【──生徒会、今期役員紹介。会長・東山 優真】
「はっ、はい!」
椅子を引くような音と共に、マイク越しに名前を呼ばれた東山が返事をするのが聞こえる。珍しく緊張を隠しきれていない声音に思わず笑みがこぼれた。
──姿が見えずとも断言出来る。
──俺の恋人は今日も可愛い。
「随分と締まりのない顔だな、安西」
横からそう茶化しながらやって来て、俺が座る長椅子に二人分空けて腰掛けたのは北川辺だ。
「東山くんが見たらなんと言うかな?」
「『そんな会長も素敵です』、だろう」
「前向きと言うべきか呑気と呼ぶべきか悩ましいところだ」
東山が生徒会長選挙に当選してから約一週間後。体育館にて行われた俺たち生徒会の三年生役員と風紀委員会委員長……つまり北川辺の任期満了に伴う引退式が終わり、後継の就任式に切り替わったところだ。彼らと入れ替わるようにステージからこの舞台袖にはけた後、南條と間壁は早々にそれぞれのクラスの列に戻って行ったが、俺は東山をはじめとした後輩たちの近くにいてやりたくてここに残った。北川辺もきっと、同じ気持ちなのだと思う。
【副会長・甘利 旬】
「はい!!!」
次に名前を呼ばれた甘利が豪快な返事を体育館中に轟かせ、それを聞き届けた北川辺が僅かに目を伏せた。
【会計・勅使河原 涼、書記・金城 傑──】
その後は生徒会のよく知る後輩たちの名前が淡々と呼ばれ、中心となる役職が出揃うとアナウンスが松原先生から風紀委員の顧問に替わる。
【続いて、風紀委員会役職紹介。委員長・祖父江 明久】
「……新生徒会長は顔に似合わず大胆なことをする。任命権を行使してまで敵対組織の者を引き入れ、代わりに腹心の友を手放すとは」
祖父江が返事をするのと同じタイミングで、北川辺は再び口を開く。
……奴の言う通り、生徒会長になったことで各役職に就く生徒を選ぶことが出来る任命権を与えられた東山はまず甘利を副会長に指名し──すると必然的に空く風紀委員長の席に祖父江が座ることを提言した。
「しかし意図するところは分かる。来春から服装に関する校則が緩和されるにあたり、新しい指導要領を作り上げていく上で風紀委員の知識と経験は非常に有用だ。甘利に投票した生徒たちに対し、そちらの方針も無視せず取り入れていくという意思表示にもなる。……何より入れ替えという形で東山くんの息がかかった者を風紀委員の長に据えれば、自然な流れでこれまで風紀委員がソーシャルメディア部を通じて手に入れた全校生徒の情報を丸々握り、生徒会に不都合なことがあった際にこれらを使い交渉を有利に進めることが出来る」
指折り数えるようにひとつひとつ挙げていき、最後に探るような視線をこちらに遣る北川辺。俺の入れ知恵を疑っているようだが、間違いなくこれは東山が自分で考え決断したことだ。
──おそらくこの人選の一番の目的は、祖父江を始め生徒会の役員たちをSM部の悪意ある取材から守ること。
──目の前の大事な物のためだけに頭を悩ませ、後になってその他の利益に気づく──俺が恋した相手はそういう人間だ。
「私としては不本意ではあるが、無能を押し付けられたわけではないらしい。祖父江は覚えが良く、存外頭も回る」
言いながら北川辺は徐に立ち上がった。ちょうどステージ上の就任式の参加者たちに退場を促すアナウンスがかかったところだ。
「甘利の顔を見なくて良いのか?もうじきこちらに来る」
「アイツも今私に会うのはばつが悪いだろう。──甘利を頼むと、東山くんに伝えてくれ。空回ることも多いが実直で熱意のある男だ」
「分かった、必ず伝えておく」
「それからこれまでの所業の謝罪がてら食事に誘いたいので東山くん個人の連絡先を」
