◇◇
【──以上、生徒会副会長・東山 優真でした……】
「良かったぞー東山!」
「応援するからなーっ」
お昼休みの中庭。
期間限定で設けられた小さなステージの上で拡声器を手に、昼食中の生徒たちに向けての選挙演説を終えると最前列を陣取っていた男子たちから喝采を浴びる。昨日同じことをした時は見向きもされなかったけど、生徒会長を志す僕の真っ直ぐな言葉が彼らの心を打った──というわけじゃなさそうだ。
「東山って名前しか聞いたことなかったけど女子だったんだなー」
「しかもめっちゃ可愛い!」
「ばっか、アレ女装だよ。だから俺推してんの」
──やっぱり、女装のおかげだよな……。
あれだけ拒絶していた次期生徒会長に、色々あって名乗りを上げてから一週間。
このままではもう一人の候補者の甘利くんに認知度の差で負けてしまう僕は“文化祭の時の女装姿ならみんなの注目を集めることが出来るのでは?”という生徒会一年生役員の小川さんと後藤さんの提案を受け、彼女たちヘアメイクのもと再び“ヒガ子”としてここに立った訳だけど──……。
「やっぱり注目度はバツグンだね!ちょっと思ってたのと違うけど」
「メイクとかウィッグの許可申請、あちこち回って出してきた甲斐があったよ……」
「しかも来春からの校則の改訂をあの格好に絡め、演説に盛り込むとは。流石と言わざるをえないね」
ステージ脇に控えていた小川さんを始めとした生徒会役員たちが冷静に感想を口にしている中──文字通り腹を抱えて笑い転げているのが若干一名。
「マジかよあいつ、女装似合い過ぎだろ……だははははっ」
浮世離れした風貌からかけ離れたばか笑いを響かせるのは、生徒会三年生・広報の南條 楓(なんじょう かえで)。
限りなく黒に近いブルーバイオレットに染め、毛先を遊ばせた肩より少し短い髪。それに彩られた華やかな顔立ちは風紀委員会委員長の北川辺先輩と似た系統のものだけど、あちらが個人の観賞用に育てた一輪の薔薇だとしたら南條先輩は藤棚とか……大勢に見せるために手入れされたものを思い起こさせる。185センチの長身にきゅっと小さくまとまった頭とすらりと伸びた手足は、どんなに遠いところから見てもすぐにこの人のものだと分かるだろう。
この南條先輩は芸能事務所に所属する売り出し中の俳優で──来週の生徒会長選挙で僕の応援演説を務めることになっている人だ。
「あー、笑い過ぎて暑くなったわ」
「ちょっ……!?ごめん後藤さん、拡声器持っててっ」
ひとしきり笑ったあと髪の毛の外側だけを両手で持ち上げて縛ろうとする南條先輩だけど、内側にがっつり入った鮮やかな紫色を見つけてしまった僕は慌ててステージから降りてその手首を掴んで止める。
「南條先輩っ、内側の色が見えちゃうからその髪型はダメです!」
「はぁ?インナーカラーは見せてナンボだろ」
「学校でそんなもの見せたら風紀委員が飛んできますよっ」
僕らのただならぬ様子に、中庭の隅にいた風紀委員たちが険しい視線を飛ばしてくる。不正防止の為ということで彼らは選挙期間中、生徒会を監視しているみたいだけど──甘利くんを生徒会長にする上で邪魔な僕の弱みを隙あらば暴くつもりなんだろう。その証拠に部長が北川辺先輩に弱みを握られているソーシャルメディア部の面々も、昼食中を装いながらもそれとなくスマホを取り出して決定的瞬間を待ち構えてるようだった。
──こんな中で南條先輩が何かやらかそうものなら即取り沙汰されて、僕も道連れになる……!
──だからこの人には、選挙当日まであまり目立つことはしないでほしいのに!
