放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。
「そんじゃーワタシ、吹奏楽の練習あるから。また明日ね」
ウキウキした足取りで愛海がまっさきに教室を出ていくのを、私たちは手を振って見送った。
「じゃああたしも、テニス部の練習だから。ばいばぁい」
冬なのに念入りに日焼け止めを塗り直した萌も、軽やかな足取りで教室を去っていった。
私は梨乃と一緒に教室を出る。
待ちに待った放課後に、目を輝かせて廊下を歩いていく生徒たちを眺めながら、羨ましさでいっぱいになる。
同じ進学校の子たちが学生生活をエンジョイしているのに、私だけやりたいことも我慢して勉強ばっかりしている。みんな、大学受験が怖くないのだろうか。
私はもう今から怖い。だってもし失敗したら、将来大変なことになってしまうのだから。
この不安を消すには母の言う通りに、とりあえず勉強に励むしかない。
「それじゃあ美守、わたしも合唱部に行くから」
梨乃が三階の階段を指差して微笑む。
合唱部。私が入りたかった部活。
部活にぜったいに入らなくてはいけない中学の時は「運動部に入ったほうが、体力がついていいわよ」という母のアドバイスに従ってテニス部に入部した。本当は歌が好きだから合唱部に入りたかったのに。
テニスはそこそこ楽しかったはずだけれど、走り込みや筋トレがきつかった記憶のほうが強い。
「行ってらっしゃい、梨乃」
「うん。じゃあね、美守」
「バイバイ」
手を振って梨乃と別れた。
下足室に一人で向かっていると、前方から階段を登ってくる男子生徒の姿が見えた。
百八十センチもあるすらりとした背、さらりとした黒髪、ぱっちり二重の涼やかな瞳にすっと通った鼻筋。そこだけスポットライトが当たっているみたいな神々しさを纏ったクラスメイト、瀬名文也だ。
「あっ……」
あまりに美麗な姿を目にして、思わず声が出た。
周りに人がいなかったのでその声がけっこう大きく響いてしまった。瀬名君が顔を上げてこちらを見る。
ばっちりと目があった。その瞬間、心臓が激しく波打ち、頬が熱くなる。
ぜったい今、顏赤くなってるよね。やだな、恥ずかしすぎる。
「やあ、深草さん」
瀬名君が名前を呼んでくれた。ああ、落ち着いた低くて色っぽい声が素敵だ。
それだけで嬉しくて、今日一日がすごくいい日だったと思える。
「あ、えっと。お、おつかれさまです」
いや、なんで敬語? 部活の先輩相手じゃないんだから。
冷静に突っ込みを入れる私が頭の片隅にいる。でも実際の私は顏を赤くしてオタオタしているのだから、なんとも世知辛い。
ふふっと瀬名君が小さく笑う。
いつも落ち着いて大人びている彼の性格は掴めない。本当に物腰が柔らかなのかもしれないし、内心では狼狽える私を馬鹿にしているのかもしれない。
「深草さんはもう帰るのかい?」
「う、うん。部活入ってないから」
「そうなんだ。合唱部か軽音部に入っているかと思ったよ」
「勉強、忙しくって」
「残念だね」
残念。その言葉の意味することに思わず期待してしまう。
でも、そこは瀬名君だ。なにが残念なのかその先の言葉を言わずに「またね」と微笑んで、颯爽と去って行った。
彼の思わせぶりな態度が憎らしい。ほんの一瞬、期待してしまったじゃないか。
「バカだな、私も」
欲しい言葉がもらえるんじゃないか。淡い期待をした自分に思わず苦笑した。
「そんじゃーワタシ、吹奏楽の練習あるから。また明日ね」
ウキウキした足取りで愛海がまっさきに教室を出ていくのを、私たちは手を振って見送った。
「じゃああたしも、テニス部の練習だから。ばいばぁい」
冬なのに念入りに日焼け止めを塗り直した萌も、軽やかな足取りで教室を去っていった。
私は梨乃と一緒に教室を出る。
待ちに待った放課後に、目を輝かせて廊下を歩いていく生徒たちを眺めながら、羨ましさでいっぱいになる。
同じ進学校の子たちが学生生活をエンジョイしているのに、私だけやりたいことも我慢して勉強ばっかりしている。みんな、大学受験が怖くないのだろうか。
私はもう今から怖い。だってもし失敗したら、将来大変なことになってしまうのだから。
この不安を消すには母の言う通りに、とりあえず勉強に励むしかない。
「それじゃあ美守、わたしも合唱部に行くから」
梨乃が三階の階段を指差して微笑む。
合唱部。私が入りたかった部活。
部活にぜったいに入らなくてはいけない中学の時は「運動部に入ったほうが、体力がついていいわよ」という母のアドバイスに従ってテニス部に入部した。本当は歌が好きだから合唱部に入りたかったのに。
テニスはそこそこ楽しかったはずだけれど、走り込みや筋トレがきつかった記憶のほうが強い。
「行ってらっしゃい、梨乃」
「うん。じゃあね、美守」
「バイバイ」
手を振って梨乃と別れた。
下足室に一人で向かっていると、前方から階段を登ってくる男子生徒の姿が見えた。
百八十センチもあるすらりとした背、さらりとした黒髪、ぱっちり二重の涼やかな瞳にすっと通った鼻筋。そこだけスポットライトが当たっているみたいな神々しさを纏ったクラスメイト、瀬名文也だ。
「あっ……」
あまりに美麗な姿を目にして、思わず声が出た。
周りに人がいなかったのでその声がけっこう大きく響いてしまった。瀬名君が顔を上げてこちらを見る。
ばっちりと目があった。その瞬間、心臓が激しく波打ち、頬が熱くなる。
ぜったい今、顏赤くなってるよね。やだな、恥ずかしすぎる。
「やあ、深草さん」
瀬名君が名前を呼んでくれた。ああ、落ち着いた低くて色っぽい声が素敵だ。
それだけで嬉しくて、今日一日がすごくいい日だったと思える。
「あ、えっと。お、おつかれさまです」
いや、なんで敬語? 部活の先輩相手じゃないんだから。
冷静に突っ込みを入れる私が頭の片隅にいる。でも実際の私は顏を赤くしてオタオタしているのだから、なんとも世知辛い。
ふふっと瀬名君が小さく笑う。
いつも落ち着いて大人びている彼の性格は掴めない。本当に物腰が柔らかなのかもしれないし、内心では狼狽える私を馬鹿にしているのかもしれない。
「深草さんはもう帰るのかい?」
「う、うん。部活入ってないから」
「そうなんだ。合唱部か軽音部に入っているかと思ったよ」
「勉強、忙しくって」
「残念だね」
残念。その言葉の意味することに思わず期待してしまう。
でも、そこは瀬名君だ。なにが残念なのかその先の言葉を言わずに「またね」と微笑んで、颯爽と去って行った。
彼の思わせぶりな態度が憎らしい。ほんの一瞬、期待してしまったじゃないか。
「バカだな、私も」
欲しい言葉がもらえるんじゃないか。淡い期待をした自分に思わず苦笑した。



