副会長の青春は、恋と少し(?)のポンコツで出来ている。



◇◇


 分厚いカーテンの向こう側に一歩足を踏み入れれば、生徒たちの控えめな拍手が出迎えてくれた。
 演壇に着き、南條先輩の身長に合わせたままで明らかに僕には不便な高さのマイクの調整に苦戦しているとアリーナ側から少しの笑いが起きる。……想定外だけど場を和ませることは出来たようだ。
【──この度生徒会長に立候補いたしました、東山 優真です】
 ようやく合わせられたマイクを通してまずは名前を言う。間壁先輩たちに協力してもらって選挙活動を頑張ったことと学校イチの有名人である南條先輩が応援演説を務めるという前評判が効いたのか、僕の姿を見て『誰?』と首を傾げる人はだいぶ減った気がする。
 ──去年から副会長として集会や朝礼で何度もこのステージに立ってるのに未だにその知名度なのは正直解せないけど、それはこの際忘れよう。
 ──今は演説に集中しないと。えっとこの後は……。
 始めたは良いもののスピーチ原稿を出していなかったと手元を見たところで──……とんでもないことを思い出してしまった。
 
 ──僕、最終演説の内容考えて来てない!!
 
 原稿や資料などを置くために広めにとってある壇のスペースに両手をつき、気を失いそうになるのをかろうじて堪える。これまで選挙活動や諸々の根回しに追われて、スピーチ原稿を作るという作業がすっかり頭から抜け落ちていたようだ。つまり今の僕は完全なる丸腰、手ぶらの状態で生徒会の、ひいてはこの学校の今後を左右する場に立っている。
【現在は副会長という形で生徒会に携わっています。僕が生徒会長に選ばれた際、まず皆さんにお約束したいことは──】
 せっかく甘利くん一色だった空気を南條先輩がひっくり返してくれたのに、肝心の候補者がスピーチ考えるのを忘れた!?間違いなく高校入学以来最大のポンコツをやらかしてしまった、どうしようどうしよう!!
【……です。さらに各委員会・部活動の負担を減らすべく、現在書面で行っている手続きのほとんどをアプリ内で完結できるよう調整を進めていきます】
 追い詰められた頭にぱっと浮かんだのは(自分で行き止まりまで爆走しただけなんだけど……)、『そう気負うな』と僕の肩に手を置く安西会長の微笑み。今、一瞬でも彼の人の顔を見れたら踏ん張れる気がする。そう縋るような気持ちで僕がさっきまでいたのとは逆の、甘利くん陣営が待機してる方の袖に頭を向けようとして──抑えた。

 ──ここに立つまで生徒会のみんなの知識や強みを借りて……自分でもたくさん考えて何個も決断してきた。
 ──僕は僕が手にしてきたものをとことん使って甘利くんに勝つ。それで胸を張ってあの人に会いに行くんだ。

【既にいくつかの課題が上がっている来春以降の校則の改定についても──】
 生徒会の活動で数々のスピーチをこなしてきた賜物か、戸惑う一方で口からは自分を売り込むための言葉がすらすら出てきていた。この調子でいけば大丈夫、会長に寄りかからなくたって僕はやれる。
【……先ほど南條先輩からご指摘があった通り、僕はこれまで“次期生徒会長”という呼び名を重荷に感じていました。正直今でも自分が適任かどうかは分かりません、でも】
 事前に出していた公約の補足説明とささやかな意気込みを淡々と述べるだけの演説だから、当然ながら甘利くんの時のような盛り上がりはない。それでも真剣な面持ちで耳を傾けている生徒の中には、僕の存在を認知してくれている貴重な存在──会議でお世話になっている各委員会の委員長方や体育祭の時に運営を手伝ってくれた三年生、選挙管理委員として待機している他の生徒会役員たちがいた。

