「はぁ……」
一週間、二週間、三週間。
書けない書けないと苦しいんでいる間にも、時間は容赦なく過ぎていく。小説の締め切りも着々と近づいていた。
「……」
本当は分かっている。
こんなにも書けないのは、文章にならないまま苦しいんでいるのは、あの日のことが引っかかっているからだ。
ずっと落ちないでいる胸のモヤモヤの原因は、乾先輩のこと。
例の小説、『クラウンの涙』はあの後、また菓子缶に戻し、棚に置いて紙を被せ、元通りにしておいた。
しかし、意識してしまうからなのか何なのか、私はその缶が、正確にはその缶の中身が気になって仕方なかった。
鞄からスマホを取り出し、電源を入れる。
決まって開くのは、文芸部の連絡用チャットだ。
私と乾先輩とのつながりは、文芸部しかない。きっと四月のあの日、帰宅部禁止だと言われなかったら、他の部の幽霊部員になっていたら、話すことはおろか顔を合わせることもなかった。
……ああ、そういえば、初めは幽霊部員を目指していたんだっけ。
数ヶ月前のことなのに、ひどく昔のことのように思えた。
文芸部に入部してからというもの、乾先輩に振り回されっぱなしだった。その間に、幽霊部員のことが頭から抜け落ちていたらしい。
「まあ……なんだかんだ……」
楽しいしなあ。
文句を言って、たまに辛辣なことも言ってみて、でも、なんだかんだ、乾先輩の隣は居心地が良くて。
このまま、乾先輩が部室に来ないのは、
「それは……嫌、だなあ……」
うん。嫌だ。嫌なんだ、私。
わがままだけど、今更だけど、私は、文芸部が好きだ。乾先輩のことも、まあ、嫌いじゃない。
明るくて、自由で、ちょっとその場任せだとか、適当なところもあって、ついでに汚部屋の主で。
でも小説に対しては真剣で、本が好きで、書きたくて書いてきた人。書かなきゃ生きていけなかった人。
乾先輩が何に悩んでいるのか、私はぼんやりとしか分からない。『クラウンの涙』のどこまでが本当で、どこからが嘘なのか、私には分からない。
でも、私は、
「……謝らないと」
本人が読んでいいと言っていたとはいえ、読まれることを想定していないものを読んでしまった。薄々気付いていたのに、見て見ぬふりをした。
私は乾先輩に、謝らないといけない。
だから、唯一乾先輩とつながれるこのチャットで一言でも謝れたら、と、思うのに。
いざ書こうとすると、うまく言葉にならない。無理に文章にしたとしても、それを送信する勇気がない。送信する前に、せっかく文章に昇華した思いを消してしまう。
皮肉なものだ。進まない小説、送れない言葉。
虚構も現実も、同じ結果なんて。
『生み出す苦しみと生み出す喜びは表裏一体』
いつだったか、乾先輩が言っていたことを思い出す。こんなに苦しいのに、この裏には本当に喜びがあるのだろうか。
「……もう、わかんないよ……なにも」
私は机に突っ伏して、目を閉じた。
こんな夢をみた。
知らない海を眺めながら、私は一人、白砂に座り込んでいる。
なんでここにいるんだったかなあ、とぼんやり考えていると、後ろから声をかけられた。
「りーんちゃんっ」
「……みすみ、ちゃん」
ふりかえると、私の知っている少女が、にこにこと私を見ていた。一つにまとめられた黒髪が、海風になびいている。
私がその名を呼ぶよりはやく、彼女の右手が私の右腕をつかんだ。思いのほか力が強く、私は腕を引かれ立ち上がる。
そして彼女に腕を引かれるまま、海辺を歩く。
「……ねぇ、みすみちゃん、どこに」
どこに、向かっているの。
問いかけた私の口は、突如走り出した彼女によって閉ざされる。ここはどこなんだろう、とぼんやり考えながら、彼女に合わせて私も走り出す。
どこに向かっているかは知らないが、まあ、彼女が行きたい場所なら、いいか。
そんな風に呑気に構えていると、彼女は急に方向を変えた。
視界が青く染まる。
私たちが走る先に見えるのは、……海。
「だめっ!」
思わずそう叫び、彼女につかまれていた右腕の、右手の指を精一杯のばして彼女の右腕をつかみ返す。間髪入れず、右腕を自分のほうに引き寄せた。
ザアァァ……と海が波打ち、二人の足が濡れる。私たちは、波打ち際に立ち尽くしていた。
よかった。
私は知らぬ間に詰めていた息を吐き出す。
本当に、よかった。
海の底はきっと、暗くて、冷たいから。
私は心底ほっとして、波が引いていくのを眺めていた。
正しいことをしたと思う。しかし、彼女の意思を無視したことへの罪悪感が、波とともに押し寄せてきた。
私はきっと、何度でも同じ選択をするだろう。してしまうだろう。
顔を上げられない。
しかし、私の思いとは裏腹に、彼女……いや、彼は言った。
「――凛君なら、そう言ってくれると思ってた」
哀しい笑顔の残像が、まだ視界の端にチラついている。
私はそっと目を開けた。
こんなタイミングで、あの子と乾先輩の夢をみるなんて。何か意味が隠されているのではないかと疑ってしまう。
もしかすると、私はあの子と乾先輩を同一視しているのかもしれない。
そうだとすれば、余計にどうすればいいのか分からなくなる。分からなくなる、けど。
私は机の上に投げ出されていたスマホを手繰り寄せ、もう一度起動させた。閉じる前と同じ、文芸部連絡用チャットの画面が開く。
私は一言二言打ち込み、少し迷ってから、青い送信ボタンを押した。
『先輩』
『海、行きませんか』
送ってすぐ既読がつき、乾先輩から返信があった。
『いつ、どこの海だ?』と。
乾先輩もこのチャットを開いて、迷っていたのだろうか。もしそうなら、私たちは似た者同士だな。
夏休みの間であればいつでも、どこでもいいと返すと、乾先輩は地図アプリのリンクを送ってきた。
『八月三十一日、この海で会おう』
八月のきつい日差しが、電車の中にも容赦なくふりかかる。
私は電車を乗り継いで、乾先輩が指定した海の近くの駅で降車した。走ってもいないのに、頬に汗がつたう。夏の残り香が漂う駅に、一人取り残されている気分だった。
しかし、そこまで悲観的にはならなかった。
電車を待っているらしい一人の女の子がいたおかげで、少なくとも私は一人きりではなかったから。本を読み続ける彼女の周りだけ、暑さを忘れたかのような空気が漂っていた。
その横をすれ違う時、ちらりとその題名を盗み見た。
『北原白秋詩集』。
……すごいの読んでるな。
駅を出て少し歩けば、すぐ海が見えてくる。
「……ついた」
着いてしまった。
目印の赤い自動販売機の前で、乾先輩が来るのを待つ。
乾先輩が来たら、私はどんな顔で何と言えばいいのだろうか。まずは謝罪だ。乾先輩の大事なものを勝手に見てしまったことを謝って、それで。
聞きたい。
知りたい。
乾先輩の、『本当』を。
でも、それは、
「よっ、凛君。久しぶりだなぁ!元気だったか?」
「…………先輩」
考え込んでいたせいで反応が遅れ、それまでの考えが全て吹き飛んだ。
久しぶりに見た乾先輩は、私が知っている乾先輩そのままだった。
「お久しぶりです。まあ元気ですよ、暑いけど」
「ははっ、八月ももう終わるんだがなぁ」
いや、むしろ八月の終わりだからか?と乾先輩は快活に笑う。
ああ、すっかりタイミングを逃してしまった。
私は肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめ、謝らなければ、言い出さなければ、と焦る。
はやく、はやく謝ってしまえ――
「なぁ、凛君」
言い出そうとした謝罪の言葉は、他でもない乾先輩に遮られた。
見入ってしまったのは、言葉を失ってしまったのは、夢で見たのと同じ光景が広がっていたから。
