では、「ハギツグくん」とは何なのか、児童たちの間に流れる噂を見ていく。児童たちによれば、「ハギツグくん」らしき姿や声を見聞きした人物は一人もいないという。そのため広まっている話は、児童たちが「ハギツグくん」の張り紙や教員と保護者による注意喚起をもとに膨らませた怪談であり、その実態を反映したものではない。
「ハギツグくん」にまつわる怪談は、以下の内容である。
・「ハギツグくんに捕まると、人体模型とツギハギにされる」
・「ハギツグくんは体の一部がなくて、自分に合う体を探していて、見つけたら自分に縫い合わせる」
・「ハギツグくんに見つかると、捕まって、体を剥がされたりして、ツギハギにされる」
・「ハギツグくんは、生きていたころ体の弱い男の子で、いつも保健室にいた。だから、元気な子供を狙っている」
・「ハギツグくんは幽霊で、友達を欲しがっている。友達になってくれる人を探している」
「ハギツグ」という名称から、「剥ぐ」、そして「接ぐ」という連想がなされていることが、噂の内容から読み取れる。噂話の多くが「捕まると体をツギハギにされる」といった内容であり、「捕まった者が改造される恐怖」や、「体の欠損を補うために人を襲う恐怖」を感じていることがわかる。「ハギツグくん」を危険な存在と捉える傾向が高いようだ。
どのような姿をイメージするのか、2023年度に10名の児童(男女5名ずつ)に聞いた。児童たちが描く「ハギツグくん」の姿は、一般的な小学生男児のような姿をしているようだ。六年生男児程度の背丈と体格を持ち、黒髪の短髪、長ズボンと長袖のシャツを着ているイメージで一致していた。服の色については個人差があったが、概ね似通ったイメージを抱いていることが推察される。さらに、一部の児童によれば「ハギツグくんはハサミを所持している」という噂もあり、これが「ツギハギにされる」怪談のイメージと結びついていると考えられる。
他方、「ハギツグくん」の怪談は、「ハギツグくん」という怪異の存在と、「ハギツグくん」が来校することを知らせる第三者の存在が想像される。児童らは「ハギツグくん」と、張り紙をした人物・メールの送信者は別々の存在だと認識しているようだ。以下に注意喚起を行う存在に対する噂話を一部紹介する。
・「ハギツグくんを注意している人は、昔ハギツグくんに捕まった人。自分と同じ目に遭ってほしくないと思っている」
・「注意の張り紙とメールをしている人は、昔ハギツグくんの担任の先生だった。気を付けるよう言ってくれている」
・「注意してくれるのは、昔ハギツグくんに殺された人たちだから」
このように、「ハギツグくん」の存在への危機感が高い一方で、注意喚起を行う存在に恐怖感を抱いていない児童が多数派であることがわかる。流通している噂話から、注意喚起を行う人物は「ハギツグくん」のかつての犠牲者で、自分たちの二の舞にならないように張り紙やメールを提供しているのだと、児童たちが好意的に捉えていることが読み取れる。
2023年度、「ハギツグくん」の張り紙が確認されたのは、一回目が6月7日水曜日、二回目が6月13日火曜日、三回目が9月25日月曜日、四回目が11月16日木曜日、五回目が11月21日火曜日である。保護者向けメールにおいては、6月7日午前10時16分に受信、6月13日午後2時58分、9月25日午後1時05分に受信、11月16日午前11時28分に受信、11月21日午前10時42分に受信したという証言を得た。
2023年度に「ハギツグくん」の張り紙が最初に確認されたのは、6月7日である。発見した児童に、初めて「ハギツグくん」の張り紙を確認したときの心証を聞くと、まず「先生に知らせなきゃいけない」と考えたという。4月に担任から、「ハギツグくんの注意喚起の張り紙を見つけたら、すぐに先生に知らせるように」と言われていたことを覚えていたことが理由だった。報告を受けた担任教師は、「ハギツグくん」の張り紙を確認し、職員室に持ち帰ったという。
教員は、「ハギツグくん」の張り紙をシュレッダーで処分・廃棄している。何故「ハギツグくん」の張り紙を発見次第、廃棄する決まりがあるのか、六学年担当教員四名に聞き取りを行ったところ、「詳しいことは知らない。昔から決められていることだから」と答えた。そこで、2000年代初頭に勤務し、2020年代に再度南小学校に赴任した教員から話を聞くと、「聞いた話でしかないが、すぐに廃棄しなかったことで、問題が起きたことがあるらしい」と答えた。その問題について、詳細はわからなかった。
では、児童たちは「ハギツグくん」の注意喚起に対し、実際にどのような行動を取るのだろうか。聞き取り調査では、一部の児童は「ハギツグくん」の注意喚起を確認した翌日に、「実際にハギツグくんが来るか観察していた」と答えた。
例えば、11月21日に確認された張り紙には、「明日、ハギツグくんが来校します。一組前の廊下を横切ります。扉の窓にご注意ください」と書かれていたという。児童はその注意に従い、授業中や休み時間に、教室の扉を注視していたそうだ。教室の扉には窓がついており、扉を閉じた状態でも外側の廊下を窺うことが可能である。しかし、複数の児童が注視していても、「ハギツグくん」らしき姿は確認できなかった。このように、児童らの一部は「ハギツグくん」に対し、恐怖よりも好奇心を抱いているようだ。
この「ハギツグくん」の怪談で明らかとなっている部分は、張り紙とメールが存在していることだけであり、その他の証言はすべてイメージや聞いた話である。アンケートと聞き取りを行ったすべての人物が、「ハギツグくん」の怪談を見聞きしているが、その一方で、誰も「ハギツグくん」自身の姿や張り紙を張った人物を知らない、という二重構造になっているのである。
その実態は誰も確認できていない。しかし、アンケート・聞き取り調査に答えた児童・教職員・保護者の全員が、「ハギツグくん」の張り紙やメールを見たことがある、と答えたのは、他の怪談では見られない特異性である。
また、「ハギツグくん」はインターネット検索においても、検索結果が0件であり、南小学校にのみ伝わっている怪談であることは明らかだ。電話による調査であるが、近隣の東小学校・西部小学校へ聞き取りを行ったところ、「ハギツグくん」の怪談が伝わっていないことを確認できた。
南小学校とこの二校は、規模や開校年度に大きな違いはなく、歴史的・地理的にも特筆すべき相違点はなかった。何故南小学校にのみ「ハギツグくん」の怪談が語られているのか、東小学校・西部小学校ともに、理由に心当たりはないと答えている。
さらに「ハギツグくん」は、時代の変化にも対応していることが、学校からの配信メールに出現したことから窺うことができる。当初、六学年の児童が利用する「きずな掲示板」に限定されていた怪談が、2023年度には保護者向け配信メールにも出現するようになった。これは、怪談の伝播がデジタル環境へと拡張されたことを意味し、語りの場が拡大した顕著な例である。
南小学校が保護者向けに配信メールを開始したのは2012年度からであり、「ハギツグくん」の怪談は、コロナ禍以前にもメールに出現することができた。しかし、日常的に学校に児童がいたことで、掲示板に出現する怪異のままでいたのだろう。コロナ禍による環境の変化は、「学校の怪談」においても大きな転換点となったと言える。
かつての「不幸の手紙」(手紙を受け取った者は、指定の人数宛てに同じ文面の手紙を送らなければ、不幸になる)が、携帯電話の普及に伴って、「チェーンメール」に変容していたように、「学校の怪談」もまた、時代・環境の変化を受けて、怪談がより広く伝播する手段を選びながら進化していくのだろう。