「はい!ジブンも東山くんは素晴らしい人だと思います!!……あっ、すみません演説の邪魔になってしまいますね……」

 持ち時間が僅かになりそろそろ締めの言葉に入ろうとしたその時、“誰か”に力いっぱい同意する甘利くんの声が右耳を掠めて、少し呼吸が楽になった気がした。


◇◇


【──集計が完了しました。結果が表示されるので前方のスクリーンに注目してください】
 
 全ての演説が終わり、学校の公式アプリを通して生徒たちに投票を募った約三十分後。休憩時間として各々がトイレや水分補給を済ませた頃、選挙管理委員によるアナウンスが流れた。
「……って、俺ら舞台袖(ここ)にいたらスクリーン見えなくね?」
「結果はアナウンスでも発表されるし──生徒会の二年生であり選挙管理委員の勅使河原(てしがわら)くんがビデオ通話を繋いでくれたよ」
 先ほど自分で上って来た階段に腰掛けて言う南條先輩に間壁先輩が答えながら、ステージに吊るされたスクリーンが映るスマホをみんなが見えるように掲げてくれる。……本当なら舞台袖には候補者だけがいれば良いんだけど、僕を一人にしないためか間壁先輩らをはじめ休憩のため一度は外へ出た祖父江くんたちも当然のようにここに戻って来ていた。
 ──泣いても笑っても、これで次の生徒会長が決まる。
 ステージ周りの照明が落ち、入れ替わりでパッと点いたプロジェクターの光がスクリーンに映し出されるのがスマホの向こうに見える。
 少しの調整のあと表示されたのは、甘利くん・僕の順で名前が上下に並んだだけのシンプルな画面。そこからそれぞれの名前の横から二本のバーが伸びて行くけど、先に止まってしまった上の赤い方を後目に下の青いバーが突き抜ける。
 

【得票数487。よって来期の生徒会長は──二年三組 東山 優真!】


 ……目に見える形で発表され、さらにアナウンスで名前を呼ばれてもすぐには飲み込めなかった。
「僕が……生徒会長……?」
「──っしゃあ!」
 やっと頭が追いつき、思わず座っていた椅子から離れた瞬間、同じタイミングで立ち上がった隣の祖父江くんの熱烈な抱擁が襲う。
「お前マジですげぇよっ、風紀委員に勝っちまった!」
「祖父江くんっ、今呼ばれたのほんとに僕だよね!?」
「この学校で他に東山優真いねぇだろ!……いねぇよな!?」
「副会長、おめでとうございますっ」
「しかも得票数487って……圧勝ですよぉ!」
 お互いの身体にしがみついて勝利を確かめる僕たちの横で、小川さんと後藤さんも抱き合って喜んでいる。
 ──みんなの反応で実感が湧いてきた。
 ──僕、本当に勝てたんだ!
「よし、次は間壁先輩とやってこい」
「やるって、ハグを?間壁先輩がそんなことするわけ──あ」
 わしゃわしゃと僕の頭を撫でながら離れていく祖父江くんが顎で指す方向を見ると、僕に向かって両腕を広げスタンバイしている間壁先輩が。
「……悪かったね。己の立ち位置を見誤っていたようだよ」
「まっ、間壁先輩!」
 拗ねたように言う間壁先輩がその胸を閉じてしまう前に思い切り飛び込む。勢いをつけすぎたらしく「う”っ」と低い呻き声が聞こえたけど、僕がバランスを崩さないようにか背中を優しく支えてくれた。
「本当にありがとうございました、間壁先輩がずっとサポートしてくれたから、僕……」
「これは他ならない君の実力だよ」
 一度頬を寄せ合ったのを最後に用は済んだとばかりに間壁先輩が離れていく。……その向こうに見える階段に、さっきまで腰掛けていた人がいないことに気づいた。
「あの、南條先輩は……?」
「ああ、投票結果が発表されてすぐに出て行ったよ。安西くんに返さなければいけない物があると言っていたけれど」
「会長に……」

『そろそろ安西に返さねぇとな』

 間壁先輩から伝え聞いたはずのそれが、南條先輩の言い回しで脳内再生される。壁に立てかけてある身だしなみのチェックなどに使う鏡を見て思う、たぶん南條先輩の言う返さなきゃいけない物って……。
「おい東山、呼ばれてる。ステージ行け」
「あっ、うん!」
 と、祖父江くんに呼ばれて我に返る。当選した候補者は再びステージに上がって感謝と意気込みを述べることになっているのだ。
 ──これで“あの人”の気持ちが戻るわけじゃない。
 ──それでも……。
 一瞬だけ目を閉じて彼の人を思い浮かべてから、僕はもう一度分厚いカーテンに手をかけた。