「少し、歩かないか?」
そう言う乾先輩は、哀しく笑っていた。
波の音だけが辺りを支配している。
私たちは無言で、海のそばを歩いていた。
手には、僅かな冷たさを残すサイダー。先ほどの自販機で、「熱中症対策に」と奢られたものだ。お金は持ってきていたのに、乾先輩が自分の分と合わせて払ってしまったのだ。意地でも後でお金は返すつもりでいる。
「……」
「……」
ずっと、無言。
海や白砂に目をやりながら無言で歩く先輩を見、私はその後ろを歩いている。乾先輩はただ静かに歩き続けるだけで。
「……っ、あの!」
ようやく意を決し、私は声を上げた。
振り返って私を見る乾先輩の目を、私は見つめ返す。
もう、逃げない。
「この間は、勝手に缶を開けて、先輩の大事なものを勝手に読んでしまって、ごめんなさい。私のせいで、先輩を嫌な気持ちにさせてしまって」
「あー、いいっていいって。そんな堅苦しい謝罪はなし!」
乾先輩はきっぱりと私の謝罪を断ち切る。
でも、と続けようとし、再び遮られた。
「確かに、あれは人に見られたいものではなかったよ。でも、本当に見られたくないなら、もっと他に置く場所はあった。そうだろ?わざわざ部室に置いて、自分でも何やってんだろって思ってたんだけど……見つけてほしかったのかもなぁ、俺」
見つけてほしかった。何を?
乾先輩が見つけてほしかったものを、私は本当に見つけられている?
……いや、まだ。まだ、乾先輩は。
ぐるぐると考え込む私を見て、乾先輩は口を開いた。
「……凛君。君はあれを読んで、どう思った?」
何かを覚悟したような声色だった。今更ながらに、あの缶の中に眠る独白のような文章は乾先輩の本心なのだと確信する。
どう思ったか。
あの話を、他でもない自分自身の『本当』を、どう思ったのか。
この問いの切実さに、私は言葉を失った。そして呆れた。
この人は、繊細すぎるんだ。あの子と同じように。
『寂しがり』。
奥村先輩の言っていたことを思い出す。一人ぼっちになりたくないから、この人は、こんな不器用な距離の測り方をしているんだろう。してきたんだろう。
「私は……」
きっと、この答えで全て決まる。
この答えが、これからの私と乾先輩の距離、関係性、どの面を見せる相手かを決める一手になる。
普通なら、間違えてはいけないと意気込むところだ。
でも、私には気の利いた回答なんてできない。
私の言葉は、誰も救わない。
「……分かりません。私から見た乾先輩は、明るくて、ずっと楽しそうで、悩みなんて一つもなさそうで……それなのに、あの小説では、本当は、ずっと苦しんで、悩み続けているみたいで。……分からないんです、何も」
先輩。乾先輩。あなたは、
「何に、縛られているんですか……」
救えないと分かっていながら聞くのは、どうがんばったって残酷だ。
でも、私はそうせずにはいられない。
私の頭の片隅に住み続けているあの子、彼女のことを忘れられない限りは、ずっと。
「……俺は」
乾先輩は視線を落とした。すがるように、ペットボトルを持つ右手に力を込めている。
「俺、は……」
言いたいことが胸の中で渦を巻いているのか、言い出すのをためらっているのか。
乾先輩は、いつかと同じ、迷子の子どもの顔をしていた。
八月の太陽が、これでもかとばかりに私たちを責め立てる。波の音が、私たちの静寂を埋めている。
先に口を開いたのは、私だった。
あまりに強く照りつける太陽から逃れ、私たちは海の近くの木陰に座り込んだ。
すでに冷たさを忘れたサイダーを開封する。
プシュッ、と音を立てて、炭酸が泡を生んだ。
「うわっ」
小さく上がった声に横を見れば、吹き出したサイダーの泡が乾先輩の手を濡らしていた。私のサイダーはかろうじて耐えている。
初めはおそるおそる、ある程度泡が落ち着いてきた頃には思いきり、私はサイダーを喉に流し込んだ。
緊張のせいか暑さのせいか、先ほどから渇きを訴えていた喉に心地よい刺激が広がる。乾先輩もなんとかサイダーを口にし、「ぬるいな」と呟いていた。返事をすべきかどうかと考えているうちに、乾先輩が「さっきの続きだけど」と語り出す。
「確かに、人から見た俺は、明るくて、悩みなんかなさそうな人間なんだろうと思うよ。凛君の言う通りだ。だけど、俺は、」
乾先輩の手に力が入る。
ペットボトルのへこむ音が虚しく響いた。
「本当の俺は……クラウンなんだ」
昔から、人とズレている気がしていた。
特別な根拠はない。人と話しているうちに、もともとの価値観というか、感性みたいなものがずいぶん食い違っていることに気が付いた。それだけ。
初めはそんなに気にかけていなかった。それなのに、だんだんと不安が積もっていったんだ。
俺は人と上手くやれるのか、とか。
つまらないやつだと、面白くないやつだと思われていないか、とか。
いつか周りが俺から離れていって、……俺は、一人ぼっちになるんじゃないか、とか。
どこからそんな考えが降って湧いたのかは分からない。いつの間にか、気が付いたら俺は、一人ぼっちになる未来に怯える少年になっていた。
馬鹿馬鹿しいだろう?でも、これが俺なんだ。影も形もない未来の孤独から逃れようと足掻く子ども、それが俺だった。
一人ぼっちにならないために、どうするか。
俺は考えた。寝ても覚めても、何をするにも付きまとう恐怖を追い払うために、俺ができること。
考えて考えて、たどり着いたのが「道化を演じること」だった。
人を惹きつけて離さない魅力を、「あいつは面白い」と言われるだけのものを持っていれば、一人ぼっちにはならないと思った。なり得ないと思った。
だから、俺は仮面を被った。演じ続けてきた。
面白くて、愉快で、底抜けに明るくて、一緒にいて退屈しないやつ。
周りにそう思われるように上手く立ち回って、笑わせて、お前馬鹿だなぁって笑わせて。
目論見は成功したよ。
一緒にいると楽しいと言ってくれるやつが集まって来て、俺は一人ぼっちになんかならなかった。
嬉しかった。
道化を続けていけば、孤独になんて一生ならないと思った。
……だけど、同時に、苦しくもあってさ。
なんでだろうな、望んでつけた仮面なのに、どうしようもなく苦しくて、哀しくて、いっそ外してしまいたいと思う日もあって。
誰かと話していても、今こいつと話しているのは俺じゃない、道化の仮面だ、と思ってしまうと、本当の俺は置いていかれているようで、一人ぼっちじゃないのに、寂しかった。
本当に馬鹿だよな。俺もそう思う。
これじゃ本末転倒、何の意味もない。
でも、今更仮面を外すなんてできなかった。
面白くて、愉快で、底抜けに明るくて、一緒にいて退屈しないやつ。
そんな馬鹿な道化師のまま、俺は生きていたんだ。生きてきたんだ。
転機が訪れたのは、小学六年生の頃。
町に来ていたサーカスを同級生と見に行った時のことだ。
俺はそこで、一人のピエロの涙を見た。
その辺りはあの小説の通りだ。ピエロの涙に共鳴した俺は、俺のできることで、哀しいものを哀しいままに、美しく描こうと思った。
俺は、『救われたがり』から『救いたがり』になった。ある意味で救われたんだ。
でも、それだけじゃ足りなかった。
誰にも見せることのない道化師の涙が積もりに積もって、俺を飲み込んでいった。
俺はクラウンの涙の海に、溺れていた。
海面は遥か遠く、太陽の光は届かない。
表面上は人に囲まれて楽しそうに笑っていても、俺は海の中で一人ぼっちだった。暗くて寂しくて、手を伸ばしても届かないと絶望して。
涙を流せば流すほど、俺は暗く冷たい海の底へ沈んでいった。
……ああ、そうだ、凛君。知ってるか?