「誰が教えるか行くならさっさと行け」
「はは、冗句だよ。余裕のない男は早々に見切りをつけられるぞ」
北川辺とは最後まで打ち解けることはなかったが、主義は違えどこの学校や後輩を想う気持ちは同じだというある種の信頼はお互いに芽生えていたはずだ。……かと言って奴と東山の仲を取り持つかといえばまた別の話だが。
「──あっ東山くん、髪が乱れています!」
「え、ほんと?それでステージ立ってたの僕……」
「かなり後ろの方なので正面からは見えないかと!ジブンが整えますので一度止まってください!!」
「ありがとう甘利くん。……ふふ、なんか撫でられてるみたい」
外に出た北川辺と入れ違いで、就任式に出ていた二年生たちが退場し舞台袖までやって来た。甘利が目線の少し下にある髪に手を伸ばし丁寧に整えてやり、東山はそれを気持ちよさそうに受け入れている。胸にチリッと焼けるような感覚が走り甘利の立ち位置を渇望したのとほぼ同時に──愛しい彼が俺の姿に気づくなり「あっ!」と声を上げ花の咲いたような笑顔を見せた。
──嫉妬も焦燥も東山に出会って初めて知った感情で、俺には扱いきれないと嫌気が差すこともある。
だけどそれは自分だけじゃないと──相手に焦がれる気持ちは彼も同じだと、思い出すことが出来れば大抵の葛藤は消し飛んでしまう。これまでがそうだったように、これから先もきっと。
◇◇
「──疲れたぁ……!」
今期役員たちの就任式が無事に終わり、やっと戻って来た生徒会室の長テーブルに突っ伏す僕。
「いや奥の席座れし」
「だってあそこ生徒会長の席だし……」
「だから言ってんだよ、新生徒会長」
「──お疲れ様です東山くん!来月の会報に載せる就任式のレポートが出来ました!!お手数ですが明後日までに確認をお願い致します!!!」
期待通りの祖父江くんのツッコミに満たされた気持ちでいると、用意したばかりの席から勢いよく立ち上がった甘利くんが声を上げる。
「もう出来たの?さすが甘利くんは仕事が早いね」
「東山くんの補佐であり大親友候補のジブンにかかれば造作もないことです!!」
「はぁ?お前誰に許可取って東山のダチ名乗ろうとしてんだ」
「許可ではありませんが……選挙に敗れ、失意の中のジブンに文字通り手を差し伸べ生徒会に入らないかと──学校帰りや休日に遊びに繰り出すような仲にならないかと言っていただきました!東山くんこそジブンの生涯の友になる人だと確信しています!!」
「勝手に確信すんな」
「ところで、祖父江くんはなぜ生徒会室に?生徒指導室に帰っていただいて結構ですよ!!」
「……お前一回オモテ出ろや」
僕を置いてきぼりにするように、二人は何やら言い合いを始めた。本腰を入れて争うためか体勢を変えたことでそれぞれ装着された腕章が露わになり、甘利くんの方の生徒会カラーのそれに頼もしさを感じるのと同時に──祖父江くんの腕に踊るにはまだ違和感のある“風紀”の文字に一抹の寂しさが過ぎる。
──今回の人員配置を持ち掛けた時、拒否することも出来たはずなのに二人とも思いの外すんなり了承してくれた。
中学時代の喫煙を暴かれている祖父江くんがまた脅されないように、北川辺先輩が掴んでいたソーシャルメディア部の弱みを風紀委員長の引き継ぎという体で渡してもらう。そうすればSM部は祖父江くん相手に下手なことは出来ないはずだと──事前に説明していたから納得してもらえたっていうのもあるだろうけど、正直言って甘利くんにメリットはない。にも関わらず生徒会に入ってくれたわけだし、彼は僕が責任を持って幸せにしなければ……って、こんな心の声万が一“あの人”に聞かれたらあらぬ誤解を生んでしまう!