「南條せんぱーい!配信ドラマ観てまーすっ」
「昨日インステに載せてたピアスめっちゃ似合ってましたっ」
「おー。あ、ピアスなら今付けてるわ」
「今付けてる!?こらぁっ!」
「うおっ!?」
校舎二階の窓から呼びかける女子生徒たちに答えるため僕の手を振り払ってピアスが輝く耳元を晒そうとする南條先輩の手首をすかさずもう一度掴んで、ステージすぐ傍の物置に身体ごと押し付ける。誰も嬉しくない壁ドンだな……とやり場のない虚しさが襲うけどそうは言っていられない。
「お前っ、なんで止めるんだよ!」
「当たり前でしょうが!?」
──風紀委員とソーシャルメディア部にダブルで見張られているの気づいてないのこの人!?
──相変わらず自由過ぎる……!
「あんな怒り方する副会長初めて見た……けど、険悪な感じじゃないよね?」
「むしろ南條先輩が合流してからイキイキしてるよね、副会長」
「それはそうだろうね。南條くんは東山くんが生徒会に入った時の指導担当だった他、SNSに上げられている南條くんの動画は東山くんがアルバイトで編集していると聞く。仲睦まじいとは到底言えないが、彼ら独自の信頼関係が構築されているのだよ」
怒りにわなわなと震える僕の横で、間壁先輩が小川さんと後藤さんにそう説明している。
──確かに南條先輩のことは信頼してるし、こういう人だって分かった上で応援演説も頼んだけど……それにしたって限度がある!
「つか東山だってメイクしてんじゃねぇか!間壁っ、これも校則違反だろ!?」
「僕のは後藤さんがちゃんと許可取ってくれてるから良いんですっ。だいたい南條先輩はいつもいつも──」
「君たち、その辺にしておきたまえ。そろそろステージを代わる時間だよ」
終わる気配がない僕たちの言い争いに、窘めるような間壁先輩の声。今いるステージは生徒会長選挙に出る候補者たちが交代で使えることになっていて、気づけばさっきまで僕らに警戒の目を向けていた風紀委員たちが演説に使うであろう大荷物を抱えていそいそとこちらに向かって来ていた。
「もうそんな時間なんですね。じゃあ私、拡声器返してきます」
「私はステージの掃除してきますっ」
「南條くん。選挙のために髪型を変えろとは言わないが、せめて応援演説の時はウィッグの使用を検討してはどうかね」
「嫌だよ申請とかめんどくせぇもん」
進んで片付けに行く小川さんたちや、僕の壁ドンから解放された南條先輩を詰めながらも選挙管理委員に出す今の演説の報告をタブレットに入力してくれている間壁先輩にさすがだと頷きつつ、この間に僕は着替えに行こうと一歩踏み出──したところで、誰かに後ろから腕を引かれ物置きの裏に連れ込まれた。
「わっ……甘利くん!?」
「静かに」
急な移動に付いていけず倒れそうになる僕の体をそっと壁にもたれさせながら言うのは、風紀委員会所属の二年生で今度の生徒会長選挙で対決することになっている甘利くんだ。
「ど、どうしたの?女装はちゃんと許可取ってやってるけど……」
「君のことではありません。南條先輩の髪色とピアスについてです」
狼狽える僕を宥めるように距離を取りつつ、前置きは不要とばかりに切り出す甘利くん。
「本来ならあれらは指導対象ですが──今日は“校内演説の際に使用する校則違反となる服装の見本”としてジブンが承認したことになっています」
「……うえっ?」
これは南條先輩の服装があまりにもアレだから連帯責任で僕もろとも風紀指導コースか……?と死んだ目で聞いていたけど、予想とはだいぶ違った方向に着地したそれに思わず間抜けな声が出る。
「ご本人よりも東山くんにお伝えした方が話が早いと思いまして。他の風紀委員に何か聞かれたら口裏を合わせておいていただけますか?」