『ピエロ』っていうのは、道化師、つまり『クラウン』の一種なんだ。日本じゃ、道化師=『ピエロ』ってのが一般的だけどな。本当は、道化師と『クラウン』が同義なんだ。
知らなかっただろ?
知らなかった。
いつも明るい乾先輩が、本当は孤独に怯え続けていたなんて。
何も、知らなかった。知ろうともしなかった。
クラウン。道化師。
孤独から逃れるための、乾先輩の武器。
……演じることは、本当の自分を見せないことは、悪いことなのか。
ふと頭をよぎったその考えに、私の何かがぐらついた。
本当の、私。
私は本当に、本当の私のことを知っているのだろうか?
――違う。今考えるべきは、乾先輩のことだ。
頭の片隅に膨らみ始めた疑念を打ち消すようにして、私は乾先輩のことを考えた。
乾先輩は、綺麗だ。
顔がいいとか、そんな意味ではなく、好かれたい、愛されたい、一人になりたくないと、必死に演じるクラウンの、乾先輩の、その姿。
その姿は、何よりも哀しく、愚かで、そして美しかった。
目の前の美しいクラウンは、静寂を埋めるようにサイダーを飲み下す。
「……」
こんな時、何と言えばいいのか。
やっぱり、私には分からなかった。正解なんてない気がして、さらに言葉が出てこなくなる。
でも、一つだけ。
一つだけ、聞いてみたいと思った。
息を吸い込む。できるだけ自然な声で、問う。
「乾先輩は、一人が、嫌で……誰かに必要とされたかった、ということですか?」
サイダーをあおる手が止まり、乾先輩は静かにペットボトルを下ろした。
「そうなのかなぁ……そう、だったのかもしれないな」
答えるというより、心の声が零れるような口調だった。
「……私は、話を聞いていても、先輩の苦悩が分かりません。でも」
「でも?」
不思議そうに私の顔をのぞき込む乾先輩の声が、ひどく優しかったから。
「でも、一人ぼっちになりたくないのは、それは、……分かります」
気が付けば、私は、誰にも話すつもりのなかったことを、私の本音を、乾先輩に打ち明けていた。
本当のことを言うと、私、小説を書いたことがあったんです。文芸部に入るよりずっと前。小学生の頃の話です。
私は昔から本を読むのが好きで、お話を考えるのが好きでした。そんな私が小説を書くようになるのは、自然な流れでした。……もっとも、中学生に上がる頃には書かなくなりましたけど。
どうして書かなくなったのか?
簡単な話、私が小説を書いたって無意味だと悟ったからです。
私の言葉では誰も救えないと、分かってしまったからです。
私には、一人の親友がいました。
野辺美墨。
優しすぎるくらい優しくて、繊細で、周りをよく見ている女の子です。彼女の隣は居心地が良くて、面倒見のいい彼女のそばは私にとって、安心できる場所でした。
今思えば、私は彼女に甘えすぎていました。本当の姉のように慕って、わがままもたくさん言いました。
彼女が悩んでいることに、気付きもしないで。
「死にたい」
ある日、彼女はぽつりとそう零しました。
二人きりの、下校中のことでした。
私は思いもよらない言葉に気が動転して、そんなこと言わないで、どうしてそう思うの、と問いかけることしかできなかった。
後から調べて分かったんですけどね、「死にたい」と思う人に「そんなこと言わないで」は禁句なんですよね。否定しないで話を聞く、これが常套手段なんだって。小学生の私はそんなこと、一つも知らずに、彼女の言葉を初めに否定してしまった。
後悔しても時は戻らないってことくらい知ってます。でも、それでも、時が戻ってくれたらと思わずにはいられません。
唯一の救いは、彼女の言葉を即座に否定してしまった私に、彼女は話をしてくれたことですね。彼女の話を聞けば、色々なことが重なって「死にたい」という発言につながったことが分かりました。
両親の不仲、クラスの男子からの暴言、見た目へのコンプレックス、将来への不安。
自分なんかが生きていていいのか分からない、と彼女は言いました。
自分なんかが生きていたって仕方ない、それならいっそ、死んでしまいたい、と。
彼女の悩みを聞いて、私は力になりたいと思いました。当然です。大事な親友で、姉のように慕っている彼女が悩んでいると言うなら、妹たる私が支えたかったから。
でも、家族の問題も容姿コンプレックスも、未来のことも、私には手の出しようがありませんでした。
私はただの小学生だったから。
ただ物書きの真似事をしているだけの、世間知らずの子どもだったから。
暴言も、こちらがやめてと言ったところで止まることはありません。それは私も身を以て知っていました。私も「バカ」だの「アホ」だの言われていましたから。これに関しては、犬に吠えられているようなものだと思う他ありませんでした。言い返せば言い返すほど面白がって悪口を重ねる男子がいたものだから、私は「あんなやつの悪口なんて気にすることないよ」「そのうち興味なくして、言ってこなくなるから」なんて、ズレたアドバイスしかできませんでした。
そんな言葉がほしい訳ではないと、それだけは分かるのに、何を言えばいいのか、具体的なことが何一つ分からなかったんです。
そして何より、どうして「死にたい」とまで思うのか、私には分かりませんでした。
実際に経験していないからだろうと思うことにしていましたが、死を望む彼女の気持ちが、私には分かりませんでした。
死んだら、それで終わりです。
死んだら好きなこともできないし、好きな本も読めないのに、どうして死にたいと思うのか。
確かに、生きていれば辛いこともあります。でも、私は死にたいとまでは思いません。だから、彼女の気持ちが、一つも分からなかった。
さすがに口にはしませんでしたが、この疑問が、ずっと私の中に残り続けました。
「死にたい」「どうやったら楽に死ねるかな」と零す親友に、かける言葉を見つけられなかったのも、これが原因だったんだと思います。
「もう少しだけ生きてみようよ」
「私は死んでほしくない」
「死ぬのはきっと痛いよ」
「きっと苦しいよ」
なんとかして彼女をつなぎとめるのに必死で、死を望む彼女自身の気持ちは見えないふりをしていました。きっと今だけだと、一瞬の気の迷いだと思い込んで、彼女にありったけの言葉を手渡しました。
私は、……私は、一人ぼっちになりたくないから、彼女を生かそうと躍起になっていたんです。
なにが親友だ。
自分勝手な思いばかりを優先して、彼女の気持ちに寄り添わなかったくせに。
変えるために動いていれば、何かが変わったかもしれないのに。
中学校に上がってクラスが離れ、私と彼女が話すことは減りました。しかし、中学三年生でクラスが同じになり、また昔のような仲に戻りました。
そして、彼女が「死にたい」と言うことはなくなっていました。
「彼女……美墨ちゃんは、私とは別の高校に進学しました。今も連絡は取っていて、楽しく高校生活を過ごせているらしいです」
でも、その裏でまた苦しんでいないか、不安になってしまう。