「──というわけで東山くん!この後ジブンと祖父江くんの三人で限定のフラペチーノを飲みに行きませんか!?」
「……ええっ?」
いつの間にかひとり考え込んでいたのが、甘利くんの声で我に返る。……ほんの少しの時間で一触即発の状態からどうして一緒にフラペチーノを飲みに行くことになっているのか甚だ疑問だけど、彼らなりに打ち解けたと思って良いのだろうか。
「えっと……ごめんね、明日でも良いかな?」
幸せにすると決めて早々、心の底から申し訳ないと思いつつ甘利くんに聞く。その時テーブルの上に置いていたスマホが教えてくれたのは約束の時間の五分前だということと、画面上ではしばらく見ることのなかった名前からの新着メッセージ。
「今日は先約があるんだ」
◇◇
「東山」
「──会長っ!」
昇降口を出てすぐ脇にある花壇の前。
校門を目指して歩く生徒たちの羨望の眼差しを気にも留めずに僕を待つ、その人の元に駆け寄る。
「お待たせしましたっ。寒くありませんでしたか?」
「俺も今来たところだ。ここ数日で急に冷え込んだのはそうだな」
問いかけにゆるりと首を振り、安西会長は僕がバッグを肩に掛け直すのを待ってからゆっくり歩き出す。同時にさりげなく空けられた左隣に思い切って入り込めば満足そうな笑みが視界の端に見えて、甘くてくすぐったいものが胸にこみ上げる。そうだ僕は、ずっとここに帰りたかった。
「というわけで……明日の放課後は三人でカフェに行くはずが、最終的には家系ラーメン食べようってなって」
「甘利にそんな一面があったとは。家系と言えば先日駅前に新しい店が──」
とりとめのない話をしながら二人並んで家路を歩く。付き合いたての頃は生徒会の仕事以外で何を話せば良いか分からなかったけど、今は聞いてほしいことが次々と思いつく。そんな僕の話に耳を傾け時折自分の話を── 一時期向けられた、色んな思惑と失望が混じった怖いやつじゃない──穏やかな調子で挟む会長の声はとても心地が良い。
「えっ、会長って結構食べるんですね。意外……」
「ああ、よく言われるよ。夜中に空腹で目が覚め軽食をつまむことも……それより東山」
「は、はい。何かありましたか?安西会長」
滅多に車が通らない裏道に入り分かれ道まであと少しというところで、徐に足を止め僕を見遣る安西会長。
「もしや俺が卒業するまでその呼び方を続ける気か?」
「へ?」
「今の“会長”は君だろう」
「──あ」
改まってどうしたんだろう、何か気を悪くすることを言っちゃったとか?……と内心ヒヤヒヤしながら続きを待ったけど、ふたを開ければただただごもっともな指摘だった。
──そうだよ生徒会はとっくに新体制になってるのにふつうに安西“会長”って呼んでた!
──ついにこの人相手にもポンコツを発揮してしまった!
「すっ、すみません安西先輩!とんだ失礼を……っ」
動揺のあまり謎に彷徨わせた片手をそのままに慌てて言い直す。僕が一年生の時もこの呼び方をしていたものの久しぶり過ぎて違和感を拭えないし──生徒会長の役目を終えたこの人の高校卒業がすぐそこに迫っていると気づいてしまった戸惑いで不自然なものになったと思う。
「──ふむ」
けれど会ちょ……じゃない安西先輩の方と言えば特に気にした様子はなく、僕を見下ろしたまま自分の顎に手をかけ何か思案している。
「安西先輩……?」
「名字も良いのだが……これを機に先に進まないか?」
「先……?」
不意に持ち掛けられたそれの意味が分からな──かったけど途中で察して「あっ」と声を上げる。「さすが話が早い」と喉を鳴らして笑う彼の人を目の当たりにし、今日も素敵だな……と何百回目か分からない感想が頭を過ぎった。
「えっと……し、修哉先輩……」
生徒会で使う資料などで何度も見てきた下の名前の漢字を思い浮かべ、おずおずと呼んでみる。話の流れ的に“先に進む”とはこれで合ってるはずだけど違うことだったらどうしよう……なんて心配はいらないと、緩んだ口元と蕩けた瞳が教えてくれた。
「な、なんか呼ぶだけで緊張します……」
「すぐ慣れるだろう。次は失念しないよう頼むぞ、優真」
「善処します……。……今優真って……!?」
照れてる間にしれっと僕の下の名前を呼ばれたことに気づき、心のときめきを司る部分(?)が要領オーバーでパァンッと爆ぜた。生まれた時から馴染みのある名前だけど、この人の口を通すととんでもない殺し文句になる……!
──荷が重い、向いてないからと拒否していた僕が今では生徒会長になったことを後悔していないように、彼との関わり方も目まぐるしく変わっていく。
──その変化に置いて行かれないように走り続けないといけないわけだから……ししゅ、修哉先輩が卒業するのが寂しい、なんて思ってる暇はないのかもしれない。
「……はは……」
「どうした?優真」
心の中ですら名前呼びに手こずる自分に思わず苦笑いをこぼすと、彼の人が目線を合わせるように屈んでくれる。
「ち、ちょっとうわぁ!?」
思いの外近くにあった大好きな恋人の顔にびっくりして咄嗟に立ち幅飛びの容量で距離を取れば、ブレザーの胸ポケットに差していたお揃いのボールペンが笑うように揺れていた。



