本節では、2012年度から2017年度の調査を「第一回調査」とし、今回の2023年度の調査を「第二回調査」とする。第一回調査と第二回調査では、アンケート内容に一部変更があるため、変更がない場合は内容の比較考察を行い、第一回調査にはなかった質問では単一の考察を行った。
 
 
 1)あなたは南小学校を舞台とした「学校の怪談」を、聞いたことがありますか?

 はい  60名
 いいえ  0名

 第一回調査では、「はい」が全員(360名)となり、「いいえ」の回答者はいなかった。第二回調査においても、「はい」が全員(60名)、「いいえ」が0名となった。

 コロナ禍では南小学校においても、オンラインによるリモート授業や、分散登校が実施されていた。第一回調査とは生活環境に大きな異変があったが、そのような特殊環境を過ごしながらも、「学校の怪談」が脈々と語り継がれていることを示している。


 2)「はい」と答えた場合、その怪談について教えてください。(いくつでも)

 ・トイレの怪談・・・「女子トイレの奥から三番目を三回ノックすると、花子さんが答える」など(60名)
 ・「ハギツグくん」(60名)
 ・教室での怪談・・・「四時四十四分に、四人で教室の四隅の壁に手をつくと、異次元に連れていかれる」、「テスト中、昔死んだ先生が見回っている」など(34名)
 ・廊下での怪談・・・「廊下を上半身だけの女の人が、腕で走って、下半身を探している」、「廊下がループしている」など(19名)
 ・音楽室の怪談・・・「音楽室で、夜になると幽霊が演奏会をする」、「ひとりでにピアノの音が鳴る」など(18名)
 ・電子機器の怪談・・・「授業中、タブレットでこっそり遊んでいると、呪いのメッセージが届く」、「消しても出てくる壁の染みがバーコード(著者注:二次元コード)になっていて、スマホで読み取ると変な写真がダウンロードされる」(7名)

 第一回調査と第二回調査を比較すると、最も顕著な点は「トイレの花子さん」と「ハギツグくん」が変わらず回答率が100%を維持していること、また新しくタブレット端末や二次元コードといった、電子機器を題材とした怪談が登場した点である。後者については、第一回においてはデジタル端末を持つ児童が少数派であったが、第二回調査までに大幅に増加したことが背景にあることが読み取れる。

 その他の怪談については、第一回調査で得られた回答と似通ったいわゆる「学校の怪談」で、多少バリエーションが増えた印象はあるものの、大きな変化は見られなかった。しかし、そのような定番の「学校の怪談」が、デジタル環境が常に身近にある環境になってもなお語られている点には、環境にどのような変化が訪れようと、学校という場所が子どもたちにとって変わらない空間であることを示唆している。

 実際に児童に話を聞くと、第一回調査同様、最も話題にのぼる怪談は「ハギツグくん」だった。教職員及び保護者への補強的調査においても、「ハギツグくん」のみが話題となる結果を得た。その他の怪談は、「一般的に流通する学校の怪談」という噂話程度の認識であるが、南小学校において「ハギツグくん」の怪談が、圧倒的な知名度と存在感を持っていることがわかる。第一回調査、第二回調査に共通して、「ハギツグくん」が世代と立場を問わない独自の存在であることが推察できる。


 3)あなたが「学校の怪談」を聞いたのは、対面ですか? それともオンライン(SNS・メッセージアプリなど)ですか?

 対面        49名
 オンライン      7名
 どちらも同じくらい  3名
 覚えていない     1名

 第二回調査で追加した質問である。対面と答えた児童がおよそ82%(49名)を占めており、対面で怪談が語られることが主流であることが判明した。対面である理由を直接聞き取ると、主に休み時間や放課後に教室で話題にすることが多く、児童同士がメッセージで怪談をやり取りをすることはまれであることがわかった。

 他方、教職員と保護者の間では、対面よりもオンラインで話題にするとの回答を複数得た。児童たちはほぼ毎日学校で直接顔を合わせるのに対し、教職員や保護者同士の交流は、オンラインが中心となるためだと考えられる。