それに。
「初めは、時間が解決してくれたんだと思って、それまで死を先延ばしにして良かったんだと思っていたんです。でも、少しずつ、不安になってきたんです」
傷つきやすい繊細な彼女が、優しすぎる彼女が、周りに傷を見せないように上手く隠しているだけなのではないか。
本当は解決なんてしていなくて、今も悩み続けているのではないか。
「私の身勝手さのせいでもありますけど、私は、言葉の無力さを痛いほど感じました。私の言葉は誰も救わない。誰にも響かない。むしろ傷つけてしまうんじゃないかと思うと、何も言えなくなってしまって……」
救いたいと思って小説を書く乾先輩とは大違い。
私は自分の言葉の無力さを知って、小説を捨てた。本を読むことだけは嫌いになれなかったけれど、自分でお話を考えることはなくなった。
私の言葉は、誰も救わないと知ってしまったから。無意味なんだと、気付いてしまったから。
そして、下手をすれば、誰かを傷つけてしまうと思ったから。
「乾先輩。『死にたい』と思う人を引き止めるのは、『生きてほしい』と願うのは……間違っているんでしょうか」
ずっと、知りたかった。
ずっと、吐き出してしまいたかった。
何が正解で何が間違いか、分からなかった。
「死にたい」と思うその気持ちを否定するのも、肯定するのも、どちらも正解には思えなくなっていた。間違いとも思えなかった。
ぐらぐら揺れる世界の中で、それでも平気そうな顔で、平気なふりで生きてきた。私は大丈夫だと言い聞かせて、生きてきた。
無自覚のクラウン。
私は無自覚に、自分すらもだまして、演じていたんだ。無自覚クラウン。なんてお似合いなんだろう。なんて滑稽なんだろう。乾先輩のような美しいクラウンなんて、私は持っていやしない。
私は、馬鹿げた滑稽さと踊る無自覚のクラウンだったんだ。
「まぁ、確かに正解ではないかも知れんが……別に間違いでもないだろ」
「…………え、」
一陣の風が、木陰に吹き込む。木々がざわざわと葉を揺らす。
『間違いでもない』。
私は、乾先輩の言葉を信じられない思いで受け取った。
どうして。それは本当?何を根拠に、そんなことを。
言いたいことが、私の胸の中で渦を巻いていた。
ずいぶん久しぶりの感覚だ。
何を言えばいいのか。何が正解なのか。
それが分からなかった。ずっと、迷い続けていたのに。
「だってそうだろう?死にたいっていうのは本当なんだろうけどな。……なぁ、凛君。『生きてほしい』なんて言われて、嬉しくない人間がいるのか?俺だったら喜ぶんだが」
まぁそこは人それぞれかもしれないけどな、と乾先輩はあっけらかんと言い切る。
「俺はさ、時々、『こうすれば死ねるかも』なんて考えがよぎるよ。何もかもに疲れて、全部終わらせてしまいたい時なんて、特に。悩みなんて人それぞれだし、死にたい理由だって色々あるし、ほしい言葉なんてそれこそ一人一人違ってくる。だがまぁ少なくとも、『生きてほしい』なんていう最大の愛の告白、そこまで嫌がるやつもそうそういないんじゃないか?」
「…………あ、愛の告白?」
いきなり何を言い出すのだと乾先輩を見やれば、キョトンとした顔が返ってくる。
「え、だってそうだろう?『死にたい』っていう相手の願いを叶えられないほど生きてほしくて、そいつのそばにいたくて、これからもずっと、そいつに会いたくて、話がしたい。『生きてほしい』ってのは、そういうことじゃないのか?」
すとん、と何かが腑に落ちた。
ずっと、その言葉を探していた気がする。
そうか。
私は、彼女に生きていてほしかった。
彼女のそばにいたかった。
彼女のいない明日は、想像することさえできなかった。彼女は、美墨ちゃんは、私にとってかけがえのない存在だったから。
そうか。そうだったんだ。
私は、明日も、生きている彼女に会いたかったんだ。
一ヶ月後も一年後も、ずっとずっと未来まで。美墨ちゃんに会いたかった。美墨ちゃんの『死にたい』気持ちを否定してでも、生きてほしいと思った。一緒に、生きていきたいと思った。
そう、ただ、それだけだった。
きっと、これは正しい答えではない。
でも、間違いでもないんだって、信じたい。
彼女に、生きてほしいと思ったこと。これは、私の“ほんとう”なのだから。
「あっ、ちょっ、凛君!?ごめん、俺何か変なこと言った!?」
急にあたふたし出す乾先輩を不思議に思って眺めていると、続いて「なんで泣いてんの!?」と素っ頓狂な悲鳴が上がった。
「え、私、泣いてなんか……」
頬に触れた手が、熱い水滴に濡れる。
汗かと思ったが、確かにそれは、私の目の端から流れているらしかった。
ごめんほんとごめん、と謝りながらハンカチを探し、ポケットに手を突っ込む乾先輩。その必死な姿を見ていると、何だか笑えてきて。
「……くっ、あはははっ!」
突然笑い出した私に驚きつつ、大丈夫らしいと察した乾先輩も、つられて笑い出した。
二人のクラウンの涙と、笑い声が夏の空に溶けていった。
海風が木々を揺らし、葉が音を立てる。それに合わせて、影が揺れた。
……ああ、今なら、書けるかもしれない。
ずっと封じ込めていた小説の構想が、頭の中で渦を巻いていた。
海、砂浜、生きていること。
いつだったか、私の書く小説を読んで、「面白い」と言ってくれた彼女に届くような、そんな小説を書こう。
数年後の私から、あの頃のあなたに、とびきりの言葉を贈ろう。何年経っても色褪せないような、人の心に残り続ける物語を贈ろう。
そして、あの頃の私も丸ごと救うような、とびきり面白い小説を書いてみせよう。
炭酸の抜け始めたサイダーは夏の最後の日差しを浴びて、しゅわしゅわと輝いていた。
一週間、二週間、三週間。
書けない書けないと苦しいんでいる間にも、時間は容赦なく過ぎていく。小説の締め切りも着々と近づいていた。
「……」
本当は分かっている。
こんなにも書けないのは、文章にならないまま苦しいんでいるのは、あの日のことが引っかかっているからだ。
ずっと落ちないでいる胸のモヤモヤの原因は、乾先輩のこと。
例の小説、『クラウンの涙』はあの後、また菓子缶に戻し、棚に置いて紙を被せ、元通りにしておいた。
しかし、意識してしまうからなのか何なのか、私はその缶が、正確にはその缶の中身が気になって仕方なかった。
鞄からスマホを取り出し、電源を入れる。
決まって開くのは、文芸部の連絡用チャットだ。
私と乾先輩とのつながりは、文芸部しかない。きっと四月のあの日、帰宅部禁止だと言われなかったら、他の部の幽霊部員になっていたら、話すことはおろか顔を合わせることもなかった。
……ああ、そういえば、初めは幽霊部員を目指していたんだっけ。
数ヶ月前のことなのに、ひどく昔のことのように思えた。
文芸部に入部してからというもの、乾先輩に振り回されっぱなしだった。その間に、幽霊部員のことが頭から抜け落ちていたらしい。
「まあ……なんだかんだ……」
楽しいしなあ。
