことだから」
「実際に体験したし、他の学校の子に話すと驚いてもらえるから」
本質問の目的は、児童の知る怪談の中で最も存在感のある怪談を明らかにし、普段語り部とならない児童にも回答してもらうことで、南小学校における「学校の怪談」の話題性や恐怖の基準などを探ることである。複数回答が可能な設問であるが、回答は「ハギツグくん」の一件のみであった。その理由は「見たことがあるから」「本当のことだから」が主であり、実際に体験したことが、人に伝えたい動機の根源となっていると考えられる。
以上のアンケート結果は、南小学校における「学校の怪談」が、全児童だけでなく教職員にも浸透した、非日常ではなく、極めて日常的に接する伝承としての立場を確立していることを示している。特に「ハギツグくん」は、学校内で共有される怪談のひとつというよりも、実体を伴った情報という意味合いが強いことが窺える。
アンケート結果、および口頭による聞き取りにおいても、「ハギツグくん」を実際に体験したという回答率は100%だった。このことから、南小学校では「学校の怪談」は単なる噂話である一方で、「ハギツグくん」という一つの怪談に限り、関係者の全てが認識している存在であり、一種の学校の文化として語り継がれているのだと考えられる。
次章では、これらの結果に、2023年度に改めて行ったアンケートの結果を合わせ、南小学校における「学校の怪談」の変化の有無を探っていく。