「それは生徒会としても助かるけど……どうして南條先輩を庇うようなことを……?」
「──……なぜ君以外の生徒会二年生が選挙に出ないのか、ソーシャルメディア部の部長に聞きました」
僕の質問に少し沈黙した後、甘利くんは俯きながら口を開く。職員室で校長先生を気絶させた時とは打って変わって声量が控えめなのは、他の風紀委員に気づかれたくないという理由だけじゃなさそうだ。
「ジブンが立候補したせいで三人もの同級生の秘密が暴かれ……さらに、SM部は北川辺委員長の命令で未だ君のスキャンダルを狙っています」
「じゃあ、君は僕のために……」
生徒会の二年生役員たちの弱みを握って生徒会長選挙の出場辞退に追い込んだ北川辺先輩は、残る僕さえ投票日までに排除出来れば確実に甘利くんを勝たせることが出来ると考えているはず。だけど甘利くん自身はそんなやり方を良しとしていなくて、だからこうして僕の応援演説を担当する南條先輩からボロが出ないように対応してくれたんだろう。
──『正々堂々戦いましょう』と言われた時は前日の北川辺先輩の所業もあって素直に受け取れなかったけど……少なくとも甘利くんは本気でそう思っていたんだ。
「……ねえ甘利くん、君は本当に生徒会長になりたいの?」
「どういうことでしょうか?」
「風紀委員で北川辺先輩の後を継げる二年生は甘利くん以外いないはずだ。選挙に勝って君が生徒会長になったとしたら、風紀委員長も兼任することになるんじゃない?」
「……東山くんはなんでもお見通しなんですね」
一応疑問形にはしたけど確信を持って言い切る僕に甘利くんは力ない微笑みを浮かべる。生徒会長と風紀委員長の兼任だなんて、言葉にするだけで目眩がしてくる。ただでさえどちらも膨大な仕事量なのに、両方やるとなれば土日すら犠牲にするほどの激務になるのは想像に難くない。
「兼任なんてしたらお休みの日に友達と遊んだり出来なくなるよ……」
「ジブンには親しい友人もいないので問題ありません。北川辺先輩もサポートを惜しまないと約束してくださいました」
「いくら北川辺先輩が今のこの学校を快く思ってないからって、卒業したら次の生活で手一杯になって君のサポートどころじゃなくなる。最終的には自分だけの力でやっていくことに──」
「北川辺先輩はそんな無責任な人ではありません。……ジブンは中学生の頃、通っていた学校の生徒会長を務めていました」
僕の言葉を遮り、甘利くんは北川辺先輩を思い起こされる凛々しい眉をきゅっ、と寄せて話し始める。
「だけど学校のためにとジブンで考えて進めた政策がことごとく裏目に出て学校全体を混乱させてしまい──“見掛け倒しの無能生徒会長”の呼び名から逃げるように地元から遠く離れたここに進学を決め、北川辺先輩と出会いました」
どこか懐かしそうに語る甘利くんだけど、強張っている口元が和らぐ気配はない。
「体格と普段の声量を買われて風紀委員に誘われたものの、中学の時のことがあり躊躇うジブンにあの人は言いました。“君は正義を求める心さえ忘れなければ良い”、“何が正しいことで君は何をすべきかはすべて私が考えてやる”と。ジブン一人なら生徒会長などとても務まりませんが……北川辺委員長のお力添えさえあれば、正しい方法でこの学校の皆を導くことが出来るはずです」
「違う。君は本当はそんなこと思ってない」
力強い言葉選びとは裏腹に弱々しい声音に乗って来たそれに、僕は間髪入れず首を振る。
「本気でそう思ってるならこんな風に他の風紀委員の……北川辺先輩の目を盗んで僕を助けてくれるわけがない。──考えるのを諦めちゃ駄目だ甘利くん、君には北川辺先輩とは違う正義があるはずなんだ」
「……そろそろジブンは演説に入らないとなりません。話の途中ですがここで失礼いたします」