文句を言って、たまに辛辣なことも言ってみて、でも、なんだかんだ、乾先輩の隣は居心地が良くて。
このまま、乾先輩が部室に来ないのは、
「それは……嫌、だなあ……」
うん。嫌だ。嫌なんだ、私。
わがままだけど、今更だけど、私は、文芸部が好きだ。乾先輩のことも、まあ、嫌いじゃない。
明るくて、自由で、ちょっとその場任せだとか、適当なところもあって、ついでに汚部屋の主で。
でも小説に対しては真剣で、本が好きで、書きたくて書いてきた人。書かなきゃ生きていけなかった人。
乾先輩が何に悩んでいるのか、私はぼんやりとしか分からない。『クラウンの涙』のどこまでが本当で、どこからが嘘なのか、私には分からない。
でも、私は、
「……謝らないと」
本人が読んでいいと言っていたとはいえ、読まれることを想定していないものを読んでしまった。薄々気付いていたのに、見て見ぬふりをした。
私は乾先輩に、謝らないといけない。
だから、唯一乾先輩とつながれるこのチャットで一言でも謝れたら、と、思うのに。
いざ書こうとすると、うまく言葉にならない。無理に文章にしたとしても、それを送信する勇気がない。送信する前に、せっかく文章に昇華した思いを消してしまう。
皮肉なものだ。進まない小説、送れない言葉。
虚構も現実も、同じ結果なんて。
『生み出す苦しみと生み出す喜びは表裏一体』
いつだったか、乾先輩が言っていたことを思い出す。こんなに苦しいのに、この裏には本当に喜びがあるのだろうか。
「……もう、わかんないよ……なにも」
私は机に突っ伏して、目を閉じた。
こんな夢をみた。
知らない海を眺めながら、私は一人、白砂に座り込んでいる。
なんでここにいるんだったかなあ、とぼんやり考えていると、後ろから声をかけられた。
「りーんちゃんっ」
「……みすみ、ちゃん」
ふりかえると、私の知っている少女が、にこにこと私を見ていた。一つにまとめられた黒髪が、海風になびいている。
私がその名を呼ぶよりはやく、彼女の右手が私の右腕をつかんだ。思いのほか力が強く、私は腕を引かれ立ち上がる。
そして彼女に腕を引かれるまま、海辺を歩く。
「……ねぇ、みすみちゃん、どこに」
どこに、向かっているの。
問いかけた私の口は、突如走り出した彼女によって閉ざされる。ここはどこなんだろう、とぼんやり考えながら、彼女に合わせて私も走り出す。
どこに向かっているかは知らないが、まあ、彼女が行きたい場所なら、いいか。
そんな風に呑気に構えていると、彼女は急に方向を変えた。
視界が青く染まる。
私たちが走る先に見えるのは、……海。
「だめっ!」
思わずそう叫び、彼女につかまれていた右腕の、右手の指を精一杯のばして彼女の右腕をつかみ返す。間髪入れず、右腕を自分のほうに引き寄せた。
ザアァァ……と海が波打ち、二人の足が濡れる。私たちは、波打ち際に立ち尽くしていた。
よかった。
私は知らぬ間に詰めていた息を吐き出す。
本当に、よかった。
海の底はきっと、暗くて、冷たいから。
私は心底ほっとして、波が引いていくのを眺めていた。
正しいことをしたと思う。しかし、彼女の意思を無視したことへの罪悪感が、波とともに押し寄せてきた。
私はきっと、何度でも同じ選択をするだろう。してしまうだろう。
顔を上げられない。
しかし、私の思いとは裏腹に、彼女……いや、彼は言った。
「――凛君なら、そう言ってくれると思ってた」
哀しい笑顔の残像が、まだ視界の端にチラついている。
私はそっと目を開けた。
こんなタイミングで、あの子と乾先輩の夢をみるなんて。何か意味が隠されているのではないかと疑ってしまう。
もしかすると、私はあの子と乾先輩を同一視しているのかもしれない。
そうだとすれば、余計にどうすればいいのか分からなくなる。分からなくなる、けど。
私は机の上に投げ出されていたスマホを手繰り寄せ、もう一度起動させた。閉じる前と同じ、文芸部連絡用チャットの画面が開く。
私は一言二言打ち込み、少し迷ってから、青い送信ボタンを押した。
『先輩』
『海、行きませんか』
送ってすぐ既読がつき、乾先輩から返信があった。
『いつ、どこの海だ?』と。
乾先輩もこのチャットを開いて、迷っていたのだろうか。もしそうなら、私たちは似た者同士だな。
夏休みの間であればいつでも、どこでもいいと返すと、乾先輩は地図アプリのリンクを送ってきた。
『八月三十一日、この海で会おう』
八月のきつい日差しが、電車の中にも容赦なくふりかかる。
私は電車を乗り継いで、乾先輩が指定した海の近くの駅で降車した。走ってもいないのに、頬に汗がつたう。夏の残り香が漂う駅に、一人取り残されている気分だった。
しかし、そこまで悲観的にはならなかった。
電車を待っているらしい一人の女の子がいたおかげで、少なくとも私は一人きりではなかったから。本を読み続ける彼女の周りだけ、暑さを忘れたかのような空気が漂っていた。
その横をすれ違う時、ちらりとその題名を盗み見た。
『北原白秋詩集』。
……すごいの読んでるな。
駅を出て少し歩けば、すぐ海が見えてくる。
「……ついた」
着いてしまった。
目印の赤い自動販売機の前で、乾先輩が来るのを待つ。
乾先輩が来たら、私はどんな顔で何と言えばいいのだろうか。まずは謝罪だ。乾先輩の大事なものを勝手に見てしまったことを謝って、それで。
聞きたい。
知りたい。
乾先輩の、『本当』を。
でも、それは、
「よっ、凛君。久しぶりだなぁ!元気だったか?」
「…………先輩」
考え込んでいたせいで反応が遅れ、それまでの考えが全て吹き飛んだ。
久しぶりに見た乾先輩は、私が知っている乾先輩そのままだった。
「お久しぶりです。まあ元気ですよ、暑いけど」
「ははっ、八月ももう終わるんだがなぁ」
いや、むしろ八月の終わりだからか?と乾先輩は快活に笑う。
ああ、すっかりタイミングを逃してしまった。
私は肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめ、謝らなければ、言い出さなければ、と焦る。
はやく、はやく謝ってしまえ――
「なぁ、凛君」
言い出そうとした謝罪の言葉は、他でもない乾先輩に遮られた。
見入ってしまったのは、言葉を失ってしまったのは、夢で見たのと同じ光景が広がっていたから。
「少し、歩かないか?」
そう言う乾先輩は、哀しく笑っていた。
波の音だけが辺りを支配している。
私たちは無言で、海のそばを歩いていた。
手には、僅かな冷たさを残すサイダー。先ほどの自販機で、「熱中症対策に」と奢られたものだ。お金は持ってきていたのに、乾先輩が自分の分と合わせて払ってしまったのだ。意地でも後でお金は返すつもりでいる。
「……」
「……」
ずっと、無言。
海や白砂に目をやりながら無言で歩く先輩を見、私はその後ろを歩いている。乾先輩はただ静かに歩き続けるだけで。
「……っ、あの!」
ようやく意を決し、私は声を上げた。
