翌日、金曜日の放課後。

 いつもの白いシャツに黒いスキニーの上に、私が貸してあげたお父さんの紺色のコートを羽織った茜と、並んで駅前の道を歩く。

 私が学校に行っている間に人間への変身を完璧にマスターした茜の頭には、愛らしい狐の耳は生えていない。お尻にふさふさの尻尾も生えていない。どこからどう見ても、普通の男の子だ。

 狐耳と尻尾が生えている姿もかわいさとかっこよさが同居していてよかったけど、今の完璧に変身した姿もすごくいい。

 「こ、これってデートなんじゃ―…」

 思わず心の呟きが漏れた。

 人生初のデートが人間に変身した狐って……。
 あ、でも狐だってことさえ忘れてしまえば茜はすごくイケメンだし、身長は低いけど細マッチョで手足が長くてスタイル抜群だし、さりげなく車道側を歩いてくれる細やかな心遣いもあるし、完璧なのではないだろうか。

 私がイケメンの同年代(たぶん)の男の子とデートしているなんて夢みたい。
 ひとりで浮かれていると、茜がククッと喉の奥で笑った。

 「もう、なんで笑うの?」

 ムッとした顏を茜に向けると、茜はぱっちりとした青い目を眩しそうに細めた。

 「可愛いな、お前」
 「えっ……!」

 突然の褒め言葉に私は思わず足を止めて茜を見た。
 か、可愛い? 私が?

 男の子にそんなことを言われるのなんて、初めてじゃないだろうか。
 身長がチビで人畜無害そうだからなのか、女子からは『かわいい』と褒められることがたまにある。

 女子からの『かわいい』は純粋な賛辞ではないことは、よくわかっている。私が平凡な顔立ちで格下の相手だから、安心して褒められるのだろう。そして彼女たちにとっては『かわいい』とクラスメイトの女子を褒めている自分自身が一番可愛いのだ。

 そんな下心と侮りの透けた褒め言葉でも、やっぱり可愛いと言われるのは嬉しい。両親はそんなふうに、私を褒めてくれたことがない。

 「私、可愛いかな? べつに、普通だよ」

 つい反射的に否定すると、茜は苦笑した。

 「そんなことねぇよ。美守は可愛いぜ」
 「今日はがんばっておしゃれしたからね。嬉しいよ、ありがと」

 昨日の夜、茜が寝てから密かに盛大な一人ファッションショーをしてよかった。

 茜と並んでいても浮かないように、タンスからいろんな服を引っ張り出して、鏡の前であれこれコーディネイトを試したのだ。
 普段はめったに着ないミニスカートやオフショルダーのトップス。意外と清楚なほうが似合うかもとロングスカートや、ボーイッシュなのもありかもと、茜がはいているようなスキニーなんかも着てみたりした。

 最終的に選んだのは藤紫色の丈が短めのセーターに白いショートパンツ、薄墨色のタイツ、キャラメル色のショートコートだ。
 いくらお洒落な服を着たって、服の中身がナイスバディになるわけでも、顔がかわいくなるわけでもない。でも、やっぱりお洒落な服は気分が上がるし、ほんのちょっとだけ自分がかわいく見えたりする。

 私って意外とイケてるかもなんて、姿見の前で決めポーズをとったりなんかしていた。

 おかげで寝るのが遅くなって午前中の授業でうっかり居眠りしそうになったが、可愛いと言ってもらえたのだから、頑張った甲斐があったというものだ。

 上機嫌でにこにことする私の頭を、茜が優しく撫でた。

 「服装も洒落てるが、お前自身も悪くねぇよ」

 そう言って茜は頬を弛めた。
 その顔はとても大人びていて、似てないのに瀬名君の顔を思い出した。

 胸が苦しい。頬が熱い。
 もう、茜のバカ。恥ずかしくなっちゃう。
 茜の笑顔が直視できなくて、思わず顔を背けた。

 不思議そうに小さく首を傾げる茜は、さっきと違って同い年の男の子の顏をしている。

 くるくると表情が変わる茜に魅力を感じた。
 狐だからだろうか。茜は感情表現がとても素直で、見ていて清々しい。

 いいなあ。私も茜みたいに素直になれたらいいのに。

 「ほら、日が暮れちまう。さっさと店に行こうぜ」
 「うん、そうだね」

 深呼吸して気持ちを静めると、私はお目当てのショッピングモールに向かって、また歩きだした。