「あっ……」
ちゃんと最後まで聞いてはくれたけど触れることはなく、むしろはぐらかすように物置きの表側の様子を軽く覗き込んで誰も見てないことを確認したらしい甘利くんはさっと身を翻してステージの方へ駆けて行ってしまった。
──僕もみんなのところに戻らなきゃ。
──南條先輩たちは……あっちか。
ステージ上では既に風紀委員たちが演説の準備を済ませていて、僕は甘利くんが行ったのと逆の方から出て生徒会のみんながいる校舎前を目指す。
──あ、会長……。
自分の名前が書かれたタスキを手に緊張気味の甘利くんの肩をぽんと叩いて柔らかな微笑みを見せているのは風紀委員会委員長の北川辺先輩──ではなく、現生徒会長の安西 修哉(あんざい しゅうや)先輩。畑違いのところから選挙に挑む甘利くんのフォローのためとかで、二人はここ数日行動を共にしている。……一方で僕を含めた生徒会役員は選挙期間中、会長との必要以上の接触を禁止されていた。
──過去の選挙で当時の生徒会長と候補者の生徒会役員が裏で共謀して不正を働いたことがあるって言うから仕方ないけど……。
──……いいな……。
会長が甘利くんの肩にタスキをかけてあげ、細かい皺などを直しながら何やら二人で笑い合ってるところを見てしまい胸の奥が鈍く痛む。安西会長とは生徒会の先輩後輩であり──付き合ってそろそろ半年経つ恋人同士でもある僕は、この一週間ですっかり彼の人と親しげになった甘利くんを見て何も思わないわけはない……けど、今はそんなこと言ってる場合じゃないことも分かってるつもりだ。
──どれだけあの二人が親しくなったとしても、北川辺先輩への敬愛が根底にある甘利くんが考えを変えることはないだろう。
──つまり安西会長たちが作り上げてきた今の生徒会を守るには、僕が選挙に勝って生徒会長になるしかない。
万が一、僕らが交際をしていることが風紀委員やSM部に嗅ぎ付けられたら数年前みたいな不正を疑われて選挙に影響が出てしまう。だから僕らは、選挙管理委員からの接触禁止の通達がなかったとしても自主的に距離をおく必要があった。
「──東山っ!」
「どわあっ!?」
と、校舎の方から全力疾走してきた南條先輩がその勢いのまま僕にしがみついてくる。
「どこ行ってたんだよっ、お前がいない間にそこのカタブツが俺のインカラ黒染めするって言い出して──」
「一時的に染めると言っただけだよ。後藤さんが懇意にしている風紀委員一年生から内密に借りてきてくれた、この黒染めスプレーでね」
スプレーの缶をシャカシャカ振りながら般若のような形相で近づいてくる間壁先輩に怯える南條先輩の姿はどう考えても情けないのに、芸能界で磨き上げられたオーラと容姿の賜物なのか質の良いホラー映画を観てる気分になる。
「えっと間壁先輩、南條先輩のピアスと髪色なんですが……」
「助けてくれヒガ子!お前のいつものうっすい顔と今の無駄に似合う女装のビフォーアフター、後で俺のチックトックでバズらせてやるからっ」
「間壁先輩、今すぐシメ……じゃない、染めましょう」
「今シメましょうって言おうとしたろ!!」
せっかく甘利くんが手を回してくれたんだし今日のところはフォローしておくか……と思った傍から飛び出した暴言でしかないそれに慈悲の心もひっくり返る。僕にしがみついたままの南條先輩の背中に両手を回し、逃がさないためにがっちりホールドした(安西会長ともこんな熱い抱擁したことないのに……)。
「お前先輩に対する尊敬の気持ちは……おいやめろ間壁っ、そのスプレーパリパリするから嫌だって……だぁあああっ」
ぶしゅううう!という活きの良い音と南條先輩の断末魔が同時に耳に響き、僕は顔を顰めるのだった。