振り返って私を見る乾先輩の目を、私は見つめ返す。
もう、逃げない。
「この間は、勝手に缶を開けて、先輩の大事なものを勝手に読んでしまって、ごめんなさい。私のせいで、先輩を嫌な気持ちにさせてしまって」
「あー、いいっていいって。そんな堅苦しい謝罪はなし!」
乾先輩はきっぱりと私の謝罪を断ち切る。
でも、と続けようとし、再び遮られた。
「確かに、あれは人に見られたいものではなかったよ。でも、本当に見られたくないなら、もっと他に置く場所はあった。そうだろ?わざわざ部室に置いて、自分でも何やってんだろって思ってたんだけど……見つけてほしかったのかもなぁ、俺」
見つけてほしかった。何を?
乾先輩が見つけてほしかったものを、私は本当に見つけられている?
……いや、まだ。まだ、乾先輩は。
ぐるぐると考え込む私を見て、乾先輩は口を開いた。
「……凛君。君はあれを読んで、どう思った?」
何かを覚悟したような声色だった。今更ながらに、あの缶の中に眠る独白のような文章は乾先輩の本心なのだと確信する。
どう思ったか。
あの話を、他でもない自分自身の『本当』を、どう思ったのか。
この問いの切実さに、私は言葉を失った。そして呆れた。
この人は、繊細すぎるんだ。あの子と同じように。
『寂しがり』。
奥村先輩の言っていたことを思い出す。一人ぼっちになりたくないから、この人は、こんな不器用な距離の測り方をしているんだろう。してきたんだろう。
「私は……」
きっと、この答えで全て決まる。
この答えが、これからの私と乾先輩の距離、関係性、どの面を見せる相手かを決める一手になる。
普通なら、間違えてはいけないと意気込むところだ。
でも、私には気の利いた回答なんてできない。
私の言葉は、誰も救わない。
「……分かりません。私から見た乾先輩は、明るくて、ずっと楽しそうで、悩みなんて一つもなさそうで……それなのに、あの小説では、本当は、ずっと苦しんで、悩み続けているみたいで。……分からないんです、何も」
先輩。乾先輩。あなたは、
「何に、縛られているんですか……」
救えないと分かっていながら聞くのは、どうがんばったって残酷だ。
でも、私はそうせずにはいられない。
私の頭の片隅に住み続けているあの子、彼女のことを忘れられない限りは、ずっと。
「……俺は」
乾先輩は視線を落とした。すがるように、ペットボトルを持つ右手に力を込めている。
「俺、は……」
言いたいことが胸の中で渦を巻いているのか、言い出すのをためらっているのか。
乾先輩は、いつかと同じ、迷子の子どもの顔をしていた。
八月の太陽が、これでもかとばかりに私たちを責め立てる。波の音が、私たちの静寂を埋めている。
先に口を開いたのは、私だった。
あまりに強く照りつける太陽から逃れ、私たちは海の近くの木陰に座り込んだ。
すでに冷たさを忘れたサイダーを開封する。
プシュッ、と音を立てて、炭酸が泡を生んだ。
「うわっ」
小さく上がった声に横を見れば、吹き出したサイダーの泡が乾先輩の手を濡らしていた。私のサイダーはかろうじて耐えている。
初めはおそるおそる、ある程度泡が落ち着いてきた頃には思いきり、私はサイダーを喉に流し込んだ。
緊張のせいか暑さのせいか、先ほどから渇きを訴えていた喉に心地よい刺激が広がる。乾先輩もなんとかサイダーを口にし、「ぬるいな」と呟いていた。返事をすべきかどうかと考えているうちに、乾先輩が「さっきの続きだけど」と語り出す。
「確かに、人から見た俺は、明るくて、悩みなんかなさそうな人間なんだろうと思うよ。凛君の言う通りだ。だけど、俺は、」
乾先輩の手に力が入る。
ペットボトルのへこむ音が虚しく響いた。
「本当の俺は……クラウンなんだ」
昔から、人とズレている気がしていた。
特別な根拠はない。人と話しているうちに、もともとの価値観というか、感性みたいなものがずいぶん食い違っていることに気が付いた。それだけ。
初めはそんなに気にかけていなかった。それなのに、だんだんと不安が積もっていったんだ。
俺は人と上手くやれるのか、とか。
つまらないやつだと、面白くないやつだと思われていないか、とか。
いつか周りが俺から離れていって、……俺は、一人ぼっちになるんじゃないか、とか。
どこからそんな考えが降って湧いたのかは分からない。いつの間にか、気が付いたら俺は、一人ぼっちになる未来に怯える少年になっていた。
馬鹿馬鹿しいだろう?でも、これが俺なんだ。影も形もない未来の孤独から逃れようと足掻く子ども、それが俺だった。
一人ぼっちにならないために、どうするか。
俺は考えた。寝ても覚めても、何をするにも付きまとう恐怖を追い払うために、俺ができること。
考えて考えて、たどり着いたのが「道化を演じること」だった。
人を惹きつけて離さない魅力を、「あいつは面白い」と言われるだけのものを持っていれば、一人ぼっちにはならないと思った。なり得ないと思った。
だから、俺は仮面を被った。演じ続けてきた。
面白くて、愉快で、底抜けに明るくて、一緒にいて退屈しないやつ。
周りにそう思われるように上手く立ち回って、笑わせて、お前馬鹿だなぁって笑わせて。
目論見は成功したよ。
一緒にいると楽しいと言ってくれるやつが集まって来て、俺は一人ぼっちになんかならなかった。
嬉しかった。
道化を続けていけば、孤独になんて一生ならないと思った。
……だけど、同時に、苦しくもあってさ。
なんでだろうな、望んでつけた仮面なのに、どうしようもなく苦しくて、哀しくて、いっそ外してしまいたいと思う日もあって。
誰かと話していても、今こいつと話しているのは俺じゃない、道化の仮面だ、と思ってしまうと、本当の俺は置いていかれているようで、一人ぼっちじゃないのに、寂しかった。
本当に馬鹿だよな。俺もそう思う。
これじゃ本末転倒、何の意味もない。
でも、今更仮面を外すなんてできなかった。
面白くて、愉快で、底抜けに明るくて、一緒にいて退屈しないやつ。
そんな馬鹿な道化師のまま、俺は生きていたんだ。生きてきたんだ。
転機が訪れたのは、小学六年生の頃。
町に来ていたサーカスを同級生と見に行った時のことだ。
俺はそこで、一人のピエロの涙を見た。
その辺りはあの小説の通りだ。ピエロの涙に共鳴した俺は、俺のできることで、哀しいものを哀しいままに、美しく描こうと思った。
俺は、『救われたがり』から『救いたがり』になった。ある意味で救われたんだ。
でも、それだけじゃ足りなかった。
誰にも見せることのない道化師の涙が積もりに積もって、俺を飲み込んでいった。
俺はクラウンの涙の海に、溺れていた。
海面は遥か遠く、太陽の光は届かない。
表面上は人に囲まれて楽しそうに笑っていても、俺は海の中で一人ぼっちだった。暗くて寂しくて、手を伸ばしても届かないと絶望して。
涙を流せば流すほど、俺は暗く冷たい海の底へ沈んでいった。
……ああ、そうだ、凛君。知ってるか?