 4)あなたはそれらの怪談を、だれから聞きましたか?(いくつでも)

 南小学校の同級生の友達  60件
 先生           60件
 南小学校の上級生・下級生 28件
 ほかの学校の友達      3件
 兄弟・姉妹        21件
 親            60件
 その他(具体的に)     2件

 第一回調査では、「南小学校の同級生の友達」、「先生」が回答率100%だった。第二回調査ではこれに加え、「親」が加わったことがわかる。この違いの大きな理由は、「ハギツグくん」にあるようだ。詳しくは次章で記すが、六学年に向けて教師が「ハギツグくん」の注意喚起をする際に、保護者宛てにも「ハギツグくん」に注意を促す旨のメールが送られることがわかっている。

 児童たちは学校から「ハギツグくん」の注意喚起を受け、さらに注意喚起のメールを受け取った保護者から、改めて注意を受ける構造のようだ。これによって、「親」を選択した児童が増えたのだろう。


 5)あなたが各学年で聞いたことのある、「南小学校の怪談」を教えてください。(いくつでも)

 一年生  10名  トイレの怪談 他
 二年生  14名  トイレ・廊下の怪談 他
 三年生  19名  教室の怪談 他
 四年生  17名  音楽室・電子機器の怪談 他
 五年生  47名  電子機器の怪談・ハギツグくん 他
 六年生  60名  ハギツグくん

 第一回調査、第二回調査の両方で、中学年で最も多い回答を得られた。低学年では花子さんを主にした「トイレの怪談」が最も聞く機会が多いようだ。中学年では教室や特別教室といった、特定の空間に関する怪談が増加している。また、電子機器の怪談が語られ始めるのは、四年生以上からであることが読み取れる。個人利用の端末を持つ児童が増えてくる年齢と、相関関係にある可能性が考えられる。

 さらに、六年生では回答が全て「ハギツグくん」に統一される点も、第一回調査と共通している。高学年になると定番の「学校の怪談」を話す児童が大幅に減り、「ハギツグくん」の怪談のみが扱われているようだ。聞き取り調査においても、「ハギツグくん」の怪談は、南小学校の児童ならば五年生までに多くの児童が聞くことになる、と複数の児童が答えた。


 6)あなた自身は、だれかに怪談を話しましたか?
 
 はい   42名
 いいえ  18名

 第一回調査では「はい」が全体の62.2%(224名)、「いいえ」が32.2%(116名)で、第二回調査では「はい」が70.0%(42名)、「いいえ」が30.0%(18名)と、横ばいと言える数値である。約七割の児童が積極的に怪談を語っていることから、怪談が身近な存在であると捉え、活発な伝承行動を行っている児童が多いことがわかる。

 また聞き取りを行った際、「いいえ」と答えた児童も、自分から話しだすことはないが、「ハギツグくん」について話題となったときには必ず会話に参加する、という生徒がほとんどだった。自発的に怪談を話すことをしない児童は、積極的な聞き手となる傾向にあるようだ。
 
 
 7)オンライン環境(SNS・メッセージアプリなど)で怪談を共有する場合、対面で共有する場合と比べて、どのような印象の違いがあると感じますか?

 回答例
 ・「リアルのほうが怖い気がする」
 ・「アプリで話をすることもあるけど、直接話したほうが盛り上がると思う」
 ・「直接聞いた話だと、人によって話すことが変わる。文字で書いてあると、同じ話をみんなで共有しやすい」
 ・「怪談を信じていないから、よくわからない。でもハギツグくんは、対面でもオンラインでも嫌な気分になる」

 第二回調査で追加した質問である。主に対面で怪談を話し合う場合、より怖さや盛り上がりを感じる児童が多いようだ。また対面では、発表会の練習や準備で学校にいつもより遅くまで残ったときや、修学旅行や林間学校などの特殊環境下で共有することを、ひとつの「定番の楽しみ」として捉えていることが、聞き取り調査で判明した。普段と異なる場所や条件で、対面で直接怪談を語ることが、怪談を共有したいと考えるに至る大きな要因なのだろう。

 他方、オンラインのテキストメッセージで共有する場合には、メッセージの文章として残るため、後から読み返せる、直接聞くより話がまとまっている、といった、デバイス上で記録に残る特性を長所として捉えている傾向があるようだ。また、怪談自体に興味が薄い児童らは、「ハギツグくん」の怪談以外について、印象に違いを感じないと回答している。


 8)あなた自身が実際に見た、または聞いたことがある怪談はありますか?
 
