副会長の青春は、恋と少し(?)のポンコツで出来ている。


◇◇

「──さて。締め切り寸前のところで重い腰を上げた東山くんが、ようやく次期生徒会長に立候補したということでね」
「……ご心配おかけして申し訳ありませんでした……!」

 放課後の生徒会室。
 会議用スペースの空いた席に座るなり真横にやってきて仁王立ちで凄む間壁先輩の皮肉をこれでもかと浴びながら、僕はひたすら頭を下げる。
「間壁先輩、こんな言い方してるけど東山副会長のことすっごく心配してたんですよ!」
「昨日は副会長が帰った後“万が一東山くんが立候補しなかったとしても彼を責めてはいけないよ”って言ってました」
「……余計なことは言わなくて良いのだよ」
 反対側の席に座る小川さんと後藤さんがそう言うと、心配してたという部分は否定せずに少し俯く間壁先輩。良かった、昨日に比べてみんなの声が明るい。甘利くんに続いて僕が生徒会長に立候補したことで少しは希望を持ってくれたんだろうか。

 “君の選んだ答えを信じる”。
 
 安西会長からのメッセージに背中を押された僕は、甘利くんに続いて次の生徒会長に立候補した。……過大評価だけでここまでやってきたポンコツ副会長が全校生徒の代表なんて目指して良いものなのかと疑問は残ったままだけど、大切な友達を脅しつけ可愛い後輩たちを不安にさせ──あまつさえ尊敬する先輩たちが時間をかけて作り上げたものを壊そうとしている風紀委員をこれ以上好きにさせるわけにはいかないし、あの北川辺先輩の息がかかった甘利くんに実権を握られるよりはマシだ……と、思いたい。
 ──安西会長が信じてくれるなら、怖いものはない。
 ──僕は僕の好きな人たちのために、出来ることをするだけだ。
「──まあ良い。そんなことより君たちに見せたいものがある」
 仕切り直しとばかりに一度咳ばらいをすると、間壁先輩は僕の隣の席に腰かけその手に持っていたタブレットをテーブルの中央に置く。慣れたように画面を操作して開いたのはこの学校の公式アプリだ。
「三十分ほど前からソーシャルメディア部がアプリ(ここ)にアンケートを設置している。テーマはずばり“生徒会長にふさわしいと思うのは?”」
 ホーム画面上のバナーを押して映し出されたのは、間壁先輩が読み上げたタイトルに加えて上下に並べられた僕と甘利くんの名前。このどちらかをタップするとそこに票が入るらしい。
「もうこんなものが……」
「生徒会長選挙開催の告知と候補者発表のついでに作成されたのだろうね」
 言いながら間壁先輩が“東山 優真”と書かれたところをタップすると、それぞれの名前の後ろに棒グラフが伸びてくる。現状の投票結果が分かる仕組みになっているようだ。
「ちょっ……、副会長全然投票されてないじゃないですか!」
 椅子から腰を上げて画面を覗き込んだ小川さんが驚きの声を上げる。僕の名前の後ろ……いや端っこに申し訳程度に点を打ったような青色の、グラフと呼んで良いものか首を捻るレベルのそれと、甘利くんの方に伸びた立派な赤色のバーは、候補者二人の投票率の差をはっきり表していた。
「先ほど私物のスマホから確認した時よりも差が開いてるね。候補者宛に匿名でコメントを付けることが出来るのだけど、甘利くんへは“頼もしそう”“風紀指導の時に丁寧に対応してもらえて助かった”などと好意的なものが多い一方で、君に関しては“誰?”という疑問の声がほとんどだった」
「東山副会長ってそんなに認知度低いんですか!?」
「確かに生徒会の中では目立たない方だとは思ってたけど……そんなに影が薄いんですか!?」
 生徒会役員の中では次期生徒会長と名高い僕が他多数の生徒たちにそんなコメントを付けられていることに対して、小川さんはもちろん普段冷静な後藤さんですら声を荒げている。
 ──さすがに僕は影が薄い自覚があったけど、こうして目に見える形で突きつけられると結構心にくるな……。
「アンケートは選挙に直接関係あるものではないけれど……これを見るに、今手を打たなければ東山くんは単純な認知度の差で甘利くんに負ける」
 画面をコメント欄に変えたタブレットを小川さんたちに渡し、自分は眼鏡の位置を直しながら間壁先輩は続ける。
「公約に目新しいものを入れる、選挙期間中に行う校内演説の内容を工夫する──東山くんに注目を集める方法は色々あるけれど、最も重要なのは“応援演説”の人選だと僕は考えている」
  