『ピエロ』っていうのは、道化師、つまり『クラウン』の一種なんだ。日本じゃ、道化師=『ピエロ』ってのが一般的だけどな。本当は、道化師と『クラウン』が同義なんだ。
知らなかっただろ?
知らなかった。
いつも明るい乾先輩が、本当は孤独に怯え続けていたなんて。
何も、知らなかった。知ろうともしなかった。
クラウン。道化師。
孤独から逃れるための、乾先輩の武器。
……演じることは、本当の自分を見せないことは、悪いことなのか。
ふと頭をよぎったその考えに、私の何かがぐらついた。
本当の、私。
私は本当に、本当の私のことを知っているのだろうか?
――違う。今考えるべきは、乾先輩のことだ。
頭の片隅に膨らみ始めた疑念を打ち消すようにして、私は乾先輩のことを考えた。
乾先輩は、綺麗だ。
顔がいいとか、そんな意味ではなく、好かれたい、愛されたい、一人になりたくないと、必死に演じるクラウンの、乾先輩の、その姿。
その姿は、何よりも哀しく、愚かで、そして美しかった。
目の前の美しいクラウンは、静寂を埋めるようにサイダーを飲み下す。
「……」
こんな時、何と言えばいいのか。
やっぱり、私には分からなかった。正解なんてない気がして、さらに言葉が出てこなくなる。
でも、一つだけ。
一つだけ、聞いてみたいと思った。
息を吸い込む。できるだけ自然な声で、問う。
「乾先輩は、一人が、嫌で……誰かに必要とされたかった、ということですか?」
サイダーをあおる手が止まり、乾先輩は静かにペットボトルを下ろした。
「そうなのかなぁ……そう、だったのかもしれないな」
答えるというより、心の声が零れるような口調だった。
「……私は、話を聞いていても、先輩の苦悩が分かりません。でも」
「でも?」
不思議そうに私の顔をのぞき込む乾先輩の声が、ひどく優しかったから。
「でも、一人ぼっちになりたくないのは、それは、……分かります」
気が付けば、私は、誰にも話すつもりのなかったことを、私の本音を、乾先輩に打ち明けていた。
本当のことを言うと、私、小説を書いたことがあったんです。文芸部に入るよりずっと前。小学生の頃の話です。
私は昔から本を読むのが好きで、お話を考えるのが好きでした。そんな私が小説を書くようになるのは、自然な流れでした。……もっとも、中学生に上がる頃には書かなくなりましたけど。
どうして書かなくなったのか?
簡単な話、私が小説を書いたって無意味だと悟ったからです。
私の言葉では誰も救えないと、分かってしまったからです。
私には、一人の親友がいました。
野辺美墨。
優しすぎるくらい優しくて、繊細で、周りをよく見ている女の子です。彼女の隣は居心地が良くて、面倒見のいい彼女のそばは私にとって、安心できる場所でした。
今思えば、私は彼女に甘えすぎていました。本当の姉のように慕って、わがままもたくさん言いました。
彼女が悩んでいることに、気付きもしないで。
「死にたい」
ある日、彼女はぽつりとそう零しました。
二人きりの、下校中のことでした。
私は思いもよらない言葉に気が動転して、そんなこと言わないで、どうしてそう思うの、と問いかけることしかできなかった。
後から調べて分かったんですけどね、「死にたい」と思う人に「そんなこと言わないで」は禁句なんですよね。否定しないで話を聞く、これが常套手段なんだって。小学生の私はそんなこと、一つも知らずに、彼女の言葉を初めに否定してしまった。
後悔しても時は戻らないってことくらい知ってます。でも、それでも、時が戻ってくれたらと思わずにはいられません。
唯一の救いは、彼女の言葉を即座に否定してしまった私に、彼女は話をしてくれたことですね。彼女の話を聞けば、色々なことが重なって「死にたい」という発言につながったことが分かりました。
両親の不仲、クラスの男子からの暴言、見た目へのコンプレックス、将来への不安。
自分なんかが生きていていいのか分からない、と彼女は言いました。
自分なんかが生きていたって仕方ない、それならいっそ、死んでしまいたい、と。
彼女の悩みを聞いて、私は力になりたいと思いました。当然です。大事な親友で、姉のように慕っている彼女が悩んでいると言うなら、妹たる私が支えたかったから。
でも、家族の問題も容姿コンプレックスも、未来のことも、私には手の出しようがありませんでした。
私はただの小学生だったから。
ただ物書きの真似事をしているだけの、世間知らずの子どもだったから。
暴言も、こちらがやめてと言ったところで止まることはありません。それは私も身を以て知っていました。私も「バカ」だの「アホ」だの言われていましたから。これに関しては、犬に吠えられているようなものだと思う他ありませんでした。言い返せば言い返すほど面白がって悪口を重ねる男子がいたものだから、私は「あんなやつの悪口なんて気にすることないよ」「そのうち興味なくして、言ってこなくなるから」なんて、ズレたアドバイスしかできませんでした。
そんな言葉がほしい訳ではないと、それだけは分かるのに、何を言えばいいのか、具体的なことが何一つ分からなかったんです。
そして何より、どうして「死にたい」とまで思うのか、私には分かりませんでした。
実際に経験していないからだろうと思うことにしていましたが、死を望む彼女の気持ちが、私には分かりませんでした。
死んだら、それで終わりです。
死んだら好きなこともできないし、好きな本も読めないのに、どうして死にたいと思うのか。
確かに、生きていれば辛いこともあります。でも、私は死にたいとまでは思いません。だから、彼女の気持ちが、一つも分からなかった。
さすがに口にはしませんでしたが、この疑問が、ずっと私の中に残り続けました。
「死にたい」「どうやったら楽に死ねるかな」と零す親友に、かける言葉を見つけられなかったのも、これが原因だったんだと思います。
「もう少しだけ生きてみようよ」
「私は死んでほしくない」
「死ぬのはきっと痛いよ」
「きっと苦しいよ」
なんとかして彼女をつなぎとめるのに必死で、死を望む彼女自身の気持ちは見えないふりをしていました。きっと今だけだと、一瞬の気の迷いだと思い込んで、彼女にありったけの言葉を手渡しました。
私は、……私は、一人ぼっちになりたくないから、彼女を生かそうと躍起になっていたんです。
なにが親友だ。
自分勝手な思いばかりを優先して、彼女の気持ちに寄り添わなかったくせに。
変えるために動いていれば、何かが変わったかもしれないのに。
中学校に上がってクラスが離れ、私と彼女が話すことは減りました。しかし、中学三年生でクラスが同じになり、また昔のような仲に戻りました。
そして、彼女が「死にたい」と言うことはなくなっていました。
「彼女……美墨ちゃんは、私とは別の高校に進学しました。今も連絡は取っていて、楽しく高校生活を過ごせているらしいです」
でも、その裏でまた苦しんでいないか、不安になってしまう。
それに。
「初めは、時間が解決してくれたんだと思って、それまで死を先延ばしにして良かったんだと思っていたんです。でも、少しずつ、不安になってきたんです」
傷つきやすい繊細な彼女が、優しすぎる彼女が、周りに傷を見せないように上手く隠しているだけなのではないか。
本当は解決なんてしていなくて、今も悩み続けているのではないか。
「私の身勝手さのせいでもありますけど、私は、言葉の無力さを痛いほど感じました。私の言葉は誰も救わない。誰にも響かない。むしろ傷つけてしまうんじゃないかと思うと、何も言えなくなってしまって……」
救いたいと思って小説を書く乾先輩とは大違い。
私は自分の言葉の無力さを知って、小説を捨てた。本を読むことだけは嫌いになれなかったけれど、自分でお話を考えることはなくなった。
私の言葉は、誰も救わないと知ってしまったから。無意味なんだと、気付いてしまったから。
そして、下手をすれば、誰かを傷つけてしまうと思ったから。
「乾先輩。『死にたい』と思う人を引き止めるのは、『生きてほしい』と願うのは……間違っているんでしょうか」
ずっと、知りたかった。
ずっと、吐き出してしまいたかった。
何が正解で何が間違いか、分からなかった。
「死にたい」と思うその気持ちを否定するのも、肯定するのも、どちらも正解には思えなくなっていた。間違いとも思えなかった。
ぐらぐら揺れる世界の中で、それでも平気そうな顔で、平気なふりで生きてきた。私は大丈夫だと言い聞かせて、生きてきた。
無自覚のクラウン。
私は無自覚に、自分すらもだまして、演じていたんだ。無自覚クラウン。なんてお似合いなんだろう。なんて滑稽なんだろう。乾先輩のような美しいクラウンなんて、私は持っていやしない。
私は、馬鹿げた滑稽さと踊る無自覚のクラウンだったんだ。
「まぁ、確かに正解ではないかも知れんが……別に間違いでもないだろ」
「…………え、」
一陣の風が、木陰に吹き込む。木々がざわざわと葉を揺らす。
『間違いでもない』。
私は、乾先輩の言葉を信じられない思いで受け取った。
どうして。それは本当?何を根拠に、そんなことを。
言いたいことが、私の胸の中で渦を巻いていた。
ずいぶん久しぶりの感覚だ。
何を言えばいいのか。何が正解なのか。
それが分からなかった。ずっと、迷い続けていたのに。
「だってそうだろう?死にたいっていうのは本当なんだろうけどな。……なぁ、凛君。『生きてほしい』なんて言われて、嬉しくない人間がいるのか?俺だったら喜ぶんだが」
まぁそこは人それぞれかもしれないけどな、と乾先輩はあっけらかんと言い切る。
「俺はさ、時々、『こうすれば死ねるかも』なんて考えがよぎるよ。何もかもに疲れて、全部終わらせてしまいたい時なんて、特に。悩みなんて人それぞれだし、死にたい理由だって色々あるし、ほしい言葉なんてそれこそ一人一人違ってくる。だがまぁ少なくとも、『生きてほしい』なんていう最大の愛の告白、そこまで嫌がるやつもそうそういないんじゃないか?」
「…………あ、愛の告白?」
いきなり何を言い出すのだと乾先輩を見やれば、キョトンとした顔が返ってくる。
「え、だってそうだろう?『死にたい』っていう相手の願いを叶えられないほど生きてほしくて、そいつのそばにいたくて、これからもずっと、そいつに会いたくて、話がしたい。『生きてほしい』ってのは、そういうことじゃないのか?」
すとん、と何かが腑に落ちた。
ずっと、その言葉を探していた気がする。
そうか。
私は、彼女に生きていてほしかった。
彼女のそばにいたかった。
彼女のいない明日は、想像することさえできなかった。彼女は、美墨ちゃんは、私にとってかけがえのない存在だったから。
そうか。そうだったんだ。
私は、明日も、生きている彼女に会いたかったんだ。
一ヶ月後も一年後も、ずっとずっと未来まで。美墨ちゃんに会いたかった。美墨ちゃんの『死にたい』気持ちを否定してでも、生きてほしいと思った。一緒に、生きていきたいと思った。
そう、ただ、それだけだった。
きっと、これは正しい答えではない。
でも、間違いでもないんだって、信じたい。
彼女に、生きてほしいと思ったこと。これは、私の“ほんとう”なのだから。
「あっ、ちょっ、凛君!?ごめん、俺何か変なこと言った!?」
急にあたふたし出す乾先輩を不思議に思って眺めていると、続いて「なんで泣いてんの!?」と素っ頓狂な悲鳴が上がった。
「え、私、泣いてなんか……」
頬に触れた手が、熱い水滴に濡れる。
汗かと思ったが、確かにそれは、私の目の端から流れているらしかった。
ごめんほんとごめん、と謝りながらハンカチを探し、ポケットに手を突っ込む乾先輩。その必死な姿を見ていると、何だか笑えてきて。
「……くっ、あはははっ!」
突然笑い出した私に驚きつつ、大丈夫らしいと察した乾先輩も、つられて笑い出した。
二人のクラウンの涙と、笑い声が夏の空に溶けていった。
海風が木々を揺らし、葉が音を立てる。それに合わせて、影が揺れた。
……ああ、今なら、書けるかもしれない。
ずっと封じ込めていた小説の構想が、頭の中で渦を巻いていた。
海、砂浜、生きていること。
いつだったか、私の書く小説を読んで、「面白い」と言ってくれた彼女に届くような、そんな小説を書こう。
数年後の私から、あの頃のあなたに、とびきりの言葉を贈ろう。何年経っても色褪せないような、人の心に残り続ける物語を贈ろう。
そして、あの頃の私も丸ごと救うような、とびきり面白い小説を書いてみせよう。
炭酸の抜け始めたサイダーは夏の最後の日差しを浴びて、しゅわしゅわと輝いていた。