 はい   60名
 いいえ   0名

 第一回調査、第二回調査、共に「はい」の回答率が100%だった。聞き取り調査においても、怪談を実際に体験したという回答を、全員から得ている。教職員、保護者まで聞き取り対象を広げても、全員が体験したと答えた。南小学校においては、怪談がただの伝承ではなく、実体を伴った特殊な存在であることは明白である。


 9)「はい」と答えた場合、どのような怪談か教えてください。(いくつでも)
  (例 五年生のとき、一人で廊下を歩いていたら、だれもいないのに足音が聞こえた)

 回答例
 ・「六年生になってわかりました。ハギツグくんはいます。でも顔とかはわからないです」
 ・「ハギツグくんはだれも知らないけど、みんな知ってます」
 ・「六月と秋ごろ、ハギツグくんの注意を見た」
 ・「ハギツグくんが来る注意を見たけど、来なかったです」
 ・「六月と九月と十一月くらいにハギツグくんが来るってみんなで話しました」
 
 第一回調査同様、第二回調査においても回答は「ハギツグくん」のみであった。アンケートを実施した以外の児童への聞き取りにおいても、「ハギツグくん」の回答以外は得られず、さらに教職員、保護者も「ハギツグくん」の一件のみを回答した。以前と変わらず、「ハギツグくん」の怪談は南小学校にかかわる全員に、必ず認知されているようだ。
 
 
 10)あなたは体験した怪談を、どう思いますか?(いくつでも)
 
 こわい      41件
 おもしろい    17件
 わからない    60件
 何とも思わない  0件
 もっと聞きたい  53件
 その他      8件

 第二回調査で追加した質問である。回答は多い順に、「わからない(60件/100%)」、「もっと聞きたい(53件/88.3%)」、「こわい(41件/68.3%)」、「おもしろい(17件/28.3%)」、「その他(不安になる、落ち着かない気持ち)(8件/13.3%)」、「何とも思わない(0件/0%)」である。

 (9)の回答から「ハギツグくん」に対する全体の印象が、「わからない」が最多であり、かつ「もっと聞きたい」と思っている児童が多いことが特徴として読み取れる。聞き取り調査においても、「ハギツグくん」について「よくわからない存在」であることがわかった。そのわからなさゆえに、未知の存在に対する恐怖に繋がっていることが窺える。

 聞き取り調査範囲を教職員と保護者まで広げると、「ハギツグくん」はよくわからないもの、という印象が強いことがわかった。また、「ハギツグくん」が児童に対し悪影響を及ぼすのではないか、という心配の声も多く確認できた。全体的に、「ハギツグくん」の「わからなさ」が、恐怖や不安といった、他の感情をかきたてているようだ。


 以上のアンケート結果から、南小学校における「学校の怪談」が、「ハギツグくん」の一つの怪談に収束していっていることが窺える。多くの児童は五年生までに「ハギツグくん」の存在を知り、六年生では「ハギツグくん」以外の怪談を語らないまでになっている。また、学校側も「ハギツグくん」の注意喚起を行い、保護者へのメール配信も行っている。学校に出向く機会の少ない保護者まで、「ハギツグくん」を体験したことがあるという点に、その存在の特異性が窺えるだろう。

 このように、南小学校では「学校の怪談」がデジタル機器という新たな要素を交えながらも、伝承として連綿と語り継がれている。その一方で、高学年になると「ハギツグくん」に語る内容が収束していく傾向が見られた。「ハギツグくん」の怪談は、特異な怪談としての地位を確立しているのだと考えられる。

 そこで次章では、「ハギツグくん」について、その内容紹介を含めた考察を行っていく。