 ──応援演説。

 投票日に行う各候補者の最終演説の前にあらかじめ依頼を受けた生徒がステージに上がり、担当の候補者の強みを全校生徒にアピールするというものだ。
「甘利くんの方は当然、推薦者である北川辺くんが壇上に立つだろう。甘利くんに認知度で劣る東山くんは、北川辺くんと同等かそれ以上の個性と存在感を持つ者を応援演説に立てる必要がある」
「それならこっちは安西会長にやってもらえば良いですねっ」
「小川、たぶんだけどそれは出来ないんじゃないかな……」
「うん。後藤さんの言う通り、安西会長に応援演説を頼むことは出来ない」
 自信なさげに言う後藤さんに、頷いて答える僕。
「“原則では”そうなってる。現生徒会長が応援するほどの候補者ならその人に投票しておけば良いって思っちゃう生徒も多いだろうからね」
「ついでに知らせておくと生徒会側の不正防止の観点で、安西くんは選挙が終わるまで生徒会役員とは極力関わらないよう本日発足された選挙管理委員会より通達を受けている」
「ああ、だから会長がいないんですね……。では間壁先輩が副会長の応援演説を?」
「……間壁先輩、ちょっと癖はあるけど現役高校生作家だし話題性はじゅうぶんだよね」
「小川さん、小声のつもりなのだろうがしっかり聞こえているよ。僕も応援演説には出られないよ、東山くんは分かってるだろうけれど」
「ええっ、どうしてですか!?」
「……あがり症なんだ。全校生徒の前に出て喋るだなんて考えただけで目眩がしてくる。せいぜいスピーチライターとして演説の内容を考えるくらいしか出来ないので過度の期待はしないように」
「間壁先輩も出れないとなると、東山副会長の応援演説は一体どなたが……?」
「規定では生徒会に所属する三年生の他、各委員会の委員長にも依頼できることになっているけれど……選挙活動を滞りなく進めるためにも内輪で完結させたいところだね」
「でも生徒会の三年生は安西会長と間壁先輩しか──あっ」
 生徒会の三年生は安西会長と間壁先輩しかいない。
 そう言おうとしたらしい後藤さんだけど、途中で気づいたらしく隣の小川さんと顔を見合わせる。
「──そう、いるのだよもう一人。北川辺くん……いや現生徒会長である安西くんにすら、個性と存在感で勝ちうる男がね」
「滅多に来ないから役員だってこと忘れてました」
「“あの人”なら人気もあるし、応援演説にはぴったりだけど……」
「それに東山くんのことだから、選挙へ立候補した時点で打診は済ませているはず」
「……お昼休みにメッセージを送って今返信待ちです」
 名前は出ていないけどこの場にいる全員が同じ人物を思い浮かべている。そう確信して頷いたちょうどその時、僕のスマホが一瞬震えてメッセージの受信を知らせた。
「彼からかい?」
「はい。“いつものところにいるから迎えに来い”、だそうです」
「相変わらず不遜な物言いだね」
「ちょっと行ってきます……」
 怒涛の勢いで送られてくるスタンプを無視してスマホをしまい、席から立ち上がって早足で出口を目指す。
「副会長……こんな時でも変わらないなんてさすがだね」
「応援演説だって、ほんとは安西会長にやってほしかったはずなのに……。大丈夫かな、副会長“あの人”にいつも振り回されてるイメージあるし、応援どころか実力を出せなくなるんじゃ……」
「不要な心配だね。認知度の話を抜きにしても、東山くんの応援演説で“彼”以上の適任はいない」
 廊下へ出てドアを閉めてからも、生徒会室に残る三人の話し声が微かに聞こえてくる。

「“彼”といる時の東山くんは──ともすれば安西くんの前よりも、自分を出せているのだから」
 
◇◇

「──先輩!」

 昇降口から一度校庭に出て校舎裏へ向かえば、外に張り出した非常階段に“その人”の姿が見えたので慌てて駆け寄る。
「生徒会役員が非常階段(ここ)にいるのが風紀委員に見つかったら大変なことになるって、あれほど言ったじゃないですかっ。だいたいわざわざこっち来るより最初から生徒会室に行ったほうが──」
 見えるところに掲げられた【緊急時以外立ち入り禁止】の看板をものともせず、“その人”は僕の叱責をBGMに優雅にペットボトルのミルクティーをあおっている。
 うちの学校には『芸能人みたい!』と称される美男美女が多くいるけど、その中に彼を入れて『誰が本当の芸能人でしょう?』なんて何も知らない百人に聞けば二百人が正解出来そうなくらい有無を言わせない説得力のある容姿と、階段に腰かけて紅茶を飲んでるだけなのに映画のワンシーンを覗いているような錯覚に陥る浮世離れした佇まい。それはどんな──例えば影が薄すぎて認知されていない後輩に花を与えるための──舞台に立っても観客の視線を奪って離さないだろう。
「──キャンキャンうるせぇなぁ」
 ペットボトルが空になり、着ていたブレザーのポケットにそれを押し込んでから初めて口を開く“その人”。

「感謝しろよ東山。お前の“応援演説”とやらのために、今をときめく高校生俳優サマがスケジュール空けてやったんだから」

 非常階段の一番上から僕を見下ろし、長い足を鬱陶しそうに組み直しながら“その人”──生徒会役員最後の三年生・南條 楓(なんじょう かえで)は